第11話 死地戦線④

 目の前で火球が爆ぜる。火の粉を僅かに浴びながら後ろへ飛び退った時、炎の幕の内から剣の切っ先が伸びてきた。次いで全身を青白い膜の様な物で包まれた剣士が姿を現す。


 火球は魔導師が放った目くらまし。回復術師が発した防護魔法で身を包み、炎の中を突っ切ってきた剣士が本命の攻撃。そうと察した瞬間、俺は上へ跳んでいた。


 眼下では剣士の剣が俺の胸を貫いていた。それは、【心気楼】で俺自身の姿が映った鏡を取り出した物だ。


【心気楼】で取り出せる記憶は一度に1つのみ。割れた鏡を納めると1本の木を現し、その枝を蹴って前方へ身を踊らせる。更に連続で現した木の枝を蹴り続けて前へ前へと進んだ。


 狙いは3人の中で放置しておくと最も厄介な存在、回復術師だ。白い法衣姿の者を真下に捉え、その背後に着地し首筋に手刀を叩き込む寸前で手を止める事になった。


「この花は……」


 赤と黒の花びらが交互に折り重なっている。それはナリスとベルデさんが森の奥で決闘を繰り広げた時に乱入してきたワイバーンの頭部にも生えていたのと同じものだ。


 そして花から発せられるどことなく甘いほのかな香りは、他にもどこかで嗅いだ事があったはずだ。【心気楼】を使う時の様に神経を研ぎ澄ませた時、カモミ村を襲撃したゴブリンの群れの中であるのを思い出していた。


 そこに至るまではほんの数秒間だったはずだが3人組に防御の態勢を取らせるには充分な時間だった。青白く発光する魔法の盾が俺とその者との間に現れていた。


 恐らく盾を現したであろう魔導師の姿を遠くに見据えながら【心気楼】でバーディルの大盾を背中の辺りに現した。それは俺の背後に肉迫していた剣士の斬撃を受け止めてくれた。


 回復術師がこちらを振り向きながら右手に握った杖を振り回す。俺の右側頭部を狙っての一撃だったが、頭を傾げる事で空を切らせた。


 その時、間近で見た回復術師の瞳……、それは実に虚ろだった。そして、通常は白い線で縁取られる天恵の印の証は赤と黒の線になっていた。


 剣士と回復術師に前後から挟まれる形になっていたところへ横合いに廻った魔術師の魔法が撃ち込まれてきたのが見える。宙を真横に走る水流、水属性の魔法が左脇腹を貫く軌道で向かってくる。


 背中を守らせていた大盾を水流の方へ向けようとしたが剣士が力任せに剣を押し当てたままにしてそれを許さなかった。


 しかし、水流は大盾に当たって宙に散らばった。本物の大盾を構える魔導師は水流を放った魔導師の前に立ち俺の方を振り返った。


「ティルス、遅くなってごめんよ」


 バーディルが間近に姿を現した事で【心気楼】で現した大盾は消えていた。本物がすぐ側にある状態では記憶の中から取り出せない、【心気楼】にはそんな特徴もあったからだ。


 大盾が消えた瞬間、俺はキドラを現し剣士の剣を改めて受け止めていた。


「この回復術師は私に任せて!」


 疾風の如く駆け寄り、剣士の肩口に飛び乗って足場にして更に跳んだ声の主。回復術師の後ろに回り込んだベルデさんの姿が見えた。


「ベルデさんの気功術で応急処置は施したからリデルは心配しなくていいよ!」


 ナリスの背に負ぶさっているリデルの姿が見える。その傍らには同じく処置を受けたのだろうロメリエが腰を下ろしていた。


「ティルスが木の根の親玉に仕掛けてくれたお陰で根の攻撃が緩んだから僕達が駆け付けられた。ロングレンジで狙ってくる敵がいたら懐に飛び込むが勝ちさ」


 それまで3人の連携で俺1人を相手していた3人組だったが、形成が3対3となってしまった事で動きが止まった。それぞれ正面に立つ者の姿を見据えて低く唸っている。


「ティルスさん! 剣士ブラデ、魔導師スコーチ、回復術師ティキラ、その3人は村長の番犬の様になっていた者達です。どうして彼らが!?」


「恐らく、カモミ村を襲撃した魔族に操られている!」


「まさか、村長が魔族!?」


 何者かに操られていると感じた時、俺もリデルと同じく一瞬そう考えた。しかし、キャンプ地で物乞いしている姿を思い出した時には消えていた考えだ。


 あの者にとって、自身の思い通りに元冒険者達を支配出来るカモミ村はまさに楽園だったはずだ。偶然の産物だったろうが、せっかく築き上げられた自分だけの楽園を自ら崩壊させてあの様なみすぼらしいなりを演じているとは思えなかった。


「ティルス、操られていると見切った根拠は何だい?」


 バーディルに問われて3人に首筋に赤と黒の花びらを持つ、ワイバーンの頭にも生えていた花がある事を伝えた。


「植物系の魔物しか出ないところ、急にワイバーンが出たのもおかしいとは思ったけどそういうわけだったか」


 眼鏡に手をかけて僅かな時間思案を巡らせた様子のバーディルがリデルの方に向き直った。


「魔奏『カメの円舞曲』で花を狙ってくれるかい? あっちの新しいやり方で」


「魔奏の新しいやり方だと? どういう事だ?」


「まあ、黙って見ているといい。リデルちゃんの天恵の印【履地翻天ふくちほんてん】の素晴らしい効果を、ね」


 リデルが奏でたのはいつもと同じ『カメの円舞曲』の様に聞こえる。それが響き渡って暫くすると……、3人は次々と膝を折って倒れていた。


 ほんの少し前まで対峙していた剣士ブラデはうつ伏せになったまま動かない、その首筋に目をやると赤と黒の花びらを持つ花は枯れていた。


「バーディル、これはどういう事だ?」


「全ての効果をひっくり返す、それがリデルちゃんの【履地翻天】なんだよ」


 対象の動きを鈍くする『カメの円舞曲』に【履地翻天】が合わさった時、対象の動きを素早くするものに変わる。そして、リデルが自身の傷の悪化を抑えた時の逆で生命活動を早める効果も生まれる。3人を支配していた花は一気に寿命を迎えてしおれてしまった。バーディルはそう説明を続けた。


「それにしても、もう天恵の印を授かる年頃は過ぎているはずだが」


「そうなんだけど。あの木の根は印を吸い出す力がある、それに貫かれたという事は様々な印に触れた事になる。それが奇蹟を起こした、といったところかな」


 確信はないがそうとしか思えない。最後にそう付け加えたバーディルの推論に俺も頷いていた。


 もう天恵の印を授かる事はないと思われていたリデルにそれが授けられた。その傍らに座っているロメリエ、リデルが印を授からなかったのを理由に『鷲ノ双爪』傭兵団から追放した副団長は逆に印を喪っていた。

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