第7話  その者、自称見習い魔導師①

「線の細い華奢な身体をしているのに重戦士だったんですね?」


 完全武装したバーディルの姿を見たリデルの感想だった。全身を覆う鎧に大盾を両手で構えた姿を見ればそうも思うだろう。


「いや、自称見習い魔導師だ」


「えっ!? 杖とか魔法用の装備が見当たらないのですけど?」


「大抵の杖には魔力を増幅させる効果が備わっているのだったな。あいつにはそれが必要ないんだと思う」


 俺達の前に立つ鉄の塊が振り返った。本来ならそう簡単に動ける様な重量ではないはずだが軽々しく動く。既に筋力を上げる補助魔法を自身にかけているのだろう。


 思い起こせばそれがバーディルのバトルルーティンの様なものだった。とすればもう1つ補助魔法がかかっている。


「何を後ろでごちゃごちゃ言っているんだい? ティルス、昼間なんだから君は建物の中にでも隠れていてくれた方が邪魔にならずにすむのだけど」


 そう言うとバーディルは身を低くかがめた。その直後、山頂にベアソルジャーの一群が現れた。獣の熊とは違い片手に剣や槍を持ち、もう一方の手には盾を構える。その盾を突き出しながら陰に隠れた熊の爪を使って攻撃してくる事もある。人間側の認識では魔界の下級兵士と位置付けられる存在だ。


 それらの真っただ中へバーディルは突っ込んでいった。完全に取り囲まれると辺りには鉄と鉄が激しく打ち合う様な音が響き渡った。


「あの~~、一方的にボコボコにされている様に見えますが大丈夫でしょうか?」


「ああ、心配ない」


 重い鎧でも動ける様に筋力を増大させる補助魔法と同時に防御力をあげるものもかけているはずだ。


「あれでは自ら殴られに行った様なものでは? 私の知っている魔導師像はパーティの一番後ろに控えて静かに的確に魔法を打ち込むものですけど……」


「リデルの魔導師像が間違っているわけではない、あいつが魔導師の常識をぶっ壊しただけなのだから気にするな」


 ベアソルジャーの振るった剣がバーディルを狙う。それをかわす様子は全く無く鎧で受け止めていた。その背後から首筋を狙って突き出された槍は致命傷になりかねないものだ。身をひるがえすと大盾でそれを防いでいた。


「やっぱり重戦士にしか見えないです……」


「あいつのパーティでの役割は壁役だった。あんなに細い見習い魔導師なのに壁とはおかしいだろ?」


「はい……。普通なら戦闘開始直後に即死ではないかと」


「まあ、じきにわかる。そろそろやつが攻撃に転じる頃合いだ」


 バーディルは10体ほどいるベアソルジャーが打ち込んだ剣と槍の全てを鎧と大盾で受け止めて耐えていた。暫く防戦が続いた後、ひび割れた眼鏡の位置を整えながら口元を微かに動かすのが見えていた。


 辺りが暗くなった。頭上には先程までなかった黒雲が現れたちまち雨を降らせた。その雫の群れの中にやけに太い水の柱の様なものが混じっていた。凄まじい勢いで落ちて来ては1匹のベアソルジャーの頭部を直撃した。


「グボッ!」


 その瞬間に頭が潰れ、そのまま身体も全て圧し潰されると肉塊へと変わった。あちこちで頭蓋を砕く様な音がすると全てのベアソルジャーがもはや動かぬ物体へと姿を変えていた。


「ティルスさん、今何が起こったので?」


「あいつが雨を降らせただけだ。ただ、天恵の印【因果応報】』によってただの雨では済まないものも降らせたがな」


「因果応報?」


「あいつは痛め付けられば痛め付けられた分だけ威力を増した一撃を相手にぶち込む事が出来る。最も効率よく印の効果を使いたいから複数を同時に攻撃しやすい魔導師になった様なものだ」


「見習い魔導師どころの攻撃力じゃない様な……」


「結果的にそうなるがあいつは初歩の魔法しか使えない。元々は俺と同じく剣士で魔導師になってからは日が浅い、見習いを自称するのは間違いでもないのだ」


 魔物どもを片付けたバーディルが鎧にこびり付いた泥を払いながら俺達の側に寄ってきた。


「バーディルさんはあんな戦いをするんですね! 天恵の印もすごくユニークで羨ましいです」


 リデルからの羨望の眼差しを受けてバーディルは顔に笑みを浮かべていた。しかし、すぐにこれから大雨でも降らす空の様に表情を曇らせ始めた。


「あ、な、た! せっかくお洗濯物を干したばっかりなのにどうして雨なんか降らせたのよ? 魔物を始末するったって他に方法があったでしょ!?」


 鬼の形相で駆け寄ってきた妻のベルデさんがバーディルの耳をつかんだ。そのまま引っ張り建物の奥へと引きずり込んでいく。


「ベアソルジャーより手強そうですが、大丈夫でしょうか?」


「まあ、よくある夫婦喧嘩じゃないのか? あいつはいたぶられ慣れている、きっと大丈夫だろう」


 耳をつかまれる瞬間にさり気なく防御力を上げる補助魔法を切ったのがわかった。変人を極めた男と思っていたバーディルが意外とちゃんと夫婦生活を送れている、夫というものに順応している事がおかしかった。登山の疲れが一気にどこかへ飛んで行った様な気分になった。



 茶楼の裏手に何かの野菜を植えているであろう畑があった。そこでベルデさんとリデルはいくつかの野菜を詰んで建物へ戻っていった。今夜はここに泊まり夕飯も一緒する事になったのだ。バーディルはその脇で濡れた衣服を広げて干している。


「問題はなぜベアソルジャーが現れたか? に尽きるんだよ」


「麓は魔物だらけだろう。たまにここまで登ってくるやつらもいるのではないか?」


「いたさ。でも、初級にちょっと毛が生えたレベルだけど山頂に結界くらい張っている、その内側にまで入ってきた事がないんだよ」


「ベアソルジャーごときにそんな力はなかったはずだな」


「そう、だから他に破ったヤツがいる。ただの魔物ではない、そんな事が出来るとしたら魔族だ」


 左手で作った拳の上に顎を乗せて頭の中を整理する。闇夜の魔剣市の後に起きた事の例もある、俺達がつけられていた可能性が無いとは言い切れなかった。


「ティルス。その様子では何か心当たりがあるね? わざわざこんなところまで訪ねて来た瞬間に何かあるとは思っていたのだけど」


「そうだったか……」


「よほどの事がなかれば君が僕を訪ねるはずはないからね。だって、パーティからティルスを追放しようと決定付けたのは僕だったのだから」

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