第9話 死地戦線②
「ぐぼっ!」
「ぬはぁーーーー!」
キャンプ地を飛び出した俺達はカモミ村へと急行した。そこで目にしたのは蛇の様に宙を這う木の根の襲撃を受けている王国軍と傭兵団の壊乱だった。
「狙われているのは隊長クラスの者ばかりの様だね」
バーディルはせわしく視線を走らせながら状況を飲み込もうとしている。白一色で統一された王国軍の軍装の中で、率いる隊の規模ごとに色分けされた襟章をつけているのが隊長クラスだ。
傭兵団は各々が好きな恰好をしているものの隊長クラスの者は独特な装備品を身に付ける傾向が強いので身分はすぐにわかる。闇夜を駆ける木の根はそれらの者だけを追いかけていたのだ。
そして、不運な事にその者らの前にたまたま立っていた不幸な兵達が木の根に貫かれていた。それらを気に留める様子のない木の根が本命の者に向かって猛進を続けると、その勢いで不運な者達の身体が引きちぎられる事もあった。
「まさか、指揮官を優先的に潰して軍の機能を麻痺させる気か?」
「いや、恐らく本能的にエサの臭いを嗅ぎ分けているだけじゃないかな? あれだけ圧倒的な力を持つ化物なら真っ先に兵団長だって始末出来たはずなのにそれをしていない」
「エサ?」
「そう。僕の考えが当たっているならそろそろこっちにも向かってくるはずだよ」
その予測はすぐに現実となった。幾本もの木の根の中の一部が急に進路を変えて俺達の方へ向かって来ると、バーディルは皆の前に踏み出して大盾を構えた。同時に後方に控えるリデルがチェロで魔奏『カメの円舞曲』を木の根に向かって放っていた。
急に速度を落とし、のらりのらりと進む木の根の束は3つに割れた。それぞれがバーディルとベルデさん、ナリスを目掛けて進んでいる。
「狙われていないのは俺とリデルだけか!?」
「やはりな。あの根っ子は天恵の印に反応している!」
王国軍も傭兵団も隊長クラスともなれば大抵の者が天恵の印を持っている。優先的に狙われていたのは軍としての機能を麻痺させる為の戦術などではなく、木の根が印に食らいついていただけだったのだ。
俺はバーディルの前に飛び出し右手のヴァジュラと左手の【心気楼】キドラで根を薙ぎ払った。先端の鋭い部分を失ったそれらはゆるりゆるりと退っていく。ナリスとベルデさんもまた、動きの鈍った根を容易に退けていた。
「カモミ村から未熟な追放者だけが逃げ延びられたと言う事は、印を持った実力者だけが狙われたのか」
「そういう事だね。ただ、ティルスが持つ陽刻の印と陰刻の印には反応しないのが今一つわからないのだけど……」
「人間だけでなく魔族からも印として認められていない、そういう事かもな」
「まあ、それはともかく、あいつらを追尾して根っ子の本体まで行けるのはティルスとリデルちゃんだけだ!」
先端を切り落とされた木の根と入れ替わる様に新たな根が持つ3人に踊りかかっていた。まずは先頭に立ったバーディルが受け止めナリスとベルデさんで刈り取る、その構えには一分の隙もなかった。
しかし、バーディルの言う通りその処理に手一杯で反撃に転じる余裕は無さそうだ。俺は重そうなリデルのチェロを受け取るとゆっくりと退いていく木の根を追い続けた。
追跡を始めてそれなりに時が過ぎた頃の事だ。
「くっ! な、なんなのよ、これは!? 私の側に近寄るんじゃないわよ!!」
女の声、いや、少女の声が遥か前方から聞こえた。どことなく聞き覚えはある様な気がしたもののはっきりとはしない。
「あっ! いや〜〜〜〜っ!」
再びその者の声が今度は悲鳴となって響き渡った。
「やっぱり、この声はロメリエ副団長!」
リデルがその名を口にしてようやく思い出した。
その姿を確認出来るほど近づいた時には木の根の先端が右の太腿を貫いているのが見えた。俺はすぐさまそれを引き抜くと右手のヴァジュラで先端を切り落とした。
「ひっ、ひっ、助けて……」
「この辺りに他に無事な者は?」
「わっ、わからない……」
リデルは自らの衣服の裾を引きちぎるとロメリエの傷口に当てようとしていた。俺は【心気楼】でナリスの酒場にあった強めの蒸留酒の入った酒瓶を現した。
すぐに意図を察したリデルは酒を口に含むとロメリエの傷口に吹きかけて消毒した後、丁寧に布で覆った。
「あなた、リデル……。れっ、礼なんか言わないわよ!」
「当然の事をしているだけですからそんなものはいりません。それより、まだ戦えますよね?」
「こんなの大した傷じゃないわ。当たり前に決まっているじゃない!」
闇夜の奥から何かが風を切って進む音が聞こえた。新たな木の根が現れ再びロメリエに迫ろうとしている。リデルは俺が背負っていたチェロを掴み取ると魔奏を始めた。
「ティルスさんは先へ行って下さい!」
「しかし!」
ロメリエは右脚を引きずりながらも両手に持った鉄扇を振り回して木の根を打ち払っていた。それはリデルの魔奏で動きが鈍っているから何とか対応出来た様に見えた。
「たかだか木の根っこ風情が鷲ノ双爪のロメリエ様をなめるんじゃないわよ!」
額から粒のような汗をこぼしながらロメリエは両腕を大きく開いてリデルの前に立った。再び正面から迫ってきた根を叩き折り、横殴りにして追い返した。その身に寄せ付けなかったものの傷のせいか息は荒い。
「副団長、危ない!」
その時、ロメリエの右側から迫った幾本もの根が標的を捉えようとしていた。リデルが危機を告げるも間に合いそうもない、俺は咄嗟にロメリエと根の間に【心気楼】でバーディルの大盾を現した。
次いで、その場に躍り込んで右側から迫る根を片端から切り落とした。
「つっ……。ごめんなさい、ロメリエ副団長……」
「くっ……、リデル、あなた、どうして……」
振り返ると、ロメリエの左側、斜め後ろ辺りにその身を大の字状に開いて立つリデルの姿があった。その方向から忍び寄っていた木の根はリデルの腹部を突き抜けロメリエの脇腹に突き立っていた。
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