スキル【心気楼】を持つ一刀の双剣士は喪われた刃を求めて斬り進む!その時、喪われた幸福をも掴むのをまだ知らない
カズサノスケ
序章
第1話 追放の果ての追放
「ここが追放者の楽園か」
カモミ村、それはいつの頃からか追放者が集い始め幸せな人生をやり直しているとの噂を耳にする地だった。俺の様に冒険者パーティを追放された者にとってそれは最後の希望。
「えっ!? 帰ってくれだって?」
「ああ、そうだ。その身なりを見るにあんたも追放された冒険者なのだろう? 誰が広め始めた噂か知らないが次から次へと流れ着いて来られていい迷惑なんだよ」
「迷惑……?」
「随分と効き目のいい薬を調合する者が来たお陰で老舗の薬屋は潰れてしまった。弓の腕前に自身のあるやつのお陰で他の猟師は商売あがったりだ。最初は可哀想なやつらだと思って受け容れたが追放者のお陰で村の日常は滅茶苦茶になってしまったんだよ!」
「誰にも迷惑をかけるつもりがない! ただ、村の端っこで静かに暮らす事さえ出来ればいいんだ。村長さん、お願いだ!」
「端っこでいい? 村の有様くらいちゃんと見てからものを言うんだな」
村長に促がされるまま門の内に入ると隣り合う家屋と家屋がひしめき合う様に立ち並ぶ様子が見えた。奥の方にある古びた家々と比べるとそれらは新しい、この村は追放者であふれ空いている土地がもうないのだ……。
カモミ村を後にしとぼとぼと歩いていた。これも陽刻の印【昼行燈】のせいなのだろうか……。
特別なスキルをもたらす印だが俺は当たりと同時にハズレの印も持ってしまっていた。絶妙に運と間が悪くなり本来の自分の力を発揮出来なくなる、それが【昼行燈】のもたらす効果だ。
ふと、その様に考えた時の事だった。ギギギギギッ!と低く籠った音が耳に飛び込んできた。それを発している物の姿はまだ見えないが確かに聞き覚えがある。
向かって左側にある森から現れたのはゴブリンだ。棍棒を振りかざした先頭の1匹は目と鼻の先に迫っていた。その後ろには錆び付いた短剣を持つものやら錆びた槍をしごくものが続く。
棍棒の一撃をかわす事が出来ず右脚をすくわれてしまった。だが、姿勢を大きく崩してよろめいたお陰で続く刺突は空振りとなった。俺は大地をゴロゴロと転がりながらこの場を逃れる方法を考えていた。
何体現れたかわからないほどのゴブリンの大群だった。しかし、俺に向かってきたのはその内の3体のみで後は北の方角に進んでいく。その先にあるのはカモミ村だ。
着く頃には真夜中になっているだろう、いくら追放された冒険者であふれているとは言え寝込みを襲われては対応が遅れてしまう。その時、頭の中に自然と真夜中という言葉が浮かんだ事に気付いて太陽の位置を確かめた。
陽光が見えなくなった瞬間、俺の体内から何かが抜けていく様な感覚がする。しかし、そのすぐ後には暗がりから何かが体内に入って来るのを感じ取る事が出来る。それは陽刻の印から陰刻の印に切り替わったのを意味する。
右手を左肩の辺り、左手を腰の右側に伸ばして鞘に収められている剣をそれぞれに抜いた。正面に向けた2つの切っ先を見据えると大地を蹴って3匹のゴブリンへと駆ける。
右手の剣でまずは先頭にいたものの胴を薙ぎ払い、その後ろで剣を振り下ろそうとしていた1体の腕を左手の剣で切り落とす。そして、2本の剣を交錯させる軌道を描いてそれを胴から切り離した。
「ギギギっ!?」
それまで、まるで弱々しい兎でも追い回す様に狩りを楽しんでいたゴブリンの様子が変わった。双剣に月明りが当たって煌めいた瞬間、追う者と追われる者の立場が完全に入れ替わっていた。
3体全てを片付けたところで双剣を鞘に収めた。正確には右手に持った『ヴァジュラ』だけを収め左手の『キドラ』は収める動作を取っただけだ。それは鞘に収まる直前で姿を消した。
俺が『昼行燈』と共に持つもう1つの印、陰刻の印【
全力で駆けてカモミ村の方へ引き返し、ゴブリンの群れに追いすがっては双剣を振るい続けた。村の門に殺到していた塊の中に飛び込み、右へ左へと双剣を流してはゴブリンの身体をいくつかの肉片へと変えた。
最後の1匹を仕留めた時に門が開かれた。出て来たのは巨大な戦斧を担いだ男に魔導師の杖を握った女、いかにも冒険者という姿見の者達だ。
「あっ、あんた。なんて事をしてくれたんだ!?」
「見ての通り村を襲おうとしていた魔物を片付けただけだが」
「それがこの村で肩身の狭い想いをしながら暮らす新参の追放者の唯一の見せ場だったんだよ! それを出しゃばって横取りされたら俺達の立場がないだろ!?」
「村に迫った危険を取り除くのに横取りもなにもないだろ?」
「あっ……。こいつ、昼に訪ねて来て追い返された奴じゃないか! なるほど、わざとゴブリンを招き込んで村を救ったから住ませてくれという算段か。酷い野郎だねぇ」
少々胸の奥を撫でられた思いがした。わざと起こした事ではないが、ほんの少しだけだが淡い期待を抱いていた展開だったのは間違いない。
「あんた……。迷惑はかけないとか言っておったが、やっぱり迷惑をかけたじゃないか。改めて言うがもうこの村には近づかないでくれ!!」
門の奥から新たに歩み出てきたのは村長だった。手に持つ松明の灯りが顔色に赤みを増させ怒りが爆発寸前といった形相に見えた。
再びカモミ村に背を向けて踏み出した時、女の声が聞こえた。何やら村長と話し始めた様だ。
「私が出て行きます。だから、代わりにあの人を迎え入れてはくれませんか?」
「リデルちゃんだったかな? 残り1名のところを抽選で当たって入村出来たはずなのに、またどうして?」
「私には戦えるだけの力がありません。今回はゴブリンでしたが、今後もっと強い魔物に襲われる事だってあるかもしれません。だから、私なんかよりあの人の方が」
「いや……。村へ入ってもいないのに他の追放者との間に溝をこさえてしまった男だ。争いの種を招き入れるわけにはいかない」
「でも……」
「リデルちゃん。それとも、折角入れてやったこの村に不満でもあるのかね? それなら出て行ってもらうのは一向に構わないからね。他の追放者どもも同じだよ、嫌ならすぐにでも出て行ってくれた方がこっちは助かるんだから」
「リデルっ! とにかく頭を冷やして」
俺と入れ替わりなろうとした少女の手を引くもう1人の少女がいた。ぺこりぺこりとせわしなく頭を下げるその娘の仕草に村長の沸騰し始めていた怒りも鎮まった様子だ。
カモミ村を離れてしばらくして振り返ると村の明かりが微かに見えた。追放者の楽園、誰が言い始めたのだろう……。迷惑そうにしていた村長の顔が過った。
実際にはなくとも、ある事にしておけば追放を宣告された者は一縷の望みを抱いて出て行ってくれる。追放する側の者達にとって実に都合のいい存在が楽園という蜃気楼だったのではないか?
取り敢えず確実に言える事がある。俺は、追放の果てに追放された。
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