第10話 死地戦線③

「うぅっ! 力が、力が抜けていく……」


 リデルよりもロメリエの方が遥かに辛そうな反応を示していた。その顔を覗き込んだ時、右目の方に起き始めた異変に気付かされる事になった。天恵の印を持つ証である星型の模様、その輪郭が次第に薄れていった。


「私の印が……、【雪崩打つ高飛車】が…………」


 リデルの前でヴァジュラを一閃させて木の根を断ち切った。それを不用意に引き抜いてしまっては一気に血が吹き出してしまうおそれがある、そのままにしておくしかなかった。


 両の膝からガクリと崩れ横たわったロメリエを抱き上げるとその右目から星型が完全に喪われていた。


「この様にして天恵の印を吸い取るとは……」


 ロメリエはすんでのところでカモミ村付近で目にした、カラカラに干からびた元冒険者の亡骸と同じ様にならずに済んだ。そして、ロメリエから印が消えた後、木の根の執拗な攻撃はピタりと止んだ。


「くぅっ……。私達は大丈夫ですから、ティルスさんは根を追い続けて下さい……」


 腹の辺りを両手で抑えながらリデルが目線で指し示した先には闇夜の奥へ消え去ろうとしている先端を切断された木の根があった。


「リデル! お前たちをこのままにしておけるか!!」


「今、ティルスさんがあれを追わなければ、バーディルさん達も……。まだ戦っているかもしれない多くの人達が犠牲になって……。早くっ」


 リデルの言う事は最もだったがすぐに受け容れられるものでもない、俺はリデルに手を伸ばしてその手を掴もうとした。その時、リデルは震える手で俺の手を払うとチェロを握りしめ『カメの円舞曲』を奏でた。


「リデル、どういう事だ?」


「っ……。私とロメリエ副団長にかけました。動きを鈍らせれば出血を抑えて痛みを抑える効果がある、と思ってやってみました。やっぱり……です」


 そう言ってリデルは顔を引きつらせながらも何とかニコりと微笑んでみせた。


「すぐに戻る」


 大抵の場合、動きが鈍る事は不利をもたらす。しかし、リデルが見出した新たな魔奏の使い道は有利を掴むものだった。ふと湧いた安堵感が俺の心に余裕をあたえてくれた。


 すぐさま【心気楼】で現したものを消え去ろうとしていた木の根にぶつけた。それは、以前、バーディルが闇夜の中で魔物に塗り付けた赤い光を発する薬品だ。



 闇夜の中をしばらく駆け続けた。不意に光りの動きが止まった。それに合わせて俺は草むらに身をかがめて辺りの様子を伺った。月明かりの下、うすらと浮かび上がっていたのはその丈が天まで届こうかというほどの巨木だった。


 地表から突き出た無数の根が蠢き、時折、何かを見つけた様に飛び出して行った。その中の1本がピンと伸び切ると太い管が何を吸い込んでいるかの様に伸縮を始めた。その中を青白い光の球の様なものが根元の方へ向かって通って行った。


「くっ、また誰かが印を吸われたか!」


 根の数が多すぎる、双剣で刈り取っている間にも犠牲者は増えてしまうかもしれない……。俺は【心気楼】で現しているキドラを記憶の中に戻し、他の記憶を掴み出す事にした。その記憶の側にはバーディルの姿も見える。


 闇夜にくきりと浮かび上がった火球が巨木に向かうと木の根を包み込む。俺はバーディルが使って見せた火属性の初級魔法の記憶を実体化させていた。。


「バシューーーー!!」


 人や獣のものとは違うが悶え苦しむ声とわかるそれが巨木から発せられた。俺は続け様に火球を現すと再び根元に向かって放った。それが爆ぜた、本来なら木の根に当たってそうなるはずだったが突如現れた光の壁の様な物の前でそれは起きた。


 そして、俺が放った火球より一回りほど大きいものが宙に現われた。頬の辺りが微かに熱い……、それは俺に向かって唸りを上げて迫って来ていた。咄嗟にバーディルの大盾を目の前に現したがその縁から僅かに漏れてきた熱気が髪を焦がしていた。


 熱気が鎮まるまで大盾を頼りにさせてもらうしかなさそうだ。そして、大盾を記憶に戻して巨木の方を見ると人間らしき姿見の者が魔法で現した水で木の根の延焼が拡がるのを防いでいた。


 その時、左側面から迫る鋭い風を感じた。上段から打ち下ろされた剣の一撃、ヴュジュラと【心気楼】キドラをクロスさせて受け止めた。金属と金属のぶつかる乾いた音が響く。


「貴様、なぜ人間が魔物を守っている!?」


 答えはなく、俺の左脇腹を狙った蹴りが放たれた。俺は右手のヴュジュラで相手の剣を受け止めたまま左手を僅かにずらして腕でその一撃を受け止める。その時には既にキドラを記憶の中に収めていた。そして、相手の右の肩口の上に再び現した。


 右肩にキドラが突き立った者は剣にかける力を緩めると大きく後ろに跳び退っていた。そして、その後ろに立つ何者かの姿が見えた。その者が杖を構えて口ごもる様に何かを言うと剣を持つ者の肩口が薄緑色の光に包まれていた。


「回復魔法、か」


 剣を持つ者が一歩前へ出て構え直す、その動きから視るに肩口の傷は完全に癒えているのだろう。そして、その左斜め後ろに魔法を使う者が立ち、右斜め後ろには回復魔法を使う者が立った。それは見るからに冒険者といった装備を身に付けた3人だった。


 その様な3人組の存在はリデルから聞かされていた。1人1人の名まで思い出せぬがカモミ村に住み着いた元冒険者の中でも一際戦いの技に長け、村長の番犬の様な存在になっていた3人。どういうわけかわからないが、今、その者達は魔物の番犬となっていた。


 俺は双剣を鞘に収めた姿勢で静かに身構えた。

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