第11話 夢境地②
辺りを見回していたリデルの視線が頭上を向いたところで止まった。ヴァレットがすぐさま弐式に同じ方向を見上げさせると空が大きく割れていた様子が映りそこから覗き込んでいる者が見えた。
「お前、キドラの男とどんな関係だべ?」
その者はそう言いながら手にしたフルートを指し棒の様にして夢の中の俺を指した。問われたリデルは立ちすくしたまま身を震わせるばかりだった。俺もリデルもその忌々しい顔には見覚えがあった。
俺が魔族に追われるきっかけとなった『闇夜の魔剣市』を主催していた豚面男。刃が届かぬとわかっていても反射的に双剣の柄に手を伸ばしてしまっていた。
「キドラの男は人間に始末させたしどうでもいっかーー。それより何だかよくわかんねぇが折角釣れた夢だから頂いておくべ。犯人はまた適当にでっち上げればいい」
豚面男はそう言うとフルートを口に当てて大きく吸い込んだ。木々の葉がざわめき始め枝から引きちぎられると舞い上がって行った。そして、何をするでもなくただ立っていただけの夢の中の俺はあっけなく舞い上げられるとフルートの中へ消えて行った。
夢の中のリデルは辺りの木にしがみついてその様子を悲しそうな顔で見つめていた。
「ブヒヒヒっ! こいつは随分と想いの強い夢だ。いい幻魔石が造れるぞ~~」
豚面男は喜々としながら声を上げた。
「幻魔石……。もしや、あの赤い石の事か?」
以前に元パーティメンバーのバーディルに石を視てもらった時、魔力ではない特殊な力が込められていると言っていた。夢の力で幻影を見せる、恐らくそういう道具なのだろう。
「なるほど。こうやって少女たちの夢を吸い取っていたのね。でもリデルの夢はあんたなんかに渡さないよ! この豚野郎‼」
その時、弐式が風を利用して豚面男に向かって一気に跳び上がると右手に構えた巨大な鉄槌をフルートに叩きつけた。その重い一撃で豚面男の口からフルートが外れると風は止んだ。
「いっでぇ……。ん、お前なんだ? どうして夢の中で自由に動ける他人がいる?」
豚面男はフルートを持ち直すと激しく突き下ろしてきた。その先端にはいつの間にか槍の穂先の様な物が姿を現していた、弐式は左手で背中から巨大な戦斧を取り外すと穂先を受け止めていた。
俺がリデルの夢の中で豚面男の姿を見て声を聞いていたのはそこまでだった。
目の前に赤いレンガ造りの『想響庵』の建物が現れていた。陰刻の因【心気楼】を使って記憶の中にある衝角、城門を破る攻城兵器を宙に現した。それが斜め上から落ちてぶち当たると赤いレンガは粉々に砕けた。
一気に館の奥の部屋へと踏み込む。左手に何やら壺の様な物を持ち右手にフルートを持った豚面男が目を大きく見開き俺の姿を見ている。
「ブフゥゥ……。ん? おっ、お前はキドラの男。死んだのではないのか!?」
「その物言いだと死ぬ様に仕組んだのはお前という事になるな」
「ブブブ、ブフッ……」
「お前……、本当に豚面男か?」
思わずそう尋ねてしまった。豚面男とは俺が勝手に呼んでいる名称なのだからこの様な聞き方をしても意味がない、気付いたのは口に出してしまってからだった。以前に見た豚面男の立ち振る舞いとあまりにも違い過ぎたので他の者ではないかと感じざるを得なかったのだ。
だが、目の前の豚面男がキドラの名を出したのは確かだ。
「俺のキドラはどこにある?」
「……」
知っているが答えるわけにはいかない、その様な感じだった。目の前の豚面男が持っているか、あるいは他の魔族が所有している事を知っている。例えば『闇夜の魔剣市』にいた方の豚面男。
「ではお前を生け捕りにさせてもらおう。お前のボスにキドラと交換する様に交渉させてもらう」
「ブブブブっ!! それはダメだぁ〜〜」
この豚面男は魔族の何者かに命じられて動いていた、それがわかれば充分だ。
豚面男は慌てて壺に栓をするとフルートの槍を突き出してきた。俺の左手に現した【心気楼】のキドラがそれを弾くと穂先は赤いレンガの壁に当たって乾いた音を立てた。
「お前のボスはどこにいる?」
右手にヴァジュラを握り双剣をクロスさせて構えた。
「ブヒィィィ!」
何も応えず俺の右の脇腹を狙って来た槍の穂先をヴァジュラで受け流して1歩踏み込む。次いで横殴りにしたキドラの刃が豚面男の胴体に深く食い込む、はずだった。
「キィーー!」
まるで豚面男の盾とでもなる様に飛び出し、胴体から首を切り落とされ鮮血を散らして悲鳴をあげたのは鼠だった。ただの鼠ではない、成長した猫ほどの大きさはある魔物のウェアラットだ。
「ハメルン様! 遅くなりまして申し訳ありません」
そして天井に空いた穴から何者かが降って来た。そう言って俺とハメルンとの間に割って入ったのは鼠面をした小柄な者だった。
「遅い! 遅いべっ! 呼んでからどれほど時間がかかっているんだ!?」
「重ね重ねお詫び申し上げます」
鼠面男は俺を一瞥すると豚面男に身を寄せて耳元で何かを囁いていた。
「ブヒヒヒッ! 立場が逆転したな。これから援軍が続々と押し寄せてくるんだべ。今度こそ死ね、キドラの男!」
豚面男が口元からよだれを垂らしながらそう告げた時、鼠面男は額を右手で抑えてうつむいていた。これではわざわざ俺に聞こえない様に言った意味がない。しかし、気を取り直した様子の鼠面男が雄叫びを上げた。
この部屋の天井、壁、床の至るところから小さな鳴き声が乱れ聞こえ始めた。一瞬だけそれが止むと、部屋の至る所に穴が開きウェアラットが次々と飛び出しては跳ね上がった。それらは俺目掛けて滝の様に落ちて来た。
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