第5話 望まぬ行き先
俺達は闇夜の魔剣市が行われていた屋敷へと引き返した。豚面の主催者がいて鳥面の襲撃者が現れた、その2人というか2匹が無関係だと思う方が難しい。
屋敷は赤々とした炎をあげて燃えていた。既に引き払われた後だった。
俺達はもやもやとしたものを抱えながらナリスの酒場へ戻る事になった。
「俺は王都ラーデハイムへ向かう事にした。怪し気な幻影を見せる術について意見を訊いてみたい者がいるんだ」
その仕掛けであろう術式がどういったものかわかれば俺を狙った者達に迫る手掛かりとなるかもしれない。そして、その最奥に本物のキドラがあるかもしれないと考えたからだ。その旨を2人に話した。
「王都だって? 私は店を休みにしてそこまで付き合ってらんないな。リデルも王都には近づきたくないだろ?」
「まあ、そうですけど……。でも、ティルスさんは大事な物を探そうとしているのだから手伝ってもいいかな〜〜とか」
「鷲ノ双爪のやつらに出くわしたら面倒だよ。それでもいいのかい?」
「出来るだけそうならない事を祈ります」
翌日の昼頃、俺とリデルはナリスに見送られながらダジリの町を出る事になった。
「じゃ、リデルの事は頼んだよ。何かあったらただじゃおかないからね!」
「ああ、任せてくれ。ところで町の様子が少し変わった様に見えるが?」
「これから出ようって町の事なんか気にしても仕方ないだろ。まあ、いつもいる炊き出しの神父の姿が見えないのは確かだけどね」
ナリスはそう言って町の一角を見つめた。そこには炊き出しがあるつもりで集まってきていた人々が溜まり始めうつろな様子で辺りを見回していた。
王都ラーデハイムにはダジリの町を離れてから半月ほどで辿り着いた。
「やっぱり無理を通してでもナリスにも来てもらうべきでした……。もし傭兵団の人達とバッタり遭遇しても物怖じせずに切り抜けてくれるはずですから」
「まあ、ナリスにはナリスの事情があるらしいから仕方ないだろう」
「ところでティルスさんの方は大丈夫なんですか?」
「大丈夫も何も会うしかない。用があるのは俺が追放されたパーティの中の1人だからな」
王都の外れにある小さな茶楼を訪ねた。
「バーディルさん? いや~~うちには暫く来ておりませんよ、それどころか王都にはもう住んでないんじゃないですかね~~」
店内はがらんとしていて珈琲も軽食も出す客はいない。暇を持て余していた様子の店主はそもそも綺麗に見えるカップを磨きながらそう答えた。
いつもならば暇さえあればずっと居続けるはずの店にバーディルがいなかった事で当てが外れた。その行先について記憶の中に何か手掛かりがないか探り始めた時、店主が俺を見ながらニコリと笑った。
「それよりお客さん、何か飲んで行きますよね? 連れのお嬢ちゃんにはケーキもお付けした方がいいね」
情報料という事なのだろう。確かに茶楼で何も頼まず聞くだけ聞いて帰るのも不躾過ぎる。俺は珈琲を、リデルはホットミルクと苺のタルトを頼んだ。
店主が奥に引っ込み支度している最中は静かに待つ事になった。やはり他の客が一向に現われないので何か話すと全て店主の耳に届きそうだったからだ。
出来たてだが美味くない珈琲をすすりながらバーディルについて尋ねた。
「何だかよくわかりませんけど老後の為の夢を叶えるとか言ってましたね~~。随分とお若いはずですから老後なんて随分先のはずですけど、まあちょっと変わった方でしたな」
最後まで貸し切り状態のまま店内で過ごし、あまりにも静かすぎる環境でバーディルの老後の夢とやらを思い出す事が出来た。
茶楼を出た俺達は王都の繁華街に向かっていた。本来ならバーディルの館に泊めてもらうつもりでいたがそれは叶わなくなった、出来れば人目につくのは避けたかったところだが今夜はここで宿をとるしかなさそうだ。ここから遠く離れたバーディルの居場所を目指すには明日の朝一番にした方が都合が良さそうだったのだ。
その時背後から馬のいななく声が聞こえたので振り返ると1台の馬車が迫っていた。俺達は静かに道の脇へ寄って過ぎ去るのを見送った。再び道を進もうとした時、先程の馬車が停まる様子が見えた。
「あら? 見覚えのある随分と貧乏くさいチェロを背負っているから、まさかとは思ったけど。そこにいるのは天恵の印が芽生えなかったリデルじゃない?」
馬車の扉が開くと半身を乗り出して満面の笑みを浮かべながらこちらを見つめる女がいた。
「あっ……。ロミエル、ロミエル副団長!」
「あっはっはっ! ちゃんと私の事を覚えてくれていて嬉しいわ。でも、鷲ノ双爪がつかみし一輪の薔薇、そのイバラで全てを切り裂く苛烈な副団長にして王国の歴史に映え続けるガルバール侯爵家を照らす月夜の令嬢ロミエル様。そう呼ばないだなんて私をバカにしているの、リデル!?」
「いえ。そんな事はございません……」
姿見は可憐というのが相応しい、それだけに口の悪さが際立つ。
「リデル、なんだこいつは? 口上が長すぎて結局よくわからなかったぞ」
「ん? あなたは誰よ? 長すぎですって、これでも短いくらいよ! 私のありあふれる魅力を仕方なくグッとコンパクトにした通り名に対して失礼だわ」
リデルは咄嗟にロミエル副団長とやらのやけに長い通り名らしき物をまるで詠唱の様に声に出した。そして何回も深く頭を下げて詫びていた。
「ナリスといい、あなたの連れはどうしてこうも不躾な輩が多いのかしら。根が腐っていると腐った果実がなるものですわ。おっほっほっ!」
リデルがただただかしこまるのを見兼ねて俺は更に言葉を続けようとしたのだが、袖を強く引くリデルがいた。俺は右手の拳を強く握りしめるだけしか出来なかった。
「ロミエル、何に構っている? 晩餐会に遅れてしまうではないか、先を急ぐぞ」
「お父様、可愛い子豚がおりましたので餌付けをしておりました。でも、私とした事が見間違いをしてしまいました。醜い、何の取り柄もない約立たずの子豚でしたの。あっはっはっ!」
ロミエル副団長とやらがその身体を馬車の内に戻すとそれは走り去って行った。
「リデル、俺に付き合わせてしまったお陰ですまなかったな……」
「いえ、王都に来ると決めた時点で覚悟はしていた事ですから」
「そうか、覚悟か……」
「どうかしましたか?」
「いや」
追放されたパーティのメンバーを望んで訪ねて来たところではあるが、顔を向き合わせた時にどう言葉をかけていいものか俺は少し迷ったままだった。ここにいないとわかった時、どこかほっとしたものがあったのも確かではあった。
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