第7話  死村

 暗がりの中で小高い丘の上に身を伏せていた。ここからカモミ村まで約100m、俺とナリスとベルデさんの3人で周囲に何か動きがないか目を光らせていたがこれと言って目立った動きはなかった。


「さすがにもう人がいる気配はないな……」


「はっきり言って魔物がいる様子もないねーー」


 夜灯りの1つも点くわけでなく影の様なものが蠢くでもない。村そのものが死んだのではないか、そう思わせるほど不気味な時間だけが過ぎて行った。


「ところでティルスさん。リデルちゃんを連れてこなかった理由は偵察に向かないからというだけじゃないわよね?」


 左隣にいたベルデさんが正面を見据えたまま村から目を離さずに尋ねてきた。この3人で偵察に出るのを告げた時、自分も行くと主張したリデルを俺は半ば強引に諦めさせていたからだ。


「ええ。住人だったリデルに村の辺りを見せていい状態かどうかわからなかったので」


「そう……。残念ながらその気遣いが正解だったわね」


「単刀直入に言って地獄だね、あの酷たらしいのはリデルに見せられない」


 右隣にいたナリスが大きく頷いてから溜息をついていた。豪胆な彼女にしても出来れば思い出したくないものが脳裏にこびり付いてしまったという様子だ。


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 キャンプ地を出てカモミ村へ向かう道中でまず目にしたのは王国軍の軍装をまとった者達の亡骸だった。最初に1000人規模で村へ向かったものの半壊状態で帰還した一隊、その残り半分が野ざらしのままだった。酷たらしく感じたのはそれらではなくその後に目に付き始めたものだ。


 カラカラに乾いた人間。骨という心棒に水分の抜けた肉と皮がへばり付いているだけ、それだけを見ていたら枯れ木とでも思ってしまったかもしれない。


 それらが装備品を身に着けていたからこそ、すぐに元は人間なのだと気付く事が出来た。大きな戦士の鎧の中ですっかり寸法の合わない身体になってしまっている者、手に握った樫の木製の魔導師の杖と見分けのつかない色味になってしまっている者。


 そういった亡骸は村に近付く度に目にする機会が増えていった。皆、村の方向を背にうつ伏せに倒れていた。戦いの末に逃走を試みたが追いすがられ命を奪われた。まるで狩人に追われた獲物の様に……。


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 その光景を思い出しただけで身震いしてしまうほどのおぞましさだった。どの様な方法で姿を変えられてしまったのかまではわからないが、恐らくカモミ村の住人となっていた元冒険者たちの成れの果てと視て間違いは無さそうだった。


「それにしてもおかしい……。今まで魔物1匹の姿も見ていないぞ」


 ナリスもベルデさんも小さく頷いた。


「僕達は誘い込まれたのかもしれない」


 そう言葉を発したのはベルデさんだった。その物言いは普段の彼女のものではないが確かに聞き馴染みがあった。思わず俺もナリスもその顔をのぞき込んだ。


「うちの夫ならそんな風に言いそうね」


「一瞬、バーディルが側にいるかと思ったほどそっくりでした」


「夫婦ですからねっ!」


 ベルデさんのものまねは魔物が全く現れない不気味さと退屈さを持て余していた俺達にとって丁度いい息抜きとなった。


 だがベルデさんが何気なく言った事は偶然にも状況を的確に捉えていた様だ。頭上から多数の何かが落ちてくる気配が伝わってきた。まるで風にざわめく木の葉の様な音が異様な速さで近くまで迫っている、飛び退ってかわせるタイミングではなさそうだ。


 俺はその場から動かず左手を頭上に掲げると陰刻の印【心気楼】で記憶の中にある物を掴み出した。


「あらっ? これはあの人の!」


 俺達の頭上にあるバーディルの大盾が落ちて来る物を受け止めていた。滝の様に打ち付けてくる衝撃が左腕に響き渡る。


 しかし、次第に落ちてくる力が弱まるのを感じた。ほどなくしてざわめく音の方向が変わった。左右から俺達を挟み込む様に迫ってくる。


「2人とも散ってくれ!」


 言うより早くナリスもベルデさんも恐るべき速さで飛び退っていた。俺も重過ぎる大盾を記憶の中に戻すと後方へ跳んだ。


「なんだこれ? 追いかけてくる!?」


 それはナリスの声だった。続いてベルデさんからも同じ様な反応があった。俺は闇の中で空を駆ける何物かの気配を感じ取っていた。蛇の様にくねりながら2人を追尾するそれが俺の方に向く事はなかった。


「狙われているのはナリスとベルデさんだけだ!」


 上手くコントロール出来るか自信はなかったが、狙いの対象から外された様で余裕のある俺は1つ試してみる事にした。


「2人ともタイミングを合わせて俺の方に向かって逃げてくれ!」


 左前方から草を押しつぶしながら駆けて来る音、右前方から地面を蹴って跳躍を繰り返す音が聞こえる。


 俺の正面で音がクロスしてほどなく。2人の姿が現れると俺の脇を抜けて背中の方へ消えて行った。


「ナリスちゃん! 私達のコンビネーションはバッチリだったわね」


「お店の時と要領は一緒って事で!」


 陰刻の印【心気楼】で記憶の中からそれを外に出してみる。そもそも実体を持たぬ物を出せるかわからなかったが、物は試しだ。


 リデルの魔奏『カメの円舞曲』が正面から迫る物に命中したのがわかった。途端に葉の様な物のざわめく音がゆっくりと聞こえる様になったからだ。


 右手でヴァジュラ、左手には【心気楼】で現したキドラを握らせると前方へ大きく踏み込んだ。迫るそれ、闇夜を走る蛇の様に思えた物に向かって刃を振るう。


 蛇の頭がドサりと地面に落ちた手応えがあった。その瞬間、首から下の方と思われる部分は闇夜の中に引っ込んで行った。


 足下に落ちている物を掴んでその姿を確かめた。


「これは……木の根か?」


 蛇の様に身体をくねらせながらナリスとベルデさんだけを執拗に追い回した物の正体がそれだった。

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