第4話  娘と父①

 道すがら話を続けて彼女もまたリデルと同じ様に『鷲ノ双爪』傭兵団を追放された者だと知る事になった。今は大盗賊をしているらしい、大の着く盗賊かどうかは他人の評価に委ねるものの様な気もするが自身で言い切ってしまうのがヴァレットだった。


 そんな彼女が急に一際大きな屋敷の前で歩みを止めると閉ざされた鉄製の大きな門を見上げながら深呼吸を始めた。


「入るよ、付いてきて」


「待て、確かに金目の物がありそうな豪邸だが思いついた様に盗みに入るものなのか!? それに俺は付き合うつもりなんてないぞ」


 ヴァレットがしゃがんだ弐式の肩の上に飛び乗るのと同時に弐式が跳ね上がる。1人と1体は門を飛び越えその内側へと位置を移した。


 ほどなくして金属の擦れ合うような音が聞こえると鉄の門が開かれた。盗賊ならば針1本あれば大抵の扉が開けられると聞く、その業を使ったのだろう。


 ヴァレットは辺りに人気がないのを確認すると邸宅目指して駆け始めた。


「おい! 待て、ヴァレット」


 そうは言ってみたものの家人に気付かれるわけにはいかないので自然と声は小さくなった。彼女まで届いたとは思えない、俺は盗賊の一味にでもなってしまった気分だった。


 ヴァレットは邸宅の裏手にまわると木で造られた素朴な扉に手をかけようとした。その直前、扉が開いて奥から灯りがこぼれてきた。


「お帰りなさいませ、お嬢様。ここは使用人の出入り口でございます。玄関をお使い下さいと幾度も申しておりますが」


「爺や。私がそこを通るわけがないと思っているからここで待っていたのでしょう?」


「……。またその様なみすぼらしい恰好で出歩くとは……、ルデット侯爵家のご令嬢ともあろう方が盗賊ごっこに興じるのもおやめ下さいと申したはずです」


「私は見識を広める為に街へ出ているの、それが貴族の学びと教えたのは爺やではありませんこと?」


「……。とにかく、ご夕食の御仕度が出来ております、御当主様がお待ちですので急ぎ御仕度を」


 爺やと呼ばれた者がこちらに視線を移した。ヴァレットを見ている時は好々爺といった様子だったが、俺には突き刺す様なものを放っていた。


「私の客人よ。食事は彼の分も用意する様に」


 そう言いながら扉の奥へ進むヴァレットの後に続くと爺やと呼ばれた者から放たれる鋭いものも消えていた。


「ここが君の家だったのか?」


「お父様の家よ。その娘に生まれてしまったから仕方なく居候しているだけ」


「それにしても自分の家に忍び込むとはな……」


「他人の家だから忍び込んだのよ」


 そう言い切るヴァレットだった。父と娘の何かややこしい関係に巻き込まれそうな嫌な予感が肩の辺りにのしかかってきた。



 一室をあたえられ暫く待たされた後、迎えに来た使用人の後についていく。廊下に一定間隔で並べられた調度品や壁にかけられた絵画が実に見事だった。貴族の屋敷に相応しい豪華絢爛な様子を眺めながら進むと大広間に通された。


「リデル! 探したぞ」


「あれ? ティルスさんじゃないですか。どうしてここに?」


 ヴァレットと出会った経緯を話し終えたところでリデルが首を傾げた。そして、疑問を発生させた元へと目をやった。


 大きなテーブルの席に付いている凛々しい姿の少女、澄ました顔で静かにしているヴァレットだ。街で会った時の盗賊然としたイメージは完全に消え侯爵令嬢と呼ぶに相応しい煌めきを放っていた。


「ヴァレットは追放されてないよね? 確かお父様のお使いの人が迎えに来て、家出娘だったのが発覚して連れ戻されただけじゃなかったかしら」


「せっかく自立しようとした矢先にそれじゃ格好がつかないでしょ! 追放の方が恰好よさそうだからちょっと経歴に化粧をしただけよ」


「家出は自立じゃありません! ほんと夢見がちなのは変わってないわね」


「仕方ないでしょ、私の天恵の印の効果なのだから」


 リデルの友人に会うのは2人目となるがどちらも実にユニークな人物だ。リデルとのやり取りを聞いていると微笑ましく感じて肝心な事を聞き忘れてしまいそうだった。


「どうして何も言わずに宿屋を出たりしたんだ? 心配したぞ」


「宿屋のおばさんに心当たりがあるので仕事をしに行ってくると伝えておいて欲しいとお願いしたはずですけど」


「そういう事か……」


「どういう事でしょう?」


「いや、リデルは何も悪くない」


「???」


 心当たりのある仕事。それが宿屋の使用人の勝手過ぎる想像力でうら若き少女が稼ぐならそういう事に違いない、そうであるはずだ、とされてしまったのだろう。


「ヴァレットはご覧の通りの貴族様だから私みたいなのが気軽に訪ねるのはよくない。そう思って会わないつもりでいたのですがティルスさんの懐具合があまりにもアレだったので……」


「そうか、色々と気を遣わせてしまってすまない」


「リデルならいつでも訪ねてきてもらっていいのよ。仕事がないか聞いてきたけどお金頂戴でいいのよ、貴族なんて金庫代りにでも使えばいい様な存在なんだからね」


「今夜はここで夕食の時に演奏をさせてもらえる事になったんですよ。私、素直に嬉しい気分になれる仕事が見つかりましたから」


「それはよかったな……」


 リデルの演奏は2回耳にした事がある。最初はリデルの追放仲間である脚の剣聖ナリスと一緒に鳥面男の魔物と戦った時だった。素直過ぎる物言いしか出来ないナリスが「下手くそ」と評したのをよく覚えている。


「リデルのチェロの腕は一級品だからね。さぞかしあの口うるさいだけのお父様も機嫌がよくなるはずだわ」


 リデルの腕前を知っているだけにヴァレットの物言いが気になった。そうこうしている内にその演奏を聴かせる人物であるヴァレットの父親が姿を現した。


「ヴァレット、これはどういうわけだね?」


 父親が口を開いた瞬間、その背後から何かが跳んで上がった。俺はかなりの手練れの気配を感じ取っていた。双剣を抜く構えを取った時、俺の目の前に何かが落ちて来た。


 ヴァレット弐式が両腕をクロスさせて大剣を受け止めていた。大剣の柄を握る者は屋敷に入る際にヴァレットが爺やと呼んだ男だ。


「お嬢様、侯爵様に逆らわないで下さいませ」


「ティルスは私の客人。いえ、親友の知人だから友人でいいわね」


「どういうわけだと聞いている。賞金首に指定された男が、指定した者の屋敷に上がり込んで夕食のテーブルに付こうなどと何の冗談だ!?」


 ヴァレットの父親が右手を図上に高く掲げると手に手に武器を携えた者達が大広間にひしめき始めていた。

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