第6話

バーニング・ゴッド・デビル・女神ちゃんが大宇宙を愛で満たしているというのに記号意思が宇宙に跋扈しているのは何ゆえか。砂を考えてみればよい。砂漠に降った雨は浸潤することなく怒濤となってドッとウッと全てを流してしまう上を天啓によって製図された方舟から見下ろせば雨止んだ後に砂漠の形は変わっているが固より砂粒の集合体でしかない砂漠に定まった形がなくて依然としてあり続ける記号意思の姿に似ているのは誰か特定の人物と結びつくことがないから接続の形態が変化しても構わないのだろう。「田中くん、久しぶりだね。その人はお姉さん? すごい恰好」さあれば記号意思の語る言葉とはそのまま騙りであり、記号意思の構造主義を破砕するには記号意思一粒ずつの宇宙意思への転向を促さねばならない程に奴らは真に獣であり獣であるからには人の理屈が通用しないがためにバーニング・ゴッド・デビル・女神ちゃんはダーク・デビル・アーク・イビル・聖杖を振るい光村はダーク剣・サンダー・エクスプロージョンを握らねばならなかったのに「ねえ、覚えてないの? ほら、佐藤だよ」記号意思に耳を貸す必要はなく耳を貸せば記号意思は記号的定義を光村に向かって行い記号意思の集積所である11135Aでは世界内定義とは名ばかりの11135A式の構造体としての再定義がなされるばかりであるために卒業と入学による構造瓦解と再構築が記号意思の定義を無為に帰してしまうからなんとしてもドロップアウトしてはならないのにバックパッカーなどという夢を見たりすれば記号意思は自らの定義のために差異を集めただけの相関的亡者となり果ててオクシモロン法での記号意思への回帰を果たす。


  亮くん、この子って亮くんのお友だちかな~(^^)/

  お姉ちゃんに紹介して欲しいな~(*^_^*)


我々が獣の少女を無視していたのは彼女が記号意思であり融和に失敗したことで排他した筈の光村を再定義しようと目論むものであると算段したのだがバーニング・ゴッド・デビル・女神ちゃんが光村を介して佐藤なるこの少女を宇宙意思によって定義しようとするのであり獣の顔をした佐藤の顔貌の濃い毛並みが後退してショートカットの頂点より左右に四センチずつ傾いたところに獣の耳を残して人間の姿を取ったからようやく田中・光村・去年同じクラスだった・亮は佐藤が一年の時から同じクラスだったことを思い出したが佐藤がどうして自分に話しかけるのか光村には分からずうろたえていたので佐藤の言葉にも罪深くもバーニング・ゴッド・デビル・女神ちゃんの言葉にも答えずにいたからバーニング・ゴッド・デビル・女神ちゃんは神聖なる乳房もてハレルヤの極上的善によって現存在としての再定義を促したのであるが光村は頑として悪徳として乳房を撥ね除け佐藤に向き合った。

「違うんだ佐藤さん。この人のことは僕もよく分からないんだけれど、さっき早川くんたちが狼になってしまったり、校舎が巨大なイソギンチャクになったりしてしまって困惑しているように、このバーニング・ゴッド・デビル・女神ちゃんにも困惑しているけれど、悪い人じゃないんだ」

「何を言っているの? 狼だイソギンチャクだなんて、普通じゃないよ。それに、その外国の人? その人の恰好だっておかしいじゃない。狼になるのが普通じゃないんだからそんなに透け透けの服を着て歩いている人だってちっとも普通じゃない。いったいその人は誰なの?」

なんと冒涜的。なんと病的。なんと背徳的。この女を殺せ! この女は記号意思の最も奥深いところからやって来た爛れた皮膚持つ亡者だ! あぁ、なんたること! バーニング・ゴッド・デビル・女神ちゃんが普通ではない? 当然なほど当然ではないか! バーニング・ゴッド・デビル・女神ちゃんに及ぶ者など誰一人として有り得ないというのに、佐藤はバーニング・ゴッド・デビル・女神ちゃんを普通じゃないと汚い口で罵った佐藤こそ普通じゃないのは普通という観念が記号意思によって既に汚染されているために他ならないくせに佐藤は聖乳房も持たざる身のくせに偉そうに服を着て人間の姿を取っている佐藤は当然ハイパー因子を含有する貯蔵庫もなくて頭脳には記号のみが含まれる自己定義の不能者である。


  あ、お姉ちゃん、お邪魔だったかな~(>_<)

  亮くんが学校で頑張れるようにお姉ちゃんが応援しようと思っていたんだけど~ダメかな~(T_T)


「ダメに決まっているでしょ! 田中くん、行こう!」


 と、佐藤美穂は光村の手を取って二年二組の教室へと急ぐ。ともかく一秒たりともあの場にいてはならないと急いでいたから、光村は上履きに履き替えることができず左足は靴下だったが佐藤は振り返ることもせずに階段を駆け登った。


 来週までずっと雨だと天気予報では言っていたが、昨日の午後に不意に晴れ間が覗いたかと思えば、灰色の雲の頂点が白く眩しい夏の空模様だ。

 開いた窓から湿り気のある微風が入り込む廊下には、三々五々に固まってじゃれる生徒たちで賑々しくて、光村には少しく気後れする光景だった。


「髪、長いよね」

 そう言った佐藤は、眉の高さに手で庇をつくって笑った。

 光村は胸の高鳴るのを感じながら慌てて前髪を抑えた。


「田中くんって二年生になってすぐに学校来なくなっちゃったからどうしたんだろうなって思ってたんだよ。クラスでも時々話しすることもあったんだよ」


 嘘だ、と光村は思った。結局、佐藤も他の生徒と同じなのだ、少しも共感できない集合体である彼らと……。


「ねっ、後ろ向いて」


 そう思いながらも、佐藤の涼しげな瞳に見つめられると、光村は考えるよりも早く体が従ってしまい、振り返れば、窓の外に向かいの校舎が見える。

 あちらの校舎には実技科目の特別教室が並んでいて、朝練をするブラスバンド部の生徒の姿が見えた。県大会かなにかに向けて日々努力する姿は、学校から逃げ出した光村には眩しく見える。

 いいや、彼女たちの姿をあり得たかもしれない自分の姿として見ることが間違っていることは光村とてよく分かっている。そうとも、光村には光村のやるべきことがある。そうだ、ずっと拒んできた学校に二か月ぶりに来られたのだから自分としてはよくやった方だ。後は誰の目にも留まらぬようにジッと放課後がくるのを待っているのが今日の努力目標だ。


「痛っ!」

 不意に後ろ髪が引かれて光村が苦痛を訴えた。


「あっ、ごめんね……でももう終わり」

 パチンと音がしたかと思うと、うなじが涼しく、後頭部に手を当てると髪がない。切られた! と思ったがそれは違った。光村の長髪がヘアゴムで結ばれていた。

 久しぶりに髪の下から現れた耳に当たる風の感触に、どうしても側頭部を手で覆ってしまうが、佐藤が「そっちの方がかっこいいよ」と笑いかける。


「僕なんてちっともかっこよくないよ」

「君ってどうしてそんなに卑屈なのかなぁ……そうだ、席わかる? 四月から二回も席替えしたもんね」


 そう言いながら佐藤は教室に入っていく。そんなに何でもかんでも面倒を見てくれなくても自分で自分の席を探すくらいできるのに、と教室の敷居を跨いだ左足は上履きを履いていない靴下の足だった。


「みんなー、田中くんが久しぶりに来たよー!」


 佐藤の声に顔を上げると、教室中の生徒たちの目が、無遠慮に、冷徹に、そして品定めするように光村を見ていた。


「田中って誰だっけ?」

「出席簿に名前は書いてあるけど顔は分かんないし、ねえ、あんたって田中?」

「なによー、田中くんは田中くんだって私が言っているのよー」


 瞬間、光村は自分の場違いを悟った。

 教室は既に記号意思の構造体として完成していた。

まるで早鐘のように動悸がして顔面から熱が引いていき体の節々が冷たく硬直していく原因が光村には考えずとも分かるのはそれが記号意思による定義づけを拒んだ時に発生したいつもの症状と同じだったから回復する方法も知っていて教室から逃げ出せば済むのだが光村の背後には荒々しく熱い息とともに大量の唾液を流して牙を剥く狼がいた。

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