第13話 死地を生み育みし者②

 先程まで横たわっていたキラビが立ち上がり、俺達はその姿を見上げる事になっていた。キラビの足の付け根辺りから生え伸びた無数の根の様な物がその身体を遥かに高くまで押し上げていたのだ。


 そして、人の姿見は保ちながら眩いほどの金色に輝き始めていた。背中から赤色と黒色の花びらが交互に折り重なる様に生えていた。それは巨大な花を背負った金色の少女とでも言うべき恰好だ。


 何者かに操られていた襲撃者に植え込まれていた花、大きさは遥かに違えどそれと同じ形と色彩であるのは間違いなかった。


「キラビ、ちゃん? どうして……」


 その異様な姿に禍々しいものを覚えた俺達は無意識の内に1歩、1歩と後退りをしていたがリデルだけは違った。見知っていた者の変貌ぶりに驚きながらも現実として受け容れられない様子だ。リデルはゆっくりとキラビへ近づいて行った。


 キラビの肩の辺りで何かがしなった様な音がすると、数本の触手がリデルのいた辺りを打ち付けていた。その寸前、素早く跳んだナリスがリデルを抱きかかえてすぐさま後ろに跳び退った。


「リデル! そいつはもう知っているキラビではない、離れろ!」


 リデルをかばう様に前へ出て双剣を構えると、真横には同じ様に進み出ていたバーディルがいた。


「どうやら、こいつがカモミ村を襲った魔物達の親玉の様だね。冒険者が持つ天恵の印を狙って奪う、その様な者が随分と前から追放された冒険者が集う村に居ついていたという事は……」


「まさか、追放者の楽園との噂を流していたのもこいつか!?」


「そういう事だろうね。さて、問題はそんなにエサを集めて何に使おうとしていたのか?という事なんだけど」


 バーディルは振り返ると少し後ろに控えるベルデさんに目配せをしていた。その足下にある金色に輝く巨大なリンゴに向けて両手に装着した鉄の爪を突き刺す様に構えた。


 すると、キラビの腕から生えた触手が鞭打つように宙を這ってベルデさんを狙った。バーディルはその間に立つ様に移動して大盾を構えると、触手は当たる寸前で動きを止めて元の位置に戻って行った。何か思うところがあるのか、バーディルはわずかに眉を潜めていた。


「そこの美しい花の魔族のお嬢さん? 天恵の印を養分にしてこんなリンゴを育てていた理由を教えてもらえるかな? 魔族のみんなでアップルパイでも囲んでティータイム、そんなわけないよね?」


「……」


「僕達と君の争いの原因がこのリンゴだとすれば……、割ってしまえば争う理由も無くなると思ったのだけど……。そんなに大事なものなのかい?」


「……。それ、魔幻の印の実を返せ!」


「ほぅ、あれは魔幻の印の実と言うのだね」


 いつものアレが始まった。そう認識したのはこの場では俺だけかもしれない。バーディルとパーティを組んでいた時、敵から何か情報を探り出すのが彼の役目だった。


「返せと言うが人間の冒険者達が持っていた天恵の印を養分にして育てたのだろう? ならば、返して欲しいのはこちらのはずだよ。ただ、印を吸い出す時に奪われてしまった命までは返せないだろうけどね……」


「何を言うか! 母様を殺して奪った魔幻の印で天恵の印を作ったのはお前たちではないか!? 返せ!!」


 何か強い衝撃が頭の中を駆けて行った、その感覚が強過ぎてキラビが放った言葉の意味を飲み込むのにしばらく時間がかかった。


 隣にいるバーディルもまた同じ様な反応をしていた。言い争いの最中で何も言葉を返せず口をつぐんだまま、その様な姿を見せるのは珍しい男だった。


「返せ! 返せ! 返せ!!」


 キラビの身体から幾本もの触手が上空に向かって伸びていった。そして、俺達に向かって鋭い先端から降り注いできた。


 俺はロメリエを抱えて、ナリスはリデルを抱えて横に跳んだ。そして、ベルデさんは巨大な金色のリンゴを抱えたまま転げていた。触手は俺達がいた場所に突き立っていた。


 しかし、ただ1人、バーディルだけが微動だにしないままその場に立ち尽くしていた。


「やはり、か! こいつは僕だけを避けている……。おそらく【因果応報】の効果を知っているんだ」


 キラビの腕の辺りから生える触手がバーディルを避けたのは確かに2回目だった。


「こいつと戦い始めたのは今さっきの事だろ? なぜ知られているんだ?」


「そう言えば……」


 バーディルに問いかけたはずだが応えたのは妻のベルデさんだった。


「ティルスさん、ナリスちゃん。カモミ村に偵察に出た時の事を覚えているかしら?」


 カモミ村の中で感じた姿の見えない誰かの視線、ベルデさんが指摘したのはそれだった。天恵の印を吸い出す巨木との戦いでは皆がそれに意識を集中させていたので気付かなかったのかもしれない、その様子を静かに眺めていた視線に……。キラビの視線に。


「土中に張り巡らした木の根が情報網の様になっている、そういう事もあるかもしれない!」


 妻の指摘が終わった後、夫のバーディルはその様な予測を立てた。その時、微かにではあるが何かが迫ってくる気配を感じた。上か?後ろか?意識を巡らせたがどうやら違う様だ。


「くっ、下か!? 気をつけろ!!」


「ティルスさん、下からですか?」


「そうだ、恐らく根が来る。リデル、俺から離れるな!」


 リデルはキラビの方を向くとチェロを構えた。辺りに魔奏『カメの円舞曲』が響き渡る。


 ゆっくりと地表がめくれ始め、開いた穴からのそりと木の根が姿を現した。本来の速度であれば人間の身体なぞ簡単に貫いてしまうほどのものであったろう。しかし、魔奏の効果で遥かに勢いの落ちたそれをかわすのは容易かった。


 ナリスとベルデさんはもちろんの事、リデルとロメリエも難なくかわすと、木の根はのろりのろりと宙をくねっているだけだった。


 俺は【心気楼】で現したバーディルの大盾でそれを弾くと右手のヴァジュラを握る手に力を込めて眼前に構えた。刃の奥には大きく目を吊り上げてこちらを見据えているキラビの姿が見えていた。

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