第2話 その者、再び
数日後、カモミ村の方角から人影が現れた。多くの者の冑はひしゃげ鎧はひび割れている、自力で歩ける者はまだいい方で槍と旗で急造した担架で運ばれる者の姿も目立った。
それはキャンプ地にいる村民から期待を込めて盛大に見送られ意気揚々と魔物の討伐に進発したはずの王国軍だった。キャンプ地に到着した時点で1000人ほどの規模だったはずだ。
しかし、皆がうなだれて戻って来た時にはその数を約半数ほどにまでに減らしていた、惨敗と呼ぶのが相応しい。
「追放者の楽園に流れ着いた様な爪弾きどもが戦ったところで魔物の相手にはなるまい。我が王国軍が一揉みに討伐してくれるわ!」
出立前にそう豪語していた騎士たちの姿を目にしていた。追放された冒険者を侮り、どの様な魔物に襲われたのかをまともに調査しようともせず敵地へと馬を進めた結果がこの有様だ。
俺はキャンプ地で追放された冒険者の姿を求めた。見知った顔はいないのでリデルが頼みの綱だった。
剣士ブラデ、魔導師スコーチ、回復術師ティキラ。追放者の中でも特に戦いの能力に秀で、村長の番犬の様な存在になっていた彼らならば生き伸びているはずだろう、とリデルは考えた様だ。
しかし、3人の姿を見る事は叶わなかった。村人の話では真っ先に村長とその取り巻き連中を逃がすべく盾となった姿を見たのが最後、その後にどうなったかは知らないと言う。
このキャンプ地の辺りならば飲み水や魚に野草といった食糧が確保しやすい。ここを目指して逃げて来ないのであれば遥か遠くの地へ逃れたか、それとも村のどこかで動かぬ姿になっているか……。
その後もリデルの記憶にある目ぼしい冒険者は見当たらず、ようやく見つかったのはルービという武闘家だった。ただ、リデルも村で顔を見た事がある程度の存在でしかない様だ。
「村の中で急に魔物が湧いたって感じだったかな。内側から襲われたもんだから、まともに相手出来た者はそんなにいないんじゃないかな……」
両腕に両脚、身体の大半を包帯で巻かれた姿でルービは当時の状況を語ってくれた。
「確か真っ先に襲われたのは俺の隣の家のキラビちゃんだったかな? 悲鳴を聞いて飛び出して大きな薔薇の花みたいな魔物と1回戦ったらこのザマさ。俺、天恵の印がない底辺冒険者だからね……」
「今、キラビちゃんはどこに?」
ルービの口からその名が出た瞬間にリデルは身を乗り出していた。
「悲鳴を聞いた後は姿を見ていないね。どうやらここにも辿り着いていない様だし、もしかすると……」
その後を言いかけながらリデルの顔を見て口をつぐんだのがわかった。
キャンプ地を巡って会えたのは皆ルービの様な初級と呼ぶのが相応しい冒険者だった。番犬の様になっていた3人には及ばないが、それなりの強さを持った者達の姿は全く見られなかった。
自分たちのテントに戻る道すがらリデルに尋ねた。
「キラビは友達だったのか?」
「ええ、年も近かったし趣味が音楽だったのもあって」
話を聞くと俺はその娘を1度目にしていた。カモミ村を追い出された時の事、俺の代わりに村を出ると言い出したリデルを隣で諫めた少女がキラビだった。リデルの瞳にはうっすらとにじむものが見えた。
王国軍が敗退してから更に数日が経った。カモミ村の人々が作ったキャンプ地は今や野戦療院と砦を兼ねた様な地へと変貌していた。
そして前回とは遥かに規模が違う10000人からなるノルンヒルデ王国軍が派遣されてきた。それと時を同じくして傭兵団や冒険者らしきパーティの姿も見え始める様になっていた。
「これより掃魔討戦を発令する! 腕に覚えのある者は我がノルンヒルデ王国の旗の下に集うがよい!」
掃魔討戦。それは人間に深刻な被害をもたらす魔族や魔物の出現が認められた時に出される動員令だった。傭兵団や冒険者にはその働きに応じた報酬が支払われるとあって一攫千金を夢見て参戦する者達もいる。事態の深刻さとは裏腹に一種のお祭りとでも捉えている者達もいるほどだ。
キャンプ地は数日前まで数十人がテントを張って細々とその日暮らしをしていた場所だったが、今や町の様な賑わいすら見せ始めていた。
人が集まれば面倒な事がよく起こる、俺はどこか居心地の悪さを感じ始める様になっていた。夜になって寝付けずテントの外へ出ると、リデルも同じように姿を現した。
「なんだかすごい事になって来ましたね。カモミ村の為に何かするつもりで来たのですけど、もう私なんかの出番がない様な気がしてきました……」
「出番があるかないかはどうでもいい。リデルが村を思う気持ちを持ち続けている事の方が大事だ、俺はそれでいいと思うが」
お互いに暫く黙って夜風に当たり続ける事になった。すると夜更けにしては妙に明るい一帯がある事に気付いた。それは昨日までなかった様子だったと思えた。
うまく寝付けないでいたのもあって俺達は灯りの方へ吸い寄せられてみる事にした。
「俺達が来たから半端者の冒険者達の出番なんかないぜ! ガハハハっ!!」
「お嬢ちゃん、景気付けにもっと強い酒はないのか?」
近づくに連れて様々な人々の大きな笑い声が入り混じって聞こえた。更に酒気が立ち込め始めリデルは鼻の辺りを抑え始めるほどだった。着いてみればそこには急ごしらえの酒場が出来ていた。
「あ〜〜ら、いらっしゃい! ……って、あなた達は!?」
「えっ! どうしてこんなところにいるの?」
「単刀直入に言うわ。物凄く儲かるからよ!」
そう言いながらも手は休めずテーブルに次々とグラスを並べると種類の違う酒をそれぞれに器用に注ぐ少女。更に器用な事に時折脚で注ぐ芸当をやってみせる少女には確かな記憶があった。
「ナリス、久し振りだな」
「久し振りなんて言える仲なのだからティルスにお願いがあるわ。これをよろしくね、シェイカーが足りないけど【心気楼】とかで出せるわよね?」
俺に酒瓶とグラスをごっそりと渡したナリスはリデルの友人だった。傭兵団『鷲ノ双爪』を2人仲良く追放された間柄だったはずだ。
「掃魔討戦はとにかく人が大勢集まるからね。お客の顔が硬貨に見えて仕方無いよ! あと、いい男だっていよいよ見つかるかもしれない。にっひっひっ」
手も脚も休めず周囲に笑顔を振り撒き続けるナリス。俺も言われたままに【心気楼】で現したシェイカーを振り続けていた。昔からの付き合いであるリデルに至っては妙に肌の露出の多い服に着替えさせられウェイトレスをやらされていた。
もう何杯目の酒を作ったのかもわからなくなっていた時の事だった。忙しすぎていつの間にか奥の方の客席に座っていた一団の存在に誰も気付かずにいた。
「おい! おせーぞ、客をいつまで待たせるんだ!?」
慌てて注文を聞きにいったリデルがお盆を落とした音が辺りに響く。
「あ〜〜ら、接客が随分と遅いドン亀だと思ったらリデルじゃないの? ついにはこんな急ごしらえの汚い酒場で、そんなハレンチな恰好で客の相手をするとこまで落ちたの? あなたにはお似合いだけどね、あははははっ!」
それはリデルを伴って王都を訪れた時に遭遇していた。リデルとナリスを傭兵団『鷲ノ双爪』から追放した人物だった。名前は忘れたものの副団長だったはずだ。
その時、シュッと何かを放る音がして俺の後ろにいたナリスが跳んだのがわかった。その直後、高笑いで大きく開いた副団長の口の中にレモンが収まっていた。
そして、リデルと副団長に間にナリスが仁王立ちとなっていた。
「あ~~ら、万年副団長のロメリエさんじゃないの? ごめん、間違ったわ。一方的に恋焦がれる団長に少しも相手にされないロメリエさんじゃないの? 貴族ともあろうお方がこんな汚い酒場で何をお召し上がりになろう言うのかしら?」
「あががががっ……」
ナリスのお陰でその名を思い出した。ロメリエは何か言い返そうとした様だが口につかえたレモンとの格闘が先だった。
「まあ、こんな店でろくなサービスは出来ませんがウェルカムドリンクの生絞りレモンジュースでもお召し上がりくださいませ!」
スパっと言い切った後、ナリスの高笑いが響き渡った。
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