第2話  喪失への恐れ②

 水溜まりを覗き込んで顔の様子を確かめると泥で汚れていた。用心棒達に踏みつけられた際に付けられたものだろう。


 陽刻の印【昼行燈】が効いていると実に運が悪い、そう思いながら薄汚れた街並みを歩き出そうとした時にその効果を改めて思い知る事になった。


「やっぱりだ。あいつお尋ね者の賞金首で間違いねぇ。今朝出たばかりの手配書の似顔絵と同じだ」


「あんな弱っちいのが1000ゼルだと? まあ運よく大金を拾ったと思って始末するか」


「あの時他のやつらが気付かなくてホッとしたぜ、あの人数で山分けだと取り分が随分と減るからな。2人がかりくらいで丁度いい」


 短剣を握って立ち塞がる2人の男に見覚えがあった。つい少し前まで俺をどついていた男達の中にいたやつらだった。それにしても、なぜか俺は賞金首と呼ばれていた……。今の状況で俺が採れる方法はこの場から逃げ去る事だ。


「待て、この野郎!」


 背中に浴びせられた声はさほど大きな物ではなかった。賞金を山分けしたい2人なのだから騒ぎすぎて人の注意を引いてしまうのを避けたいのだろう。


 少し運がいいかもしれない?そう感じた矢先には窪みに足を取られてよろけてしまっていた。だが、そういう時はよろけるに身を任せて転がってしまった方がいい。


 何回か回ったところで目を開けると青い布切れの様な物が見えた。僅かな時間、それが何なのか見当もつかなかったのだが布を挟む様に人間の太ももらしき物が見えたところでわかった気がした。


「運よく私のパンツを見た様ね、随分と夢見心地でしょう?」


 次の瞬間、もたげられた片足が俺の胴を踏みつけて来た。


「お嬢ちゃん、よくやった! そいつは俺の財布をくすねた悪いヤツなんだ。こっちに渡してくれ」


 俺を賞金首として追う2人が追い付いてきた。


「ふ~ん、おじさんの財布にはいくら入っていたの?」


「えっ? いや~~、その~~。大金だよ、そう1000ゼルだ」


「1000ゼル? へぇ~~、例え金貨だとしても普通の財布には収まらない夢の様な大金ね。大きな麻袋が必要だと思うけどこの男はそんな物を持っていないわよ」


「……。そうだ! 途中で仲間に渡しやがったんだ。とにかくそいつを渡してくれ」


「おじさん、そんなに大事なお金なら仲間の方を追うんじゃない? あなたの夢物語はそろそろ限界じゃないかしら?」


「くぅぅ……。下手に出ていれば調子に乗りやがって。小娘、黙って渡さないと酷い目に遭うぜ!」


「こんないい女を小娘呼ばわりするとはお前らこそ覚悟しな!」


 黙ってやり取りに耳を傾けていると苛立ちからか男達の声は次第に大きなものとなっていた。するといくつも騒がしい足音がした。


「ちっ! 賞金首に気付いてやっぱり抜け駆けしたやつらがいたか。仲間を裏切るとはいい度胸だな、そいつを譲ってくれれば今回は大目に見るぜ」


 2人組と同じく用心棒をしていたやつらだっだ。その数は4人。


「仲間? 金で雇われて娼館の用心棒をしているだけだ、仲間なんて思った事は一度もない。先にこいつを取り押さえたのは俺達だ。さあ、帰ってくれ!」


「見るところ取り押さえたのはそこの女だろ? まだお前たちのものとは決まっていないはずだな」


 たちまち仲間らしい2組の言い争いが始まった。すると、どこからともなく同じ目的を持った者達が駆け付けてきて一層騒がしくなり、更にその騒ぎは騒ぎを呼びどんどん膨らんでいった。


 気が付けばもう日が暮れようとしている。もはや賞金首を狙う者達がいくら増えようが気にする必要もなさそうだ、俺はマントで隠れている両の鞘に手をかけた。


「あんた達、状況見えてる? 獲物はこの大盗賊ヴァレット様が真っ先に手をつけたの。それを横取りし出来ると思うなんて随分と夢見がちな話ね」


 用心棒たちの混乱の渦に割って入ったのは俺を踏みつけている女だった。


「そうだ、まずは横取りしてから最終的な所有者を決めればいい」


 男の中の1人がそう口にしたのをきっかけに混乱は収まり、危険な視線がヴァレットと名乗った女に向けられ始めた。


「よく見ればいい女じゃないか。ひっ捕まえて娼館にでも売ればいい稼ぎになるな、盗賊ならばそういう目に遭った処で騒ぎ立てる者もいないいだろうしな!」


 下卑た笑い声が響くと男達はヴァレットに殺到し始めた。


「この大盗賊ヴァレット様に歯向かうと悪夢を見るよ!」


 たんかを切ったヴァレットが腰を低くして上半身を右側に捻る、そして右手を軽く引いて腰だめに身構えた。その瞬間、首から上の物が落ちた……。


 それは丁度俺の目の前に落ちて来て目と目が合ってしまった……。普通なら動くはずのない口がパクパクと動くと「あちゃ~~、はめ方がゆるかったのか~~」との小声が漏れてきた。


 その一言のお陰だ。俺を踏みつけているのは恐らく人形の様なものだろうと気付く事が出来た。しかし、そうと気付く機会を得られず、首の落ちた女と対峙している男達の悲鳴が上がり始めていた。

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