第3話 喪失への恐れ③
「ぎゃぁぁぁーーーー!」
目の前に立っている女の首がいきなり落ちた。それを目の当たりにした人相の悪い男達の間から気色の悪い悲鳴が上がった。
「むっ、頭が取れちゃったせいでやつらの姿が見えない……」
またもや落ちた頭の口から小声が漏れる。緊迫した状況の中で俺はただ1人笑いを堪える羽目になっていた。
「愚か者ども、お前たちの夢はこれで終わりよ!」
地面に転がった頭があらぬ方向を見ながら叫んだ。すると人形の両手首の付け根辺りからポキリと折れて手首が垂れ下がった。
手首の辺りから僅かに金属が擦れる様な音がすると何かが飛び出して行き男達の足下の辺りに次々と突き立った。それは腕程の太さがある鉄の杭の様に見えた。
見えていない割には狙いが実に正確だ。少しだけ上体を起こして周囲を見回すと近くの建物の屋根の上に人影が見えた。人形を操っている者が自身の目で狙いを付けたのだろう。
「ひぃぃぃっ……、こいつはデュラハンとでも言うのか!? くそっ!!」
鉄の杭に腰を抜かしてあたふたとし始めていた男達は後退りを始めた。しかし、20人はいるであろう圧倒的な数の力が彼らの恐れを麻痺させたらしい。
「何だかわからないが首が取れる様なガラクタ人形を壊してしまえばいいだけだ、残った者達で賞金は山分けだ!」
真っ先に飛び出した男の短剣が人形の肩口の辺りに食い込んだ。しかし、気にも留めない様子で人形が握りしめた右の拳を突き出して男の顔に見舞っていた。
「なっ、なんだこいつは……」
斧を大きく振り被っていた男が呆気に取られて立ち尽くしたままになる。その間、人形は身をかがめて自身の頭を拾い上げるとその男の顔面に叩きつけた。
格闘戦における体捌きとかいった基礎的なものは無茶苦茶だがとにかく強かった。何しろ痛みを感じない人形なのだから。
「あんた達、まだやる気?」
ヴァレットが手に持った頭部を首の上に戻してはめた。しかし、急いでいたのか前後が逆になっていた……。頭部が全くないのも不気味だが顔と後頭部が逆向きに付いているのも違った気味悪さがあるものだ。
その姿で背負っていた巨大な戦斧を右手に持ち鉄槌を左手に構えると男たちは後退りし始めた。そして、1人が逃げ出すと雪崩を打った様に続いた。
静かになったところで立ち上がるとすぐさま人形がこちらを向いた。ただ、頭が前後逆になっているので後頭部で見つめられるという何とも不思議な光景だった。
「動かないで! あなたを助けたわけではなくて捕らえたのよ! 少女達をかどわかした犯人は絶対に許さないから」
突き出されてた賞金首の手配書には俺の似顔絵に連続少女誘拐犯と書かれてあった。もちろん全く身に覚えはない。
「俺が誘拐? 何かの間違いだ」
「はいそうです、と素直に認める罪人がいるわけないわね」
人形が身を翻して突進してくると俺目掛けて右腕の戦斧を唸らせた。それを跳び上がってかわすと人形の背後にまわった。日は既に落ちていた、今の俺は【昼行燈】の影響を受けていない。
「少し話を聞いてくれいないか。俺はこの町へ一緒に来た仲間、今行方がわからなくなっている少女を探しているだけなんだ」
「うっ……、そう思い込んで次々と……。完全に頭がイカれちゃってる危ないやつか!」
本当の事を言っただけだが状況的はそう思われても仕方がない。しかし、こうしている間にもリデルの身に何かよくない事が起きているのではないかと気が気ではなかった。
「この町でそんな事件が起きているなら俺の探している少女も危ない、リデルも危ないんだ!」
「ん? リデル……。お前はリデルを知っているのか!?」
「君もリデルを知っているのか?」
危険なやり取りを交わしていた俺と人形、正確には近くの建物の上からこちらを見下ろしているであろう人物をリデルが繋いだ。
プアルの町の繁華街は夜を迎えて酒を酌み交わす人々で賑わっていた。賞金首になっているらしい俺はフードで頭をすっぽりと覆い隠しながら少女とその連れである人形と一緒にその中を歩いていた。最初に人形が名乗った名前、ヴァレットこそ少女のものだった。
「あなたがリデルの言っていたティルスだったのね。あの娘の連れとは知らず無礼な事をしてしまったわ、ごめんなさい」
「いや、賞金首の手配書に俺の似顔絵が載っているならば仕方がない。しかし、どうして俺が……」
「……」
一瞬、少女の顔が曇った様に見えた。話題を変えるかの様に、今、リデルは自分の家にいるから迎えに来るといいと話し始めた。
「ところで、この人形は一体何なのだ?」
「私の天恵の印【夢見る少女】で造り出した理想の大人の女性なの。私が目指すべき容姿を持った存在、その名もヴァレット弐式よ」
理想の大人の女性にあれほどの武装と耐久性が必要だろうか?とも思ったがどちらかと言えば俺の興味は天恵の印の方に向いていた。
「【夢見る少女】とは?」
「夢として抱いたものを実現化出来るの。ただ、天恵の印の鑑定士にみてもらったら1回使うと暫く時間を置かないと使えないタイプらしいわ」
そうやって俺の方に向き直り印のある右目を見せてきたヴァレットだが目と目が合った時に俺の瞳の中にあるものに意識がとまった様だ。陽と陰、2つの印を持つ実に珍しいタイプである事を説明をする事になった。
「記憶と夢の違いはあるが想いの中にあるものを実現化させられる。俺とヴァレットちゃんの印は似ているのだな」
「そうね。ところで、もう少しで大人の女性になろうというレディに向かってヴァレットちゃんはやめてくれるかしら。ヴァレットでいいわ」
理想的な大人の女を表現したらしいヴァレット弐式が顔にかかった長い髪を右手で払ってなびかせる。先ほど、頭が取れてしまった様子させ見ていなければ素直に美しいと感じられただろう。その仕草を見ながら同じ様にするヴァレットだった。
「どう大人の色気が漂うでしょ?」
理想の大人の女性がとった仕草とは程遠い。美しいというよりも、まだまだ可憐と呼ぶ方が似合う少女だった。
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