第3話  その者達、再び

「はいよっ! これで丁度100体。今日はもう充分過ぎるほどに稼いだはずだわね」


 自身の身体をコマの様に時計回りで回転させながら右脚に装着した剣でキラーサボテンの一群を切り刻んだのは脚の剣聖ナリスだった。


 刃が引っ込み鞘に収まるとその場に腰を下ろしてサンドウィッチをかじり始めた。それと同じタイミングでリデルもチェロをケースに収め始めていた。


「2人ともすまないな。昼だと俺は全く役に立たなくて……」


「いや、昼のティルスの使い道がわかった。魔物に手頃なエサだと思わせて誘い出すのに丁度いい!」


 ナリスはそう言うとパンからはみ出しそうなハムをくわえて喉の奥へ押し込んでいた。傍らでその様子を眺めていたリデルは少々呆れ顔だ。


「ナリス……。いくら天恵の印の効果とは言え思った事を単刀直入に言い過ぎよ!」


「それにしても、ここはフラワーガーデンか何かなの? こんな植物系しか出てこないとは」


 ナリスは自身で切り刻んだ魔物の死体を眺めながら溜め息をついていた。全身にまとった毒のトゲを飛ばして攻撃してくるキラーサボテンは並みの冒険者ならば脅威となるが、彼女にとって全くの相手不足だったらしい。



 俺とリデル、そして前線基地となっていたキャンプ地で再会したナリスとで即席のパーティを組み掃魔討戦への参戦を決めていた。そもそもナリスは商売だけするつもりでこの地を訪れた様だがリデルが参戦するなら、と着いて来てくれる事になった。


「あの娘、あれでとても優しいですから」


 リデルはナリスをその様に評価していた。短い付き合いではあるが何となくわかる部分もある。


 即席ながらパーティが出来たとは言え、10000人規模のノルンヒルデ王国軍や多数のメンバーを引き連れている傭兵団の様にはいかない。僅か3人のパーティに出来る事と言えば、時折キャンプ地周辺に現われる魔物を狩る程度だった。


「へぇい、へぇい。それにしても……、随分と魔物の数が多すぎやしないかい? カモミ村なんて追放者の楽園と呼ばれる様になるまで忘れられていた様な場所でしょ。どこの魔族か知らないけど、こんなに大量の魔物を突っ込んで襲撃する価値がどこにあったんだか?」


「それはついてはナリスと同感だな。何か狙っているものでもなければこれほどの数の魔物が現れる事はないはずだ。住人だったリデルに何か心当たりはないか?」


「いえ、特に魔族に狙われる様な理由は思い当たりませんね。こう言ってはアレですが本当に何もない村なんです、追放者が集う様になるまでは……」


 今にして覚えば……、そういう類のものかもしれない。俺には気になる事が1つあった。


 最初にカモミ村を訪ねては追い返された日、道すがらゴブリンの大群と遭遇していた。そしてそれらは真っ直ぐにカモミ村を目指した。


 決して強い魔物ではないがその数が多過ぎたと言えば多過ぎた。もしかすると、村はあの時から既に狙われていたのかもしれない。



 キャンプ地へ帰還し王国軍の本営に向かう。倒した魔物の爪や尻尾などを届け出て報酬と引き換えてもらう、これが掃魔討戦に参戦する末端の冒険者達の日課の様なものだった。


 そしてナリスの酒場へ戻った時の事だった。


「ん? 私の店の隣になんか店が出来ている。しかも、なんか繁盛しているっぽいんだけど……。一体誰の許可を取って営業してんのよーーーー!?」


 ナリスの表情がみるみる険しいものに変わっていった。その言い分が何かおかしい事に気付いていた俺とリデルの目が合った。お互いに身体を寄せては耳元で小声を立てる。


「そもそも掃魔討戦が起きた時の出店は自由だったはずだがな」


「真横に商売敵が現れたとすれば嫌な予感しかしませんね。ナリスはあの言いっぷりでトラブルしか起こさないですから」


 問題の商売敵の店に向かってナリスが引き寄せられる様に真っ直ぐに突っ込んでいく。俺達も急いでそれに続いた。


「いらっしゃいませ! 迅雷亭へようこそ。戦いに疲れて乾いた喉に冷たいレモンティなどいかがですか?」


 行列を作って並ぶ客達を笑顔で迎えている顔には見覚えがあった。そして、その傍らには出来るだけ客達と目を合わせない様にしてぶっきらぼうに突っ立ちながら皿を磨き続けている男の姿もあった。


「こぉら! お先にここへ店を出したのはあたしなんだよ、今すぐ店じまいして他へ行きな!」


 ナリスは行列を無視して最前列まで歩み寄ると声を荒げた。そして、追いついてきた俺達の存在に気付いて振り返ると妙に悪い目つきで一緒に煽る様に手招きしている。


 そのナリスを挟む形で俺はよく知る夫婦の姿を目に捉えていた。


「あらっ! リデルちゃんじゃない? 随分とガラの悪い人の後ろで何やっているの?」


「ガラが悪いだと!? ふざけんじゃないよ、先に商売を始めたのはこっちなんだからどけって言ってるんだよ。リデルも何か言っておやり!! ……、あれ? そう言えばなんでそこのあばずれがリデルを知っているの?」


「ちょっと、よくもあばずれなんて呼んでくれたね? あんた、いい度胸してんじゃない!?」


 それをきっかけに2人の言い争いはエスカレートしていった。俺は迅雷亭の女主人の傍らに立つ男の方に目をやったがすぐに視線を逸らされた。この状態になった妻には関わりたくない、というか手の施し様がないという事なのだろう。


「やるしかなさそうね」


 ナリスは右脚を軽く持ち上げると刃の切っ先を現して手招きしている。


「結婚してから運動不足気味だったから丁度いいわね」


 ベルデさんは両手をそれぞれフライパンの柄にかけていた。


「おい! バーディル、あの娘は少々変わっているがかなりの剣の使い手だ。普通の奥さんが戦って勝てる相手ではないぞ」


「ティルスはあの娘の強さを知っているのだな。それと同じ様に僕も知っている、ベルデさんは普通の奥さんではないよ」


 ベルデさんはフライパンの柄を引き抜くと手早く何かをしている様子だ。そして鎖で繋がった柄と柄を両手で持って自身の眼前に突き出した。


「あれは……ヌンチャクか?」


「ベルデさんは元武闘家なのだよ」


 バーディルはそう言いながら、いつもの様に、既に綺麗になった皿を丹念に磨き続けていた。

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