第2話 追放者を追いし者

 昨夜はカモミ村を目指して進んだ道をそのまま戻り、河原にテントを張り野営していた。


 目が覚めて顔を洗おうと河辺で腰を下ろした瞬間、拳ほどの大きさの石につまづいて転んでしまった。顔を洗うどころか水浴びになってしまったのは陽刻の印【昼行燈】の効果だろう。


 適当な木の枝に糸を付けて川に垂らしていたのも無駄になりそうだ。大きな水音を起こしてしまったせいでどこかへ散っていく小魚の背びれがいくつか見えた。


 腹の辺りをさすりながらぐるりと周囲を見渡し、得体の知れない野草に目をやった時の事だった。


「あのーーーー! 昨日の方ですよねーーーーーー!?」


 声のする方に向くと遠くから1人の少女が道を駆けてくる姿が見えた。


 少女は俺の側につくなりペタリと座り込んで肩を揺らして息をしている。その顔には確かに見覚えがあった。俺と入れ替わりでカモミ村を出ようとした娘だった。


「はぁ、はぁ……。追いつけてよかった!」


「君はカモミ村の? 追いかけられる様な覚えはないのだが……、村に何か落とし物でもしてしまったかな?」


「あははっ! そうじゃありません。それにもうカモミの村人じゃありませんので」


 少女は立ち上がると畏まった様子で俺の方に向き直った。


「私、リデルと言います!」


 少女は朝一で村を飛び出し旅に出た。村から王都へ続く一本道を通って俺に追いつく為、小さな身体で駆けては休んで駆けては休んでを繰り返してきたのだと言う。


「また、どうして俺なんかを?」


「ずっと旅に出る機会を伺っていたんです。でも、私弱いし……、1人では不安だったので……。こう言っては失礼かもしれませんがご一緒出来そうな人がいるなら丁度いいかな、とか」


 そう言ってペコリと頭を下げた少女、リデルと暫くお互いの素性等について話す事になった。彼女は『鷲ノ双爪』という傭兵団に所属していた魔奏士だったが追放されてカモミ村へ流れ着いたのだという。その団の名は俺も聞いた事があるほど有名なものだった。


「体格に似合わない随分重そうな物を背負っているとは思っていたが魔奏器だったか」


「はい! チェロが入っています。これがないとホントに私は何の役にも立たない存在ですから手放すわけにはいきません」


 魔奏士。それは魔奏器と呼ばれる特別な設えの楽器に自身の魔力を込めながら演奏する事で様々な効果をもたらしてくれる存在だ。


 魔奏士を仲間に持つ事で限界を大きく越えた力を発揮出来る。強者の揃う『鷲ノ双爪』傭兵団であれば喉から手が出るほど欲しい人材だったろう。それがどうして追放の憂き目に遭ったのか尋ねてみた。


「職の選択まではよかったのですが、あそこは天恵の印持ちが必須の入団条件でして……。印が現れるまで補欠団員扱いで待ってもらっていたのですが結局現れず……」


「なるほど、印を持っているかいないかで差別されるか」


「ティルスさんはもちろん印を持っているんですよね? 昨夜の戦いぶりは村の望楼の上から拝見しましたけどとても強かったから!」


 そう言いながらリデルは俺の目を覗き込んできた。天恵の印を持っている者は星型の模様が左右どちらかの瞳に現われる、それを確かめようとしたのだろう。


「あれ? 星が割れてる……。それが両目に? えっ、えっ~~!?」


 普通は1つしか現れない天恵の印が2つ、しかもその模様が欠けた状態で現れた。俺は自身の身に起きた異常事態を印の鑑定士に視てもらったのだがすぐには答えが出なかった。取り敢えず昼に効果を及ぼす方を【陽刻の印】と名付け、夜の方を【陰刻の印】とするに留まった。


 特別なスキルを有する天恵の印がなぜ現れるのか?その原因や意味などを追求する研究者に新たに厄介な研究課題をあたえてしまったのが俺だった。2つの割れた星型について問われる度にやってきた事をリデルにも説明した。


「へぇ~~! 私は1つも現れなかったのに2つなんて羨ましい」


「1つはハズレだぞ?」


「あははっ! ハズレでも持ってさえいれば『鷲ノ双爪』にいられたのかな~~」


 リデルはそう言うと頭上の青く澄み切った空をしばらく眺めていた。


「大所帯のところは入ってからの面倒が絶えないものだぞ」


「ティルスさんは大きな傭兵団に入っていた事があるんですか?」


「色んな所に所属してたよ。という事はそれだけ何回もクビになっているって事だけどね」


「あははっ! 追放慣れしているんですね。私も見習って追放されても折れない心を身に付けます」


「いや、その前に追放されない様な存在になる事を目指した方がいいと思うけどな」


 笑っていたリデルだったがふとうつ向いた様子が見えた。


「私、カモミ村で追放された人達と話しながら笑う事なんてなかった。追放者が訪れ始めた最初の頃は歓迎されたらしいんですよ。村が魔物に襲われても助けてくれるし、いい事づくめで」


「しかし、人が集まりすぎれば色々と問題は出るな。特にこんな田舎の外れの外れみたいな地ではそうなるだろう」


「ええ……」


 まずは食料を巡っていざこざが起きたそうだ。基本的に肉や魚は狩猟で手に入れる事になるのだが、戦いに使える能力を持っている追放者は獲り過ぎた。


 野菜は自生の物を摘むか畑で育てる事になるがこれも限度を越えた。畑で育てるにも土地には限りがある、本人たちが望まなくとも争いの種が植えられていった。元々の村人と追放者との間には次第に溝が生まれたらしい。


「そうか……。結局、人が集まればどこも同じなのだな、だが、よくもそれで叛乱が起きなかったものだ」


「追放者の中には特に戦いの能力に秀でた3人がいました。彼らには一際大きな屋敷と土地があたえられて村長の番犬の様な存在になっていたんです。他の人達が束になっても敵う様な存在ではありませんでしたから、もう皆が村長の言いなりです……」


「それでは監獄生活と変わりないではないか。いっそ村を出た方がいいのではないか?」


「皆さんカモミ村に流れ着くまでは色々とあったみたいで、帰れる場所はもうないみたいな事をよく言ってました……」


 それ以上はお互いに言葉を失い俺はうなだれたまま足下を見つめるだけだった。そこには大きな虫の死骸に食らいついて引っ張り合う無数の小さな虫の姿があった。

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