第4話  深森の闘技場①

 王国軍まで出張って来ている様な所で決闘騒ぎを起こしてしまうのは非常に具合が悪い。俺達はキャンプ地から少し離れ出来るだけ人目のつかなそうな森の奥へと移動していた。


 周囲を木々に囲まれた中にぽっかりとある開けた原っぱ、そこにいくつかの篝火を焚いた様子はまるでコロッセオの様だ。観戦者は俺とリデルとバーディルの3人のみという中でナリスの剣とベルデさんのヌンチャクの打ち合う音が長い時間に渡って鳴り響いていた。


 天恵の印【単刀直入】の効果が乗ったナリスの剣は常に必殺の位置へ吸い込まれる様に繰り出される。元武闘家であるベルデさんは凄まじい反射神経で紙一重の回避をして見せると反撃のヌンチャクを振り回す。だが、ナリスもまたしなやかな体裁きでそれを空振りに終わらせるとすぐさま次の一撃を見舞っていた。


「ナリスと互角にやり合う程だったとはな。ベルデさんも印持ちか?」


「【美味佳肴びみかこう】と言うらしい」


「ほう、戦闘にどの様な影響をもたらす?」


「料理用、戦闘用じゃないんだ」


「ん?」


 バーディルから説明を受けた天恵の印【美味佳肴】は食材の大小や品質によって微妙に変わる調理と調味の加減を完璧に調整してしまうスキルだった。だが、対戦相手を食材だと思えば少しは応用が利くらしい。


 それに元々武闘家同士の両親の間に生まれて幼い頃から英才教育を受けていたのが卓越したベルデさんの強さの礎となっていたのだ。


 ベルデさんはナリスの攻撃をかわして飛び回りながらキャンプ地を出る際に背負って来た大きな籠に近付いた。そこには迅雷亭で使っている調理器具がいくつも入っている。いつも麺を打つ際に使っているめん棒を手の伸ばすと手の内で何かをしている様だった。


 そして三節棍へと変わっためん棒を振り回してナリスへ打ち付けていた。ナリスの刀身より長いそれを絶妙な間合いで繰り出すと、たちまち脚の剣聖は守勢に回り始めた。


「調理器具の全てが隠し武器になっているんだ。僕は厨房に入るのが恐ろしくてしょうがない……」


「【美味佳肴】だったか? ベルデさんはナリスの太刀筋に合わせて絶妙に調整し始めたな」



 ベルデさんの手にはトンファーがあった。これで何回目の武器交換なのかわからなくなっていた頃、戦いの様子が少し変わっていた事に気付いた。


 これまで何回か目にしたナリスの戦いぶり。それは自身の力量を遥かに下回る相手と対峙した際は実につまらなそうな顔で適当にあしらう様にするものだった。しかし、今のナリスの瞳には何か煌めく様なものがある。攻撃をかわされる度にそれは輝きを増している様に見える。


「あれ、ナリスが楽しんでいる時の表情です!」


 リデルはそう言いながら目まぐるしく跳ね回る友人の姿を追いかけていた。


「あんなに嬉しそうなベルデさんを見るのは……、結婚する前以来だよ」


 バーディルは妻の姿を見ながら瞳を少し濡らしている様だった。


 その時、何かに靴底を撫でられる様な感覚があって身体を少し浮かされた。足下の土中を何かが走って行ったのだ、それが通った後の地面が大きく筋状に盛り上がっていた。


 続いて、モグラにしては大き過ぎるものが通り過ぎた事を示す筋が何本も走って2人の足下の辺りに伸びていった。そして地表を破って飛び出したものの姿を篝火の灯りが照らし出す。


「また……、葉っぱ……。せっかく面白くなってきたところを邪魔すんじゃないよ!」


「野菜の魔物たち? えぇ~~とっ、これならポトフが作れちゃうメンツだわね」


 ジャガイモ、ニンジンやらタマネギやらの姿見を持つ魔物。掃魔討戦に参加して以来、植物系の魔物ばかりを相手していたナリスは辟易していた。ベルデさんは目を輝かせながら天恵の印【美味佳肴】を持つ者らしい反応をして両手に装着した爪を構えていた。



 それからほどなくして大きくあくびをしたナリスと爪を拭いているベルデさんの足下には切り刻まれた魔物が散乱していた。どことなくほのかに甘い香りが漂っている様な気もする。


「これでお肉があればハンバーグもいけそうね」


 ベルデさんは足下を見ながら頭の中にあるレシピと照らし合わせている様だ。ナリスはつまらなそうに背伸びをしていたがふとその動きを止めて星空を眺めていた。


「肉が来たみたいだよ」


 ナリスの視線を追いかけるとそこには黒い物の影があった。バサバサと何かを羽ばたかせる音がこちらへと近づいてくる。真上に到達したところで見えたのは翼の生えた竜の影、それはワイバーンだった。


 俺はすぐさま双剣に手を伸ばした。バーディルは眼鏡をかけ、リデルはケースからチェロを取り出そうとしていた。


「こいつは久々に楽しめそうな獲物が来てくれた。ここは私達だけでやる! いいでしょ?」


 喜々としたナリスの誘いにベルデさんは笑みを浮かべて頷いた。その決定に対して何か不服がありそうなバーディルが肩を揺らしていた。


「ティルス、僕はベルデさんを危険な目に遭わせたくないんだ」


「気持ちはわかるが、いつの間にか2人はぴったりと呼吸が合っている。ややこしいナリスとあそこまでになるとは」


「それはそれとして僕の魔法で援護くらいしないとワイバーンの相手をするのは難しい。ティルスだってわかるだろ?」


「大事な人の考えを大事にしないのはその者を殺すも同じ。いつかお前に教えられた事だぞ? 取り敢えず、いざという時まで2人に任せてみよう」


 ワイバーンは直下にいるナリスとベルデさんを見据えると両翼を畳んで頭から宙を滑る様に落ち来ると、再び両翼を開いた。緩やかにスピードを殺すと両脚の先にある鉤爪を拡げてそれぞれ2人に向けたまま落下を続ける。そのまま一息に踏み潰そうという態勢だ。

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