第3話  剣聖は剣を持たぬ①

 闇夜の魔剣市の会場となった屋敷を後にし、ある程度離れたところで趣味の悪すぎる衣装を脱ぎ捨てた。あまりにも異様な光景を見させられたのと双剣の一振りであるキドラに遭遇した興奮からか、内側は汗でべしょりと濡れていた。


「ティルス。あんた一体どういう趣味してんだい? あれを落札しようなんて随分と頭がイカれてる」


 ナリスの言っている意味が全くわからなかった。助けを求める様にリデルの顔を覗こうとすると、少し赤らんでいたそれにそっぽを向かれてしまった。どうも何か様子がおかしい……。


「あの時、喪った双剣の一振りである『キドラ』が確かに出品されていた。違うのか?」


「そうなのか? おかしいな……。私が見たのは男の股の間にあるアレだよ。刀身の部分がそれになっている剣だ」


 ナリスは印の影響で見た事、思った事をそのままにスパっと言ってしまう。それに反応してリデルも小さく頷いた。


「つまり、俺と2人では見えていたものはまるで違った事になる。どういうわけだ?」


「それを考えてもわかるわけないね。だから、わかるヤツをぶっ倒して吐かせてしまおうか!」


 キドラを目の前にしながら掴み取れなかった事で俺の気は少々乱れていたかもしれない。辺りを囲む気配を捉えるのがナリスより僅かに遅れてしまっていた。


「じゃ、お先っ!」


 両腕を胸の辺りで組んだナリスが無造作に目の前の草むらに飛び込む姿が見えた。そう言えば剣聖とまで呼ばれる剣士とは聞いていたが剣を持っていた様子はなかった。一体そこらに潜む者とどう戦うのだろうか?


「ぐわっ!」


 草むらから1人の男が押し出されてきて目の前に転がった。頭を黒い頭巾で覆い衣服も黒い軽装のものだった。その者が跳ね起きると同時にナリスも姿を現した。


 ナリスは確かに剣を振るっていたが、振るっているのは腕ではなかった。まるで蹴り技を連続で叩き込むかのごとく右脚に装着された刃を巧みに操り、自身の身体を豪快かつ着実に前へ推し進めながら黒頭巾の者を一刀ごとに追い込んでいく。


「久し振りに見たけど、ナリスの斬り込みが以前より鋭くなっている!」


 リデルは自身のチェロを出して魔奏の準備をしながら友人の姿を見つめていた。以前のナリスを知らぬ俺にとってどう鋭くなったのか比較は出来ないが、只ならぬ力量であるのはすぐにわかった。


「なんだろうな? ナリスが斬り込んでいると言うか脚が狙うべき場所に吸い込まれて行っている様にも見えるのだが」


「それが単刀直入の効果がのった時の剣捌きらしいですよ。ナリスは剣が勝手に相手の最も嫌な処へ向かっていくとか言っていました」


「あの先手先手で的確に衝いていく押し込みの強さはそれか。いい腕だ。いや、いい脚か」


 ナリスの剣技と呼べばいいのか脚技と呼べばいいのかわからないものに目を凝らす。右脚に鞘の様なものが括り付けられていて脚の振りに合わせて刃が伸びる仕組みの様だ。


「これで全部!!」


 ナリスは草むらに飛び込む毎に黒装束の者をそこから追い出した。それを繰り返し今では5人を同時に相手取りながら圧倒し続けていた。


 右脚を自在に操って繰り出す剣の技の連続、それはナリスが躍っている様にすら見える。俺も戦いに加わるつもりではいたはずだが、つい剣を抜くのを忘れて見とれてしまうほど美しいものだった。そして同時に恐ろしい棘のある剣の技だった。


「もう、やめだ、やめだ! こいつら弱すぎて面白くない!」


 ナリスは黒装束5人の鳩尾へ続け様に蹴りを見舞うと、その場にうずくまって悶えるその者達を紐で手早く縛り上げていた。暗殺者が現れた時に最も重要なのは誰に頼まれたのか探る事、ナリスもそこいら辺は充分に心得ていると視える。


「なぜ俺達を襲った? 誰に頼まれた?」


「ぐるぅぅぅ〜〜〜〜」


 歯を剥き出し血まなこで獣の様な声を発して威嚇してくる者達を気味悪がってナリスが身を退かせた。その瞬間、闇夜の奥からシュッシュッと鋭く風を切る音がした。それは1つや2つではなかった。


「無数の矢かっ! 2人ともその場を離れろ!」


 風を切る音が重なり過ぎてもはや全てを捉えるのは難しい、剣で叩き落せる限度を越えているのがわかった。


「ぐわっ!」


 黒装束の5人がもんどりうった後に動かなくなる、完全に口を封じられた……。再び矢が飛んでくる音が聞こえる、一体何人の射手が潜んでいるのか?その数は10や20ではない様子だ。


 耳を澄ませて僅かでも探りを入れようとした時の事だった。戦いの場には似つかわしくない何かの楽器が奏でる音が響いた。


「この鬼下手くそな感じは……、リデルの魔奏かいっ!」


「ただの下手くそ程度には上達したつもりだけど? ティルスさん! 矢に『カメの円舞曲ワルツ』を届けたので動きが鈍くなったはずです!」


 そう言われて改めて耳を澄ます。風を切る音がしなくなっていた。


「リデル! ティルスと私は風を切る音で矢の位置を掴んでいたんだけどな~~」


「あっ! ごめんなさい……」


「いや、既に軌道を読んでいるから問題ない。のろまにしてくれたお陰で後は簡単に叩き落せる、ナリスだけで全ていけるはずだな?」


 コクリと頷いただけで暗闇へ踏み込むナリスの姿を右脇に捉えながら俺は駆けていた。矢の幕を迂回して急いで向かう先、狙いは矢を放った集団とそれを命じた者にある。


「ティルス! こいつは矢じゃないよ、鳥の羽根だ」


 右斜め後ろ辺りの暗がりから剣で鏃をはじく様な音に続いてナリスの声が追いかけてくる。その時、前の方からバサリバサリと何かが羽ばたくような音がし猛烈な風圧を感じた。その中に鋭い音が混じっている。矢だと思い込んでしまった羽根が再び束になって向かってくるはずだ。


「ナリス! リデルを頼む。とにかく今いる場所から大きく横に逸れるんだ」


 本来ならば俺の位置を晒す事なく接近したかったところだが仕方がない。風が起きた方向へ一気に跳び込むと右手のヴァジュラで横殴りの一撃を見舞う。すると、そこにいた黒いローブ姿の者がこちらへ向き直りながら何かを跳ね上げた。ヴァジュラは巨大な斧の刃に阻まれた。


 今度は左手に持つ【心気楼】で現したキドラの突きをがら空きの左脇腹に打ち込む。しかし、ローブで覆われた身体の腹の辺りから伸びてきたものに受け止められた。それは短剣を握った腕だった。


 飛び退って黒いローブ姿の者との距離を取った。腕が3本とは限らない、まだ隠し持っているかもしれぬ相手と組み合う様に戦うのは得策ではない。そして俺には見えていた、夜空に浮かぶ月に人の影が重なったのを。


 右脚だけが妙に長く見える影は、黒いローブ姿の者の真上から狩りをする隼の様に鋭く落ちてきた。

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