第8話  その者、自称見習い魔導師②

「あはははっ! うちのひとに親友がいたなんて驚きだわ。全く何がよくて仲良くしてるんだか。あはははっ!」


「僕と結婚した君がそれを言うかい?」


「え~~? 何か口答えされた気がしましたけど。茶楼の仕事が全く出来ないくせに開店させて妻に丸投げしている人のくせに、いっぱしの口をきかれた様な気がしましたけど? そんな事より酒がな~~い!」


 元パーティメンバーのバーディルはかつて話していた様に茶楼を開く夢を叶えていた。少々酒癖が悪いのを知ったのは今さっきだが気立てがよくてきびきび働く奥さんまで迎えていた。


「こら! そこの親友! まじめな顔して考え事をする暇があったら飲め〜〜、ギャハハハハッ!!」


 その酒癖の悪い奥さんはグラスの中身を一気に飲み干すと再びそこへ酒を注ぎ込んだ。久々にバーディルと共にする夜は長く長くなりそうだった。



「バーディル。ベルデさんは眠ったか?」


「ああ、あれだけ酔っぱらっていたのだからね。彼女には厳重な結界を施したから問題ない。それより、リデルちゃんまで付いて来たのかい?」


「はい! 私も少しは戦いのお役に立てるはずです」


 バーディルはリデルの持つチェロに目をやり少し考えた様子だったが、楽器を持って戦いに臨む者とは魔奏師なのだとすぐに気付いた。


「これは珍しい。最近はなり手が少ないらしいからね」


「まだ『カメの円舞曲』しか出来ないんですが……」


「いや、1曲でも出来れば充分さ。楽譜を覚えた上にそこに魔力注入の術式を編み込むのだろう? 1曲を成立させるのに普通の楽師の2倍以上も手間がかかる職だ。普通の楽師になって楽団にでも入った方が稼げるから目指す者が少ない。リデルちゃんは貴重な戦力だよ」


「貴重? 傭兵団を追放された私が? そう言ってもらえると嬉しいです!」


 俺がバーディルと同じパーティにいた頃。強敵に対抗する戦術を編み出し戦いの空気を作るのが彼の役目というか自然とそうなるポジションにいた。変人を極めた男の戦い方と考え方は実にユニークと呼ぶに相応しい。


 彼の結婚祝いを兼ねた晩餐とするつもりだったが「我々だけは酒を控えよう」と耳打ちしてきたのがバーディルだった。



 俺達は山中の茂みに身を潜め、その時が来るのを待ち続けていた。


「真夜中の襲撃があるとふんだのはいつだ?」


「ベアソルジャーどもの醜い顔を見た瞬間かな。向こうがティルスの強さをどれだけ知っているかはわからないが魔物の下級兵士では明らかに役不足だ。こてんぱんに撃退して安心した日の真夜中、本命の夜襲を叩きこむ。セオリー通りならそうするさ」


「セオリー通りなら? そうか! 俺の事をよく調べているなら昼の襲撃を本命にする。俺にとって都合のいい真夜中は絶対に避けるだろうな」


「つまり、敵さんは調査不足で戦いを挑むお間抜けさん。その上、杓子定規で物事を進める応用力がない者なのさ。ほら見てごらん、今も結界の薄いところを破ろうとしている。わざとそこだけ手を抜いてやったとも思わずにね」


 バーディルは目元を緩ませながら手の平の上で胡桃をいつか転がしていた。全ては手の内と言う事なのだろう。


「なるほどな。もう見習い魔導師の見習いを取ってもいいのではないか?」


「何を言っているのさ? 僕はそんなつまらない職業はもうとっくにやめている。僕は天上茶楼『迅雷亭』のマスターに転職したのだから」


 薄く青白く輝く光のカーテンにほころびが生じるとそこから結界の内側へ入ってくる者の影が見えた。それを合図に珈琲の1つも満足に淹れられない茶楼のマスターは何か魔法の詠唱を始めた。


「バーディル、また雨か……。まさか、それしか使えないのか?」


「ただの雨じゃないさ。真夜中ならではの恵みの雨だ」


 雨が木々の葉を濡らしてその滴が侵入者たちに落ちる。すると闇夜に赤い光の様な物がいくつも浮かび始めた。


「何だあれは?」


「水に反応して赤く輝く薬品をあの辺りの木の葉っぱに仕込んでおいたのさ。赤い光が動くと言う事は何者かに付着している証拠、それを目印にすればいい」


 バーディルの指示でリデルの魔奏が始まり赤い光を放って動く者の歩みを次々と鈍くしていった。俺はその集団の中へ踊り込んだ。


 右手のヴァジュラと左手の【心気楼】キドラを赤い光に向かって振るう。相手はベアソルジャーだったが前の襲撃より明らかに数は多かった。しかし魔奏で鈍らせている為、物の数ではなかった。


 熊並みの腕力と俊敏性を持ち爪だけではなく武器も扱える。ただそれだけの魔物で特別な能力があるわけではないし知能も低い。俺は適当に何匹か斬りつつ、ベアソルジャー達の間を縫うように駆け抜けた。わかりやすい大きな隙を作ってやった上で。


「グバァァァ!」


 俺を狙って突き出された剣、槍、爪が他のベアソルジャーを傷付けていた。同士討ちを誘って半数ほどは始末出来ただろうか、鈍いながらも動いていた赤い光の大半が動かなくなっていた。


 後ろの方から熱風が迫り俺の背中を軽く撫でると前方の赤い光に向かって吸い込まれていった。振り返るとバーディルが魔法で残り少なくなったベアソルジャーを狙い撃ちしていたのがわかった。


「バーディル! お前、正気か!?」


 真夜中に火属性の魔法を使えば自身の位置を晒す様なものだ。


「リデルちゃん、僕の前へ飛び込んでくるヤツに魔奏の狙いをっ!」


 バーディルが敢えて自身の位置を教えた意図がわかった。自らの懐に誘い込み弱体化させて一気に畳み込むつもりなのだ。


 リデルのチェロから発せられた魔奏が闇夜に流れる。普通であれば相手にあたって効果を発揮するのだが、そうはならなかった。


「ブォォォーーーー!」


 獣の咆哮、それを更にけたたましくした様な轟音がリデルの魔奏を搔き消していた。


「へぇーー! バカでかい声の空気振動で魔奏がのった空気振動を打ち消したか。なかなかやるね!」


 明らかに想定外の事が起きたはずなのだがバーディルは冷静な反応を示していた。その一言でリデルにも伝わっただろう、正面から普通のやり方で魔奏をぶつられる相手ではないのだと。

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