第12話 夢境地③

 いちいち数えてはいないが優に100匹を越えただろう。右手のヴァジュラと左手の【心気楼】キドラで俺に向かって降り注いでくるウェアラットを片っ端から突いては斬り続けると、断末魔が絶えず幾重にも重なった。


「くっ、ハメルン様はお逃げ下さい! この場は私が凌ぎますので」


 俺の前に鼠面男が立ち塞がり豚面のハメルンは壺を大事そうに抱えると慌ててこの場を去る動きを見せた。


「では、どう凌ぐか見せてもらおう」


 俺は鼠面男に向き直ると双剣を鞘に戻して胸の前で両腕を組んだ。


「キドラの男! 俺様をなめているのか、剣を抜け!!」


 望み通り【心気楼】のキドラを現してやった。踏み込んで来た鼠面男の眼前に、だ。


「がはっ!……」


 その眉間に【心気楼】のキドラが突き刺さり鼠面男がよろけ始めるのを確かめるとすぐにそれを記憶の中に戻した。


 恐らく自身が思っていたより遥かに短い鼠面男の時間稼ぎになってしまったはずだ。豚面男はとっくに部屋の窓をぶち割って外へ出ているつもりだったろうがまだそこへよじ登る事も出来ずにいた。


「大事な壺を忘れているぞ」


 俺が放った物は豚面男の頭上を越えてその足下に落ちた。それは壺ではなくヴァジュラの鞘だ。


「ヴァジュラ!」


 その名を呼んだ時、ヴァジュラは俺の右手から飛び出して自身の居場所である鞘に戻って行った。丁度、豚面男の目の前に落ちている鞘へと。


「ぐっ……」


 ヴァジュラが鞘に戻る際、その途中にあった豚面男の右足首を押し通っていた。キドラは喪われたまま行方知らずの剣だが、自ら鞘に戻って俺の側にあり続けようとする不思議な特徴を持つ剣がヴァジュラだった。


「リデルを返してもらおう。それと既に奪った少女達の夢もだ」


「ブフフゥ……。嫌だ、嫌だ! この夢は絶対に返さねぇ。おらの夢だ!!」


 豚面男の手から握りしめていたものがこぼれ落ちた。その様子に慌てふためいて鼻を鳴らしながらかき集めた赤い石は7つあった。それは突如消えた少女達と同じ数だった。


「それは少女達の夢見る力を利用して幻影を見せる為の石だな?」


「……」


 俺は赤い石を左手に持ち豚面男に向かって突き出した。


「掠め取られた夢を返してもらう」


 石にヴァジュラの刃を当て斬る素振りを見せてやった。


「ブヒィ~~! やめろ! せっかく集めた夢が逃げてしまうだ」


「では、その壺と交換ではどうだ?」


「ダメだ! キドラの男は壺を割って中の娘を逃がす気だべ?」


 何かの術を解くには術式をかけた者を倒せばいいと言うのが常識ではあるが、それでは解けないものもあるので念の為に探りを入れてみた。


 エサとして使ったのは心気楼で現した8つ目の赤い石。豚面男は自身が奪った少女の夢の数を覚えていない様だ。彼女たちの生きる希望、そういったものまで込められているはずのものを。


 俺は8つ目の赤い石を頭上に放り上げると落ちて来たところにヴァジュラを一閃させていた。


「ブホォォォーー! お前、よくもおらの夢を!!」


 豚面男は血走った目で俺を見据えると右足首の傷の痛みを顧みる事もなくフルートの槍を振りかざしながら突進してきた。適当にヴァジュラを突き出して仕留める事も出来たが赤い石に少女達の夢見る力が利用されていたとわかった時に気が変わっていた。


 いきりたった豚面男が腹の辺りをがら空きにして目前に迫って来る。その瞬間にヴァジュラを突き出す。壺が砕けて桃色の蒸気が噴き出し始めると、やがてその中に2人の人影が見えた。


「えっ? ここはどこ?」


 豚面男の術式にかかったリデルは自身の夢の中へ引きずり込まれていたのを覚えていない様だった。


「全て聞かせてもらったよ。ティルス、こいつを譲ってもらえるかしら?」


 リデルと共に現れた弐式を通してヴァレットが尋ねてきた。ヴァジュラを左肩の鞘に収めたのがヴァレットへの返事の様なものだった。最初からそのつもりで狙いを壺に代えた。


 彼女の夢から取り出されたヴァレット弐式は主の想いを叶えるべく右手に巨大な戦斧、左手にそれと同じ大きさの戦斧を構えて大きく前へ踏み込んだ。



 夜が明けた頃、俺達はプアルの町へ戻っていた。


「ルデット侯爵様、昼日中から酒を召し上がっていていいのですか?」


「ああ。今日は何と言うかアレが跡取りとして妙にやる気を見せてくれた記念日の様なものだからな」


「俺のせいで町がこの様になってしまいすみません」


「いや、いいのだよ。アレの本気であればびくともしないだろう。さあ、ティルス殿も私の祝杯に付き合ってくれ」


 町を囲む城壁の上に俺達はいた。普通に演奏すればかなりの腕前なはずであるリデルのチェロだが今はかなり耳当たりの悪い音色を発していた。


 それは演奏に魔力で様々な効果をのせる魔奏を行使している証でもあった。対象の動きを鈍くする『カメの円舞曲』は城壁の外にいる魔物の大群に向けられていた。


「ほんとキリがないわね……。ティルス! これは高くつくわよ」


 城壁のへりに腰をかけたヴァレットはふてくされながらも弐式を操り巨大な鉄槌と戦斧で次々と魔物の息の根を止めていた。それらはハメルンと呼ばれた豚面男が呼び出していた援軍の残りなのだろう。既に崩れ落ちたハメルンの館を見て、取り敢えず近隣の町に仇がいるとでも踏んでの襲撃と思われた。


「ヴァレット、すまない。間の悪い事に昼の襲撃になってしまって……」


「あなたが昼にダメダメになるのは初対面の時でよーーくわかってますーー! リデルと私で充分ですからどうぞごゆっくり」


「そうですよ。私を助ける為に戦ってくれたティルスさんは休んでいて下さいね」


 魔物の大群を相手する事になっていたがどことなく2人は楽しそうだった。時折、お互いの目を見合った微笑む余裕すらあった。


「侯爵様、色々とお世話になりました。この襲撃がひと段落したら俺とリデルは町を出ます」


「ふむ。ここに居続けてもらっても一向に構わないのだがな」


「色々とお心遣いして頂いてばかりで感謝に尽きません。ですが、やつらの上に立つ魔族に迫って元を絶たねば多くの人々に迷惑がかかりますので」


 俺はルデット侯爵領で起きていた連続少女神隠し事件の犯人として令嬢のヴァレットの手で討伐された事になっていた。全てが終わった時、それは真なる犯人を油断させて喉元に迫る為の偽装であったとして領内に喧伝された。そして、俺は真犯人を成敗し奪われた少女達の夢を取り戻した町の英雄にされていたのだ。


「せっかく仕立てた英雄だ。居続けてもらった方が色々と利用出来てよいのだがな?」


「俺の友人が言っていました。英雄なぞ現れぬ方がいい、英雄が望まれるのは世が乱れている証拠なのだ。人々が英雄を求めずその存在が忘れ去られた時こそ真の平静が訪れた時だ、と」


 英雄になるのを望む者達であふれる冒険者ギルドでその様な物言いをしていたバーディルの顔を思い浮かべなかがらそう応えると、侯爵は静かに頷いてはその顔に笑みを浮かべいた。

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