第4話  剣聖は剣を持たぬ②

 黒いローブ姿の者が巨大な斧を持つ両腕を頭上へ掲げる、それは金属音を鳴り散らかしながらナリスの右脚から繰り出された剣を受け止めていた。


 その瞬間、一気に間合いを詰めて懐に躍り込む。斬撃と刺突を織り交ぜながら双剣を繰り出すとローブの奥から更に1本の腕が現れ、腹の辺りに生える2本の腕が俺の相手となった。


「二振りの剣を自在に操るのは思ったほど簡単ではないぞ!」


 双剣の嵐撃を更に激しく畳み掛ける。それに追いついてきた2本の腕だが一方の短剣でもう一方の腕を傷付け合う様となった。俺がそうなる様に双剣を振るう位置とタイミングを組み立てていたからだ。


「ギリギリギリッ!」


 ローブの中から伸びる2本の腕が双剣に追いつかなくなり、ほとばしる鮮血の量が増した時。ローブの奥から更に2本の腕が現われた。


「グワァァァァ!」


 黒ローブ姿の者は雄たけびの様なものを挙げると4本の腕をを上へ下へ右へ左へと振り回し始めた。俺は後ずさりしながら短剣の動きに合わせて少々遅れ気味に双剣を繰り出す。


「ヒャァァァァァ~~!!」


 その声には喜々としたものが込められていた。隠し持っていた全ての腕を使う事で俺を圧倒し始めたと感じたのだろう、猛然と身体を前へ前へと押し出してくる。


「二振り操るのは簡単ではないと忠告したはずだがな。まして、お前は四振りと斧1丁ではないか」


 その時、巨大な斧に剣を合わせて絶妙なバランス感覚で立っていたナリスが腰を捻る様子が見えていた。俺はその次なる一手に合わせて注意を惹き付けただけに過ぎない。黒ローブ姿の者の意識は完全に4本の腕のみに集中していて斧が動く気配はなかった。


 ナリスが右脚に込めていた力を抜き自ら落ちる様に斧から離れた。そして、捻った腰の反動で身体を左周りに回転させながら右脚の先からきらめきを放った。それから少し遅れて黒ローブ姿の者が持つ巨大な斧が2本の腕ごとどさりと地面に落ちた。


「グバァァァァ!!」


 切り離された自身の腕に気付くと怒声と悲鳴の混ざった様な雄叫びをあげた。丁度、肘から下の部分が残されていて、そこから血が噴き出ると黒ローブ姿の者の頭上に降り注ぐ形になった。フードの中に流れ込んだそれが邪魔だったのだろう、顔を覆っていた物をめくり上げた。


「なっ!……。お前は魔剣市でキドラを落札した男ではないか」


「やはりそうか。貴様にはキドラと呼ばれる剣の姿が見えていたのだな。ならば死ね!」


 ローブを完全に脱ぎ捨てるとそれはまさしく鳥としか言えない羽根に覆われた身体が現れた。そして、キドラを落札した男の顔は次第に鳥の顔へと変わっていった。2本脚で立つ鳥面男となった時、背中の翼を素早く羽ばたかせると風の塊が飛んできた。


 至近距離からの一撃ではあったが翼を大きく後ろに反らした段階で読めた攻撃、かわすのはさほど難しい事ではなかった。しかし、身を翻した瞬間に見えた鳥面男の手に握られていたそれが俺の注意を強く引いて僅かに気を逸らされた。


「キドラか、くっ!」


 紛い物なのだろうとわかっていても目がそこにいき囚われる。その隙を衝くかの様に3本の短剣が襲い掛かって来る。左手に持つ【心気楼】のキドラで弾こうとしたが逆にこちらの刃が弾かれ飛ばされた。回転しながら飛んで行ったキドラが大地に突き立つ。


「キシャシャシャシャーー!」


 鳥面男が勝利を確信したのだろう。口元からよだれを垂らしながら繰り出してきた更なる一撃が迫る。しかし急に短剣の動きがのろまに見えた。充分過ぎるほど余裕でかわした後に周囲を見渡す時間すらあったほどだ。そこにはチェロで魔奏の効果を送り込んでいるリデルの姿が見えた。


「間に合ってよかったです。でも……」


「ティルス、真剣に戦っているところ悪いんだが私達には笑いたくなる様な光景だよ」


 鳥面男の持つ剣がキドラに見えるのは俺だけだ、卑猥な剣に見えている2人にはおかしな光景に映るだろう。


 3つの短剣の切っ先が迫る、リデルの『カメの円舞曲』を受けているのでそれはじつにゆっくりとしたものだった。右手のヴァジュラで全てはじいてやると最後にキドラらしき剣が突き出されてきた。それもヴァジュラの一閃で防ごうとしたのだが妙に右手が重い……。


 まるでヴァジュラが意思を持ってキドラの様に見える剣との激突を避けている様に思えた。ヴァジュラは鞘へ戻ろうとしている、ここまで強い拒絶を示すのは初めての事だった。


 咄嗟に身を翻して鳥面男の一撃をかわすと後方へ跳び退って右手のヴァジュラを左肩の鞘に収めた。そして、少し離れた地面に突き立っているキドラに目をやる。鳥面男は武器を持たぬ俺の姿を一瞥すると4つの切っ先を向けて迫って来た。


「グガァァァァーー!!」


「剣は鞘から抜くもの。そうとは決まっていないのだ、俺の【心気楼】のキドラは」


 何も持たぬ左手を下から上へ跳ね上げた時、短剣といかがわしい剣を握った4本の腕が地面の上に折り重なっていった。鳥面男の腕の付け根に俺の左手が迫った瞬間、【心気楼】のキドラを現したのだ。


 【心気楼】のキドラに鞘の様に収める物があるとすれば俺の心の中。地面に突き立っていたままのそれを鳥面男と交錯する直前に戻して収め、すぐさま左手の中で再び実体化させたのだ。


「なぜ俺を狙った? キドラを探し求められて何か困る事でもあるのか?」


 全ての手を失いうずくまって悶える鳥面男に双剣を突き付けると身体を大きく震わせ始めた。


「グルルルッ。……、ひっ! 次こそはちゃんとやりますのでお許しをーー! グルルルッ」


 その詫びは俺に向けられているのではなさそうだ。鳥面男の目線は闇の奥の遠くの方へ向けられていた。魔物のうめきかと思えば人の言葉を発するのを交互に繰り返す。もはや俺など眼中にないといった様子だ。


 その時、何か重く大きなものが風を切って迫る音がした。ナリスに目配せをする。俺はリデルを抱え、ナリスはチェロを抱えてその場を飛び退った。


「ガハッ!」


 巨大な斧が持ち主だった者のところへ飛んで戻り、その身体を腰の辺りで両断した。そして、うなる刃はキドラの様に見える剣の鍔元にも当たり完全に打ち砕いていた


「こいつも命じられただけだったか……」


 闇夜の奥へ目を凝らしたものの何者の気配を捉える事は出来なかった。


「言うまでもないけど、なんだか魔族に目を付けられた様だね。ティルスは」


 ナリスは鳥面男の亡骸を調べ何かを掴み上げていた。それは禍々しいほどに赤黒い石だ。


「その石は?」


「ん? これは怪しい剣の鍔元にくっ付いていた物だけど……。ティルス、これがちゃんと見えると言う事はあれは何に見える?」


 ナリスが指さす先にあったのは……、男の身体にしか付いていないそれの様な物だった。少し前まで俺にはキドラに見えていたはずだが、もうその姿に映ってはいない。

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