EP.2


--

 ……ふぅ……。


「さて……と」


 四肢良好、体調良好、視覚良好、聴覚良好……。


 新たな身体になった事による不便は一見無さそうだ…が……


「……果たして…歩けるのか…?」


 この世界のステータスのひとつに『速さ』がある。

 成人男性の平均的な速さのランクは大体D~E程度、地球人の平均はどうやらC+とD-の狭間くらいだったらしい。


 しかし、今の私はサラマンダーもビックリなSSS。

 最高値なのだ。


 そしてもう1つ懸念している部分がある。


「…僕の防御力って…C+…だよね…」


 もしSSSの速度で吹っ飛んだ場合、かなりのダメージを負うことになるだろう。

 それは避けたい。というか避けねばならない。


 今私の足元は草花が生い茂り、周囲を見渡すと木に岩の群れが見える。

 つまり、森だ。


 少し開けた場所に出たとはいえ…


 森だ。


「どうしたもんかなぁ」


 そりゃあゆっくりと歩けば時期になれるだろうが、私は食べることが大好きなのだ。


「つまり、1日3食は必要不可欠」


 その為には早急に慣れるしか道はない。



「よし……」


 小さな1歩を踏み出した。されどその経験値は大きい。


「わかる…わかるぞ…ッ!」


 力の入れ方が分かってきた。

 そのまま2歩目……


「…よしっ…いけ…いける…っ!いけるぞっっ!!!」


 少しだけ、ほんの雀の涙ほどではあるが歩幅と勢いが増した。


「このまま行けばぁ…ッ!」


 途端、足元に違和感。


「ふぇ……?」


 シュルシュルと言う擬音が1番似合うだろうか。


「ひゃ…う……?」


 舌がチロチロとしているその紫色の細長い生物は。


「…ッ!?」


 私の足を、今にも噛もうとしていた。


「ッひゃああああああっっっっっっガガガガガガガガッッッボフッ!!!」


 私は勢いよく飛び出した。

 あとは想像通りだろう。

 思い切り転び、転がり、木にぶつかった。




───────────────────────



「…酷い目にあった……」


 生を貪り尽くし、骨の髄…いや、魂の髄まで楽しみ尽くす。それまでは絶対に死なないと決めている私にとっては予測可能回避不可能な攻撃──自分が勝手にビビって走っただけ──だった。


「とにかく、今ので完璧に勝手は分かった!よぅし!練習するぞーっ!!おー!!!!」




〜12時間後〜




「どうして……」


 …忘れていた。忘れていたのだ。


 私がスポーツ系の物分りが物凄く苦手な事を忘れていたのだ。

 そして現代、デスクワークの普及により、もはや外を歩くことはなくなった。外へ出歩くのはせいぜい食料調達程度だ。


 ならば!動物を真似ればいいのだ!!!


 ふふーふ、この発想、まるで天才だ。いや、実際に天才だ。

 この頭があればぁ!天下統一も夢ではなぁいのだぁ!!ふーはははははぁ!!!(腰に手を当て仰け反るポーズをしながら)





「とにかく、1連の動作だな。」


 では動物や昆虫の界隈で初速が速い生き物とは何か…。

 視界端に写ったらふと見てしまうカリスマ性を持つ昆虫…そう!みんな大好きゴキブリちゃんです!

 滅んで欲しい。


 まあそれは置いといて、なぜゴキブリがあんなに速く走れるのか…!

 それはもちろん中身が筋肉ではなく液体…ではなく、安定感です。常に3本の足が地面についているため、安定感が凄まじいらしいです。

 まあ他にも反応速度が化け物だとかもありますが…。


 これは個人的に、かなり走りの練習に使えると思う。

 というのも、さっきの転倒で分かったのだが地面を蹴った時の初速に慣れていないのだ。

 極端な話、ゆったりと歩いていた亀が唐突に新幹線の最高速度を出したみたいな驚きがあるのだ。

 そんなのどれだけ見たって驚くだろう、それこそ10年くらい見続けないと実感がわかないと思う。カオスだし。怖いわ。


 話がちょっとズレた。

 とにかくあれです、脳が足の力について行けてない。


 とにかく慣らさないとダメなので、安定感を目指すのがいい。

 しかし、人間は足が2本しかない。それに、人間は二足歩行で縦に長い生き物。抜群の安定感など作れないのだ。


 ではどうするか…。


「垂直跳びかな」


 人間の中で1番安定感のある足の運動は垂直跳びだと私は思う。多分そんなことは無いから異論は受け付けないよ。


「ということで、考えながら頭上が開けている場所まで来ました」


 あとはこのまま垂直跳びをすればいいんだけども。


「周りに人がいた時が怖いよね。仮にもファンタジー世界なんだし、ドラゴンの一匹や二匹居そうだからちゃんと空も警戒してそうなんだよね〜……」


 う〜む……まあ考えても仕方ないかぁ。


「それじゃああの有名な言葉を……言葉を……名前……」


 ……名前!!!


 名前決めてねーわ!!!


 だってファンタジー世界だぜ。

ヒョウ』って名前は絶対浮くわ……。


 ならどうする!どうするよ〜!

 うーん……うーーーん……。



 うーーーーーーーん……!!


「よし!きめた!『アヴァルティル』だ!」


 いや〜いいなまえだ。

 わたしは強欲なのでね。ちょっと文字ってアヴァルティルよ。いいでしょ!


「よぅし!改めて!」


「アヴァルティル!いっきまーす!!!」



 そう私は宣言し、地面から飛び立った。



「ひょわーっ!たかいー!たかいよー!ボフッ!アババババババ!!!」


 いたい!なにこれ!いたい!!!

 え!雹!?雹じゃん!!いや違う霰か!!!視界も悪い!!!!もしかして雲!?雲に突入ばばばばばばばっ!!!


 かみなりいい!!いたい!いたいよ!!びりびりしゅりゅううう!!!びりびりしゅりゅのおおおおおおおあああああああああああああああああ




 ……

 

「酷い目にあった」


 そこには、降っていないはずの雨で身体が濡れ、BBQバーベキューもしていないのに少し焦げた匂いを発し、襲われたわけでも無いのに既にボロボロになった衣服を纏っている……そんななんとも言えない姿のアヴァルティルが立ち尽くしていた。

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