3章

第1話  楽園崩壊

「それ本当かよ!?」


「恐らく間違いない、今冒険者ギルドはカモミ村の話題で持ちきりだからな」


「そうか……。爪弾き者だが腕利きの冒険者が集まっていると言われた村が魔物の襲撃でこうも簡単に壊滅しちまえうとはな」


 それは旅の途中で夕食の為に立ち寄った酒場で耳にしたものだった。その瞬間、リデルはスープを載せて口に運ぼうとしていたスプーンを落としてしまっていた。


「ごめんなさい……」


「そんな事はいい。今日はこの町で宿を取る事にしよう、ゆっくり休むといい」


 俺は門前払いで追放された村だがリデルは違う、どれほどの期間かわからないがそこで暮らした事のある者にしてみれば見知った顔もあるだろう。そこでの生活に嫌気が差して自ら飛び出した村とは言え、気にならないわけがない話題だった。



 翌朝、外がやけに騒がしくて目を覚ました。部屋と外とが薄い木の板1枚で仕切られているだけの小さな宿屋ではそれがモーニングコールの様なものだった。外に出て人だかりの出来ている方へ足を向けた。


 カモミ村が魔物に襲われて壊滅した、国民は活発化している恐れのある魔物に注意されたし。掲示板には王国から出されたその様な主旨の御触書が張り出されていた。


 顔を突き合わせてどよめく村人たち。その中に俺より早起きしたらしいリデルの姿もあった。先に駆け付けていた大人達が垣根の様になり彼女の視界を少し遮っていた為、背伸びを繰り返していた。


「やはり気になるか?」


「ええ……。それより、ティルスさんありがとうございました」


「ん? 急にどうした、礼を言われる覚えはないぞ」


「カモミ村を訪ねたティルスさんが追い返される様な事がなければ、飛び出す機会を見つけられずにまだあそこにいたはずですから……」


「そういう事だったか」


「それにしてもカモミ村を壊滅させてしまうなんてどれだけ強い魔物が現れたんでしょうか? 追放者の皆さんの中には天恵の印を持つ人も多くて決して弱い人達じゃなかったはずなんです」


「俺もそこが気にかかっていたところだ」


「私、カモミ村へ行ってみようと思います!」


 そういうリデルの瞳の奥に何か強い決意の様なものを感じた。飛び出したとは言えどうしても気になる事があるのだろう。俺は一呼吸程おいてリデルに向き直った。


「それならば俺も一緒に行こう」


「でも、ティルスさんにしてみれば遠くから遥々訪ねてやって来たところを追い返されたわけですから酷い村でしかないですよね……。キドラを探す旅もあるでしょうから行くのは私だけで大丈夫です」


「その旅をリデルに手伝ってもらっている。だから今度は俺がリデルを手伝いたい、それではダメか?」


「勝手に着いて来てるだけでお手伝いなんてとんでもないですよ。でもわかりました、ティルスさんが来てくれるならこれほど心強い事はありません!」



 俺とリデルが出会ったカモミ村へ近づくにつれて被害のほどがわかる様になった。道中で立ち寄った宿屋や酒場は人々で溢れ返り、救援の作業で村へ行き帰って来た様子の者達は皆「酷いものを見た」といった様な事を口々に語っていた。


「キャンプ地ってここでしたか!?」


「奇遇なものだ。村の方から駆けて来るリデルの姿を思い出す」


 道すがら生き残った者達が集まっている場所があると耳にしてそこを目指してみると、カモミ村から追い返された後の俺がテントを張って一夜を過ごした川原だった。


 今は材質も違えば色も違う様々なボロ布を張ったテントが立ち並んでいた。


「くそっ、また逃げられた……。こんな事なら付けたエサをわしが食べればよかった」


 声がする方を見ると1人の老人が糸のついた木の枝をへし折りながら嘆いていた。川には慌ただしく動く大きな魚の背びれが見えた、きっと老人が逃した魚なのだろう。


 俺は背負っていた麻袋に手を突っ込むと干し肉を取り出して老人に差し出した。


「おぉ! どなたかは知りませぬがありがとうございます」


 老人はそう言って受け取るとすぐさまかじりついた。俺はそれが老人ではなかった事に気付いた、もう少しは若い初老程度の男だったはずだが気苦労で一気に老け込んでしまったのかもしれない。それはカモミ村の村長だった。


「ふ~~。久し振りの食事にありつけた。これと言うのも飼っていた追放者たちが不甲斐ないからだ!くそっ、あいつらが魔物を撃退出来ていればわしがこんな目に遭う事もなかったろうに……」


 つっけんどんに追い返した相手からの施しだとも気付かず村長はあっと言う間に干し肉を平らげると思い出した様に怒りを撒き散らし始めた。


 何も言わず立ち去ろうとすると、村長は腹の辺りをさすりながら見つめてきた。その目は「まだ入る」と誘っている様だった。再び麻袋から5つほど出して目の前に置くしかなかった。


 村長がそれに手を伸ばした瞬間、横合いから2人のボロ服を着た男達が現れ村長の手を掴んでいた。


「お前の様な役立たずにの村長に食わすなんてもってぇねぇ! それをよこせ!!」


「あの晩、2本の剣を使うやたらつえ~追放者を迎えていればこんな目に遭わずに済んだかもしれないのに!」


 背中の方で言い争う声が聞こえ始めやがて人同士が殴り合っている気配が伝わってきた。その直後、後ろから近づき俺の脇を抜けていった犬の親子の姿が見えた。口には見覚えのある干し肉がくわえられていた。


 その後ろ姿を目で追っていると小高い丘の辺りで犬の親子は急に立ち止まり何かを眺めていたがやが走り去って行った。


 それからほどなくしてその丘の上にノルンヒルデ王国旗が立っていた。いかに傷付こうとも最後の最後まで国を守る盾となる、ひび割れた盾が描かれた紋章にその誓いを立てた騎士の一団の到着だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る