第6話 その妻、動く
キャンプ地ではいつもと同じ様な1日を迎えていた。ただ、昨日までとは少々違う変化も起きていた。
「あなた、ちょっと邪魔だから散歩でも行ってきたら?」
「いや、その……。ベルデさん、ここは僕達の店じゃないか」
「確かにそうかもしれないけどあなたはまだ少しも店の役に立っていなくてよ。そういう事は少しくらい仕事を覚えてから言って頂戴!」
「ごめん……。じゃあ今から少しでも珈琲豆の煎り方を練習するよ」
そう言ってバーディルが掴んだ缶をベルデさんはすぐさま奪い取っていた。
「ゴミが増えるだけだからやめて。そんな事より、ナリスちゃ~~ん! 鶏肉の香草焼きが出来たわよ!!」
「は~~い! 麦酒5人前は注いでありますからリデルに持って行かせますね!!」
「さっすがぁ! 誰かさんと違って仕事が早くて助かるわ」
誰かさん、愛妻にそう呼ばれた者が俺の側に寄ってきて腰を下ろすと一気にうなだれた。
「ついこの間までいがみ合っていた2人なのに今やその間に入り込む隙間すらないとは……」
剣聖と呼ばれるナリスはその身のこなしを応用して凄まじい速度で酒を作る術を身に付けていた。ベルデさんは【美味佳肴】という調理に特化している印を持った上、武闘家としてのしなやかな体捌きで厨房の中を器用に行き来しながら鍋を振るっていた。
その2人が協力する事で、恐るべき速さで酒と料理を提供する野天食堂の登場となり、今や掃魔討戦に参戦する為に集ってきた冒険者達の溜まり場の様になっていたのだ。
王国軍本営もそれを認知した様で、ついには冒険者に向けた探索依頼の掲示板まで置かれる様になっていた。張り出されているいくつかの依頼書、その中で数日前から誰も手を挙げない依頼に俺は目をやっていた。
「カモミ村の偵察には妙に高い報酬が付いているが、まだ名乗りを挙げた者達はいない様だな」
「1000人規模の軍が返り討ちに遭ったのだろう? 敵の様子がわからない事ほど危ないものはない、安全に報酬を稼ぐなら偵察が終わってからの依頼をこなした方がいいだろうからね」
以前、1000人規模でカモミ村へ向かった王国軍は目的地へ辿り着く前に半壊の状態で帰還する事になった。結局、今、村の近隣がどの様な状態になっているか全く把握出来ていない様なのだ。
俺は今知り得る情報の全てをバーディルに伝えた。魔物に関する情報を得るつもりで戦ったであろう追放された者達を訪ねたが、結局、見当たらなかった事。そして、俺が最初にカモミ村を訪ねた時に遭遇したゴブリンの大群の事くらいのものだが。
「向こうもゴブリンを使って偵察くらいしていたのかもしれないね。それをティルスは簡単に全滅させてしまった、どうやらカモミ村にはとんでもないヤツがいるようだぞ、となったのか」
「すると……、強力な魔物を引き寄せてしまったのは俺か?」
「あくまで可能性の話さ。仮にその場にティルスが居合わせなかったとして、村の追放者達が簡単に全滅させていたら結果は同じ事。君が気に止むような事じゃないさ。それより」
バーディルが最も気にしたのは、なぜカモミ村が狙われたのか?という事だった。それについては俺もリデルに尋ねた事があったが目ぼしいものは得られなかったのだ。
兎に角、何かにヒントになりそうな事は全て話す事にした。『竜の押し出し』の山頂にある彼らの住居兼、茶楼を出てからの出来事をかいつまんで話すと、バーディルは目をつむって聞き始めた。
プアルの町での出来事。豚面の魔族が少女達の夢を吸い出して石に詰め込んでいた件の話になった時、バーディルは顔を上げて目を見開いた。
「なるほど、あれは夢の力だったのか! そうすると問題は……生産する目的は消費にある、という事だね。なるほど、なるほど」
勝手に自身の頭の中で納得してしまったバーディルにその理由を尋ねた。幻影を見せる物を造ったからには幻影を見せる目的があるはずで、それは相手を騙す必要があるという事だ。ではなぜ騙す必要があるのか?うんぬん……。
いまいちわからない説明だったが、とどのつまりは魔族が何かよからぬ事を企んでいる。そのまとめでようやく理解出来た。
「いずれにせよあちらこちらで魔族どもが何かをやらかそうとしているわけだな」
「ヤツらのやる事で人間が何か得した歴史はない、それだけは間違いないね」
「確かにそうだな」
「取り敢えず目の前ある雑草の芽から摘んでいくしかない、それをしなかった時は自身が植えた大事な草花が枯れていくのだからね」
バーディルはそう言いながらベルデさんを見つめていた。
翌朝、俺達は朝食のテーブルに少し早めに席に着いていた。
「あら? ティルスさんはともかく、あなたも今朝は随分と早いのね」
いつもは皿が完全に並び切っても起きてこず、皆が揃ってお茶をすすり出しても姿を現さないバーディル。痺れを切らしたベルデさんが叩き起こしに行っては襟を掴んで引きずってくるのが毎朝の光景になっていた。そんな夫が自ら席に着いていた事に妻は驚いた様子だった。
「ベルデさん、カモミ村偵察の探索依頼を受けてみようと思っているのですがご主人を少々お借りしてもよろしいですか?」
「僕がいても店の役に立ちそうもない様だし、出かけてもいいよね?」
「なるほど、そんな話をする為に珍しく早起きを」
ベルデさんそう応えたきり暫く黙り込んでしまった。どうやら武闘家として冒険者生活を送っていた事もある様だ、この偵察にどれほどの危険が伴うかもわかっているのだろう。
この場にいるのは3人のはずだが、どこか俺だけ結界の外にいる様な感覚になった。言葉を交わさずとも何か考えを通わせている?これが夫婦の間合いというものなのだろうか、俺がそこに立ち入る事は出来そうもない。
「ベルデさん? どうだろう?」
何か話すきっかけでもなければずっと静かなままの時が流れていきそうだ。うつむいている妻の顔を夫が覗き込んだ。
「そうね……。その件は認められないわ」
「待ってくれ、これは僕とティルスで決めた大事な事なんだ行かせてくれないか?」
「あなたを行かせるわけにはいかない。その偵察、私が行くわ!」
「へぇっ!?」
そう言って勢いよくエプロンを脱ぎ捨てるとその下から武闘家の戦闘服が姿を現した。
「偵察なんでしょ? 重い鎧を身に付けたあなたにカチャカチャ音を立てて歩かれたらティルスさんの邪魔になるだけよ」
「いや……、その……。だからってベルデさんが危ない偵察に出なくとも」
「夫が親友と決めた事なのよ。夫を行かせるのに問題があるのなら妻が代る、協力し合うのが夫婦でしょ!」
「ベルデさん、言っている事がよくわからないのだけど……」
「それ、あなたに言われたくないわね」
その言葉に俺は思わず頷いていた。そして頭を上げるとベルデさんと目が合っていた。
「ん? ティルス、ベルデさん。見つめ合ってなんのサインだい? 君たちが2人切りになったら……そういうの困るからね!」
「あなた! 変な想像しないで!! ティルスさんと2人で行くなんて言っていないわよ。ナリスちゃ~~ん!」
呼ばれた者が物陰から姿を現した。妙にニヤついている表情にはどこか不気味なものすらある。
「いや~~、朝からいいものを見させてもらった! 私もベルデさんの様に妻を溺愛してくれる素敵な男性を見つけないと。そう心に誓ったわ!」
「そう! 結婚って素晴らしいでしょ?」
元パーティメンバーである俺達の考えとは随分と違うものになったが、こうして偵察に出るメンバーは決まった。バーディルと同様、素早く静かに動くのに向いていないリデルも残る事になった。
その2人に店番をさせる点は大いに不安らしいのだが、俺はナリスとベルデさんを引き連れ王国軍の本営を訪ねた。
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