第8話  死地戦線①

「これは……」


 翌朝、カモミ村で目にしたのは来るまでの道中で目にした干からびた冒険者たちと同じ姿。その数は10体や20体ではなかった。皆が折り重なるように死んでいた、そして1つの小さな山となっていた。


 想像はついていた結果だが、ついに生存者を見つける事は叶わなかった。


「ティルスもベルデさんも気付いているよね?」


「ああ、村に入ってからずっとだ」


「誰かに見られてる感じがする……」


「人の気配も魔物の邪気も感じないのに何かがいるんだよ。こんなに気持ち悪い思いは初めて」


 俺達は村の中を歩いて周り、誰かの視線を感じては自然を装ってそちらの方に向くのを繰り返していた。


 今の俺は【昼行燈】の影響でまともに戦う事が出来ない。いつ襲われても対処出来る様に俺をフォローしやすい位置取りをし続けてくれていた2人の表情は険しい。いつもは冗談を言い合って笑うはずの2人だが、ついぞそれがこぼれる事はなかった。



 キャンプ地へ帰還し王国軍へ偵察の結果を報告する。魔物の数や種類について特に知りたい様子だった兵士長は終始つまらなそうな顔で俺の話を聞きながらあくびを繰り返していた。


 その様な相手に渡すべきか迷ったが襲撃を受けた際に切り落とした木の根らしき物を魔物の手がかりとして差し出した。


「そこいら辺に落ちていたのを拾って来て、適当に言ってるんじゃないだろうな?」


 期待していたのは魔獣の爪やら毛皮やらなのだろう。俺達がいかにも魔物らしい遺留物を持って帰らなかった事で本当にカモミ村まで行ったのかを最後まで疑われ続けた。そして本来の報酬金額の半分だけを渡されて追い返された。



 王国軍の幕営を出ると店へ戻った。兵士長とのやり取りを説明して僅かばかりの報酬を置いた時、ナリスの怒りが爆発した。即座にベルデさんが俺の耳元で囁いた。


「先に帰して正解だったわね……」


「ええ、余計な事をハッキりと言い過ぎて大揉めになっていたはずですから」


 夕食を採りながら居残り組だった2人に偵察中に起きた出来事を伝える事になった。リデルの反応を気にしながら言葉を選びながら話してくれたのはベルデさんだった。


「ふむ……。残念ながら多くの元冒険者が事切れていたとして、どの様な傷を受けていたのだ?」


「あなた、それは……」


「偵察に赴いたのだから魔物や魔族に連なる情報を持ち帰らねば意味がない。そうだよね? ティルス」


 俺はただ頷くだけだった。ベルデさんは悲しそうな目でリデルの方へ視線を移していた。その無言の問いかけにリデルは応える。


「私は大丈夫ですから必要な事を正確にバーディルさんに教えてあげて下さい!」


 ベルデさんが話を続けようとしたところを制し、俺がカモミ村へ向かう途中で見かけた死体。村で目にする事になった死体の山について事細かに話した。


 そして襲撃を受けた事に触れるとその際に切り落とした木の根をテーブルの上に置いた。


「ふむ……。干からびた冒険者、木の根っ子か」


 バーディルは立ち上がると側のテーブルの上にある花瓶に手を伸ばした。そしてベルデさんが挿したばかりの花を引き抜くとテーブルの上にバラまいた。


「あなた! 何のつもり!?」


 普段ならばベルデさんの怒りの気配を感じた瞬間に頭を下げているはずのバーディルだったが今回は違った。無言で開いた掌を妻に向けると制止して見せた。


「ベルデさん、この花はどうなるだろう?」


「すぐに萎れてしまうわ」


「では、花瓶に入っている時はなぜすぐに萎れないのだろう?」


「水を吸っているからに決まっているじゃない……。あっ!」


 元冒険者達は宙を走って迫る木の根に貫かれ身体中の水分を抜かれたという事なのだろう、この場にいた皆がそう理解した。


「そう言えば、やけに植物系の魔物ばっかり出るわね。そのボスは木って事かしら」


 木の根を手に取ったナリスがそれをつまらなそうにくるくると回しながら口を開いていた。そしてあくびをした瞬間にそれを落としていた。


 バーディルがそれをゆっくりと拾い上げると真剣な面持ちで見つめ始めた。


「ティルス。こいつは君だけを追いかけなかったのだね?」


「ああ、狙われたのはナリスとベルデさんだけだった」


「女の尻を追いかける。どうやらそういうわけでもなさそうなんだよね〜〜」


 手持無沙汰になったナリスは横になっていつでも夢の世界へ旅立てる様な状態でそう口にした。俺達が目にした元冒険者の死体の多くは男性のものだったからだ。


「獣の面をした魔族から執拗に狙われたかと思えば今度は見向きもされない。魔族の好みの問題、かな?」


 俺だけが対象にならなかった理由をバーディルは考えあぐねている様だった。



 それから数日間が過ぎた頃。俺達の偵察報告を信用しなかった王国軍は再び偵察の依頼を出した。今回は、既に俺達が無事に生還して見せた事で危険性の低い依頼なのだと冒険者達の意識が変わっていた様だ。


 そして、多くのパーティが村へ向かっては、やはり、手ぶらで無事に帰って来たのだった。それを合図に王国軍と傭兵団の一部で混成されたカモミ村奪還を担った部隊が進発した。



 その夜、酒場は偵察から帰ってきた冒険者たちで賑わっていた。店の方は女性陣に任せて、と言うか営業の邪魔になるらしいバーディルがいの一番に追い出されてその相手を俺がする事になった。それはいつもの光景だ。


「なんだアレは? みんなヒヨッコみたいな連中じゃないか」


 バーディルは品定めでもするかの様に冒険者たちの姿格好を確かめるとそうボヤいていた。確かに初心者用の装備を身に着けている様な者達が大半で、他もそれに毛が生えた程度と言ってよさそうだった。


 微かな笑みを浮かべて既に綺麗になっている皿を磨きながら言ったバーディルの言葉、それが俺の記憶の端っこを掠めて行った様な気がした。


「そう言えば、カモミ村を生きて脱する事が出来た元冒険者たちもあんな感じだったな」


 このキャンプ地に辿り着いた直後、リデルと一緒に生還した元冒険者を探した事があった。それなりに腕の立つ者の姿は見えず、確かルービとか言った新米の様な者しか見当たらなかったのを思い出していた。


 その話をした時、バーディルは懐に手をやると眼鏡を取り出していた。


「みんな悪いが今夜は店仕舞い、としようか」

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