1章
第1話 追放仲間
俺とリデルは成り行きで一緒に旅をする事になった。大陸の北方にあるカモミ村から王都へと続く街道を南下し、途中で東へ向かう街道へ入った。それから数日が過ぎた頃、大陸東側にあるものとしては比較的大きな町に辿り着いていた。
「久々に来たが、やはりダジリの町は賑やかなものだな」
「ええ。ここならティルスさんが喪った剣について少しは何かわかるかもしれません!」
これといった行く当てもなく目的もない流転の旅の始まり。取り敢えずの目的としてリデルが目を付けたのは、俺の喪われた双剣の一振り『キドラ』だった。不思議な事にどこでどう喪ったのか?その記憶も完全に無くしてしまっていた……。
ただ、確かにそれを持っていた事があるのは間違いない。その証拠に陰刻の印【心気楼】の力で記憶の中の平原に突き立っている『キドラ』を一時的に実体化して抜く事が出来ていたのだ。それをいい事に本物を探そうという気も永らく失せてはいたのだが……。
「確かキドラについて何か知っていそうな者に心当たりがあると言っていたが?」
「ここには仲間がいるんです。『鷲ノ双爪』傭兵団から一緒に追い出されたので、言うなら追放仲間みたいなものですかね」
「ほぅ。それなのにリデルと一緒にカモミ村を目指さなかったのはどうしてだ?」
「ええ、まあ……。きっと田舎じゃ出来ない事があったんじゃないかな〜〜とか」
何か様子のおかしかったリデルだが、それよりも賑やかさに溢れた町の片隅で対照的な雰囲気を醸し出している人達の塊が気になった。
「あの様子だと魔物に集落を襲われて逃げて来たといったところか」
「そうですね……。ダジリに来ればとりあえず食べ物と寝る場所くらいは何とかなるでしょうから」
魔物に襲われて住かを失った人々は旅してまわれば至るところで見かける人々だった。それらの人々は木皿に盛られたスープをすすり手を休める事なくパンを口に運んでいた。よほど腹が空いていたのだろう。1人の子供がむせて咳き込んだ。
「そう慌てなくともパンは逃げていかないから大丈夫ですよ。ゆっくりと味わってお食べなさい」
食べ物を配っていた落ち着きのある男が子供に微笑みかける。その恰好からして教会の神父だろう、手ずからの給仕はしばらく続く事になりそうだ。それほど列に並ぶ者は多かった。
リデルの後をついて行くと繁華街の外れにある酒場の前に辿り着いた。扉に手をかけた様だがすぐに手を離してゆっくりと深く息をつく。それは何かを覚悟する様に見えたのだが、酒場の扉を開けるのに必要な事だろうか?それが少し気にかかった。
「いらっしゃいませ! あれ、もう少し待てば陽が落ちるのにも関わらずそれを待てずに酒を飲み始め様とするろくでもないのが来たと思ったらリデルじゃない」
「やあ、久しぶり。思った事を全部言っちゃう感じ、ナリスは変わらず元気そうね……」
「あれ? 私の眼鏡に幻覚が見える効果なんてなかったはずだわ。だって激安のボロ店から盗んだものなんだから。でも私がリデルなんかに先を越されるなんておかしいわね……」
「久しぶりだからナリスとの会話の仕方を忘れてた。ええと、何を見てそう思っているの?」
「リデルの旦那」
ぶっきらぼう過ぎるほどにそう言い放ったナリスと目が合った。どうやらリデルの旦那とは俺の事らしい。
リデルは友人が勝手に進めた妄想を慌てて打ち消すと、ナリスの独特な物言いについて教えてくれた。何でも彼女は天恵の印【単刀直入】というものを持つらしくそれが喋り方にまで影響を及ぼしているらしい。店に入る前にリデルが深呼吸していた理由はわかった気がした。
「なーーんだ、ただの旅のお仲間だったのね。早く言ってよ!」
「言う前に勝手な想像膨らませちゃったじゃない」
「ごめん、ごめん、だからこうやって昼から酒飲み始めて印を抑えようとしているんじゃないの」
酔うと印の効果が薄れるとは初耳だったが確かに効果はあるらしい。ナリスは酔う毎に普通の物言いに変わりつつある。俺はリデルの耳元に顔を寄せた。
「今更だがこの娘をあてにして大丈夫なのか?」
「ナリスは印の力もあって剣聖と呼ばれるほどの剣士なんです。印の副作用とでも言いますか、話も切り込みが激しくて……。そんな事より、大の剣マニアなのが重要です!」
俺とリデルはカウンター席に腰をかけナリスの知識を頼らせてもらう事にした。
「キドラという名の剣について何か聞いた事はないか?」
「キドラ? うーーん、知らないね。私の頭の中には世界中の鍛冶場で生み出された名刀が全て記憶されている。その中にないって事は……、魔剣の類いかね〜〜」
「魔剣か……。腕の立つ名匠はより良い剣を目指すあまり禁呪に手を出し恐るべき力を秘めた一刀を鍛えてしまう事がある、だったか?」
「大体そんなとこだね。そういった物だから打った者が名乗りを挙げる事がない。強力な力を秘めていようと、私は好きじゃないね。後ろめたい想いをするなら打たなきゃいいのに」
「どうしてだ?」
「強さを求めるあまり禁呪とされる物に手を出してしまった。刀匠の心の弱さが打ち込まれてしまっているじゃないか。そういう剣を持つとこっちも滅入ってしまう。魔剣が呪われていると感じる仕組みはそういったところさ」
ナリスが語る剣というものの捉え方には頷けるものがあったのは確かだ。しかし、暫く腕組みをして考え事をしていたがヒントらしきものには思い至らなかった様子だ。
考えるのを諦めた様子のナリスはグラスの酒を一気にあおると、新たな酒を注ぎながら口を開いた。
「闇夜の魔剣市……。あまりお勧め出来ないけど覗いてみるかい?」
「何だそれは?」
「よっぽどの剣マニアでもない限り耳に届かないだろうね。魔剣を打った鍛冶屋は自身の作だとは名乗りたくないが、どれほど人の心を魅了する物なのかを確かめてみたい。そして、怪し気な力を得てでも剣士として上にいきたい者はそれを手にしたい。イカれた者同士の利害が一致して開かれるオークションさ」
「確かにお勧め出来そうにない集まりだな……」
「出品者が身元を明かさないのは暗黙の了解、盗品を売り捌こうとするやつらにとって都合のいい売り場でもある。そのキドラとやらが闇の市場を延々と巡っている可能性もあるしね」
「なるほど。そういう事ならば行ってみるのも悪くない」
「魅了しちまうほどの魔剣を巡って欲望を吐き出す場所さ。そこでぶっ壊れる友情とやらを目にする事もあれば、帰り道で殺し合って奪う光景を目にする事もある。危なくてかなわないよ、えへへっ!」
ナリスは怪しく笑みを浮かべるとまた酒をあおっていた。
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