第12話 死地を生み育みし者①
俺達は人間から天恵の印を吸い出していた巨木の周囲を取り囲んでいた。脅威となる根の大半はあらかた刈り取り、後は本体を残すのみだ。
「これでとどめだ! みんな、離れてくれ!」
後方から熱気の塊が迫って来るのを感じた。バーディルの放った火属性魔法は大きく膨れ上がり、とても初級魔法程度のサイズと火勢ではない。木の根の攻撃に堪えて蓄積したダメージを【因果応報】で上乗せして放っていたものだった。
命中した直後、リデルが対象の動きを鈍くする『カメの円舞曲』を放った。ただし、新たに得たばかりの天恵の印【履地翻天】でその効果を真逆にひっくり返していた。瞬く間に燃え盛った炎は巨木の姿を完全に包み込み大きく揺れていた、そのうねりは辺りに熱い風を巻き起こすほどだった。
一瞬にして生木が乾きバリバリと音を立てて燃え上がる。ほどなくして巨木がその身を大きく傾け、轟音を立てて崩れ落ちた。天まで届こうかという程の高さを持っていた巨木、さすがに先端まで火は回り切っていない様子だ。そして、そこに吊り下がっていた物に俺は目を奪われた。
「あれはリンゴ……か?」
同じ物を食い入る様に見つめながらバーディルが一歩踏み出す。
「特大も特大の金色に輝くリンゴ……。これはもしや、集めた天恵の印を養分にしたのか!?」
その時、空を切り裂く鋭い音がした。木のつるの様な物が巨大なリンゴに巻き付くと、すぐにそれを宙に踊り上げていた。そして、巨大なリンゴは森の奥へと巻き取られようとしている。
すんでのところでリデルの『カメの円舞曲』は間に合わなかった様だ。しかし、【履地翻天】で効果をひっくり返したものを俺達にかけてくれていた。葉が揺れる音を便りに森の中を駆け進む、もはやそれは手を伸ばせば届きそうなところにある。
「きゃ~~~~! 助けて、魔物が! 魔物がっ!!」
俺はロメリエを背負って右後方辺りを走っていたバーディルに声の主の救援を任せるつもりで目配せした。元々速さのある俺とナリス、ベルデさんならばこのまま追いすがれそうだ。しかし!
「こっ、この声は!? キラビちゃん?」
リデルが発したその名にどこか聞き覚えがあった。記憶の中を探るとその者の姿は確かにカモミ村の中にあった、村でのリデルの唯一の友人。
「えっ!? リデルちゃん? 近くにいるの? 助けて!!」
一番後ろからついてきたリデルは足を止め、声のした方向へ駆け始めた。俺は追跡を3人に任せてリデルの後を追う事にした。リデルが抱きかかえている脚に怪我を負ったと見える少女にはやはり見覚えがあった。
その時、周囲の暗がりに何物かの気配が漂い始めた。うなり声と一緒に踊りかかってきた牙の持ち主、ヘルハウンドは傷付いたキラビに食らいつこうとしていた。だが、その直前に【心気楼】で現したキドラに噛み付いた。
喉の奥を突かれた魔物は血を吐き出しながらその場に倒れた。その首筋の辺りには赤と黒の花びらを持つ花が生えていた。
「大きな木の様な魔物に襲われたの……。何か、大きくて金色に光る物をぶら下げていたわ」
あの巨木の魔物が少なくとも2体はいたという事だろうか?俺はキラビが指し示す闇の奥の方を見つめていた。
「それにしても、キラビちゃん、なんでこんな所に? 他にも無事な人達はいるの!?」
「わからない……。村が襲われた時、必死に逃げ出してずっと洞窟に隠れていたの。何か外が騒がしいから助けが来たのかと思って出てみたら魔物に襲われて。つぅっ!……」
右の太腿辺りから血を流している上に左の足首を自身の手でさすっているキラビが自力で歩くのは無理そうだ。俺は彼女を背負う事にした。
「えっ? 木の魔物が行ったのはあっちの方よ! 反対の方へ向かっているわ……」
「そうだが、この3人で追うわけにはいかない。俺達の仲間も同じ物を追っている、まずはそっちからだ」
この闇夜の中で二手に分かれ、お互いの位置もわからぬままそれぞれの敵と当たるわけにはいかない。それに傷付いた者を連れたままでは戦う以前の問題だ。なぜかキラビは随分と不服そうに食い下がったが、リデルになだめられると静かになっていた。
闇夜の中を進みバーディル達に追いついた。
「僕が作ったものを僕に塗りたくるとはね……」
バーディルは自身の衣服にべちょりとついたそれを見ながら鼻をつまんでいた。調合した赤く光る薬品を【心気楼】で現して目印として使ったのはこれで2度目だった。
そして、とんでもない悪臭が伴う物であったのを思い出していた。敵に付着させ赤い光と悪臭により敵の位置を闇夜の中でつかみやすくする、そういう作り手の工夫が効いた道具だったのだ。「とっとと消して欲しい」、その様に言われて記憶の中に戻した。
悪臭の元が引けたところでバーディルが巨大なリンゴを指し示した。巻き付いていた木のつるの様な物は途中で切断されていた。気が付くとナリスが右脚の剣を普段見ぬほど丁寧に拭いていた、妙にドロリとしたものが刃にこびり付いている様だ。つるを切って落とした代償なのだろう。
「はっきり言って、こんなに酷い汚れがつくとわかっていたらベルデさんに任せておくべきだった……」
「少しばかり私より若いからってナリスちゃんが張り切りすぎるからよ!」
そう言いながら両手に装着した鉄の爪を布で撫でる様に優しく手入れしていたベルデさんの視線が俺の背の上辺りに向いた。
「随分と酷い怪我ね……」
ベルデさんに促がされキラビを静かに背から下ろして横にした。爪を外したベルデさんがキラビの右脚の傷に両手を当てると白く発光し始める。リデルやロメリエにそうした様に気功術で傷口に応急処置を施そうというのだろう。
しかし、途端にその傷口から白い煙が上り始めた。異常にどす黒い血がボコボコと沸騰しながら噴き出す様は、まるで火口から飛び出すマグマだ。
「くっっ………、ぐぎゃぁぁぁーーーーーーー!!」
悶え苦しむキラビの身体中から何かが生え出ようとしている。キラビを包む様にいくつも並び始めたそれは、花びらの様に見えた。
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