第20話 そうか、そこが弱点か

「いただきまーす!」

「そんなに腹減ってたのかお前は……」


 迷わずフードコートに着いた俺たちは、一番端っこの4人掛けの席を確保してからすぐ何かを注文してやっと全員分の食べ物がテーブルに並んでいるが、奈々子は腹減ってるからか大盛りのカツカレーを注文してしまった。ちなみに俺と正面にいる相羽先生は同じオムライスで、沙奈さんはかなり大きいサイズのパフェを注文した。沙奈さん、昼食はそれでいいんですか?


「あはは……すごい量だね」

「食べきれなかったら兄ちゃんが手伝ってくれるし、だいじょーぶ」

「残さずに全部食べろこら」


 奈々子にそうツッコんだら、相羽先生がふふっと小さく笑った。対してこの4人の中で一番コミュ力が高そうな人物である沙奈さんが一言も言わずにパクパクとパフェを 食べ進んでる。この人、パフェを食いながら喋ると何かの呪いにかかったのか?


「ん?何?パフェはあげないよ?」


 ただのパフェマニアックだった。


「いや、美味そうだなぁと」

「もっちーうまいよ!でもあげないからな?」

「いや欲しいなんてひとことも言ってねーよ」

「んっ……しょうか」

「取らないからゆっくり食っていいぞ!」


 見た目はあれだけど、ちゃんと普通の女子だなと沙奈さんがもぐもぐしてるところを見ながらそう思った。おっと、俺もそろそろ食べないと。


「でもここで会うなんて本当に奇遇だね。春川くんは妹さん、えっと…奈々子さんだったね?とここに何かご予定が?」


 一口のオムライスを食ってから、相羽先生が突然そう尋ねた。


「まぁ、俺たちはただこっちをぶらぶらしてるだけで特に何かの予定があるわけじゃないが、先生たちこれから何の映画を観るんですか?」

「そうなんだ。私たちは今凄く流行ってる恋愛映画を観る予定だよ。知ってる?」

「すみません、どっちの映画かは知らないです」


 今流行ってる恋愛映画なんていくらでもあるから、タイトルを教えてもらうまで当然知らねーわ。


「『Warmness of Your Heart』だよ。知ってる?名作だからもちろん知ってるわよね?」

「お、おう……タイトルだけは知ってますけど、どいう内容かは知らないです」


 びっくりした。相羽先生が突然身を乗り出してグイグイ聞いてきたとか全然思ってもみなかった。てか相羽先生が俺のほうに近づく時のいい香りが……素晴らしい。


「ははは、びっくりしたっしょ?この子映画のこと話したらすぐこうだよねー。あ、ゲームの話も好きそうだから注意してね」

「ちょっと、私の生徒の前で何言ってるの!?」

「や、今更教師ヅラか。つかウチが言わなくてもあいつきっともう知ってたっしょ」

「うっ……ご、ごめんね春川くん……さっきのことは忘れてくれると嬉しいけど……」

「いや、それは無理だよ先生。自分の好きなことを話してるだけなのに、そこまで興奮するとは思わなかった」

「うぅっ……沙奈のバカ……」

「なんでウチ!?」


 相羽先生の拗ねる顔を真正面から見てたら、俺は「かわいい」と反射的に声に出した。


「え?」

「アンタ本当素直でおもろいね。気に入ったよ」

「すまん、ギャルは間に合ってます」

「そいうことじゃないつーの。でもシズっちめっちゃカワイイっしょ?」

「あぁ、もちろん。でも普段学校では可愛いより綺麗の方が先生の印象にピッタリだと思う」

「もう……先生をからかっちゃダメって前言ってたのに……」

「え、前って?」


 驚いた顔でそう尋ねた沙奈さんが気になりすぎて、「教えて教えて」と急にウザかったから、俺は高2になってから初日の出来事を話すことにした。よく考えると俺は本当なんで自分の担任教師を口説いたんだろ。しかも一学期初日早々口説くとか、あたまおかしいすぎんだろあの時の俺。


「あはははっ!春川本当恐ろしいな。初日からすぐ自分の担任を口説くとか最高すぎー……で、やっぱそん時のシズっちの顔は今より赤かった?」

「あ、赤くなんてないわよ!」

「いや、赤いよ先生。てか今の顔あの時より赤かったと思う」

「マジウケるっ!……シズっちってこんなチョロかったっけ?大学頃よく告られたけど、全部断ったアンタが実はこんなチョロかったとは知らんかったわ……もしかして春川に惚れてる?」

「ち、違うの!ただ、その……」

「その?」

「えっと…………真正面からその……真っすぐな目で不意打ちは……」

「あー、そうなんだー。そっちがシズっちの弱点かー。よく見つけてくれたな。でかしたぞ春川!」

「どうも」

「もうっ!」


 そいうつもりなかったけど、なんか急に感謝されてる。でもそうか、相羽先生は不意打ちに弱いんだ。なんか意外。そいや大学の頃よく告られたってことはやっぱモテたな相羽先生は。まぁ、今でも学校でめっちゃモテるけど。


 それから俺たちは色んなことを話しながら食事を進んで、数分後奈々子が「ごちそうさまでしたー」と大盛りのカツカレー完食した。それに続いて、俺と含めて残り3名も食事を終わらせた。


「よく食い尽くしたなお前」

「えへへ、自分もビックリっす。美味すぎたからかな」

「通りでさっきからお前は会話に交じってなかった」

「で、なんだたっけ……あっ、そう、相羽先生はゲームも好きって聞いてましたけど、どんなゲームがお好きですか?」

「え、えっと……MMORPGとかFPSとかかな?でもゲーム好きは大学卒業までだし、教師を始める前からはほとんどやってないよ?まぁ、最近ちょこっとログインしてたけど」

「へー、MMORPGも好きなんだ……毎日じゃないけど実はあたしと兄ちゃんもよくそいうの一緒にやってますよ」

「へ~、春川くんもやってるんだ……あれ、兄妹のプレイヤーってなんかどこかで……そいえば声もなんか聞き覚えが……」

「あっ……」


 先生の呟きで、俺はなんとなくあることに気づいた。相羽先生は俺と奈々子が思ってた以上に付き合いが長かった人物だ。そう、俺たちがよくやってたゲームで、シズというプレイヤー名が存在する。その正体は実は相羽先生、という可能性がある。


 教師を始める前からほとんどやってない。そして最近はまたログインしてる。それより、プレイヤー名がシズ、相羽先生の下の名前、しずくのしずでつけたんだろ。


 正直直接に聞きたいが、どう聞けばいいか急に分からなくなった。


「あれ?……先生ってもしかして「シズ」ですか?」

「っ!……」


 相羽先生に聞くか聞かないかについて悩まされている間、奈々子が突然爆弾を落とした。いいぞ妹!お前の鋭さから見たらやっぱ俺の妹だ!


 さて、今奈々子の質問に目を見開いた相羽先生はどう答えるかな……


「嘘……もしかして私たち本当にゲームでとっくに知り合った?」

「そうなんですよ!ほらさっき先生が呟いてたんじゃないですか。兄妹のプレイヤーって」

「えっ、じゃ、お二人はハルマサとハルナナ?あっ、プレイヤー名を見れば分かりやすい……」

「うん、そうだよシズ!わー、まさかこんな形で出会ったなんて。本当に偶然がすぎるよ!」

「はは、自分もビックリっす」


 信じられなさ過ぎて、俺は苦笑しかできなかった。仲の良いゲーマーが実は自分の担任とか想像もしなかった。でもそうか、長い間ログインしてない理由は相羽先生が教師を始める準備などにいろいろ忙しくて、ゲームする暇もなかったか。ちゃんと真面目にやってたな。いや、授業で彼女の教え方も上手いし、ちゃんと真面目だなんて失礼だろう。まぁ、時々初々しく見えるギャップもまた恐るべし、のだが……


「でも本当にすごい偶然だね!ていうかあたしシズのことてっきり同い年だと思ってたよ。まさかもっと年上のお姉さん、しかも通ってる学校の先生だなんて!」

「世の中に何起がこるか、どんな出会いに出くわすか、本当に分からないものだねー」

「俺は『シズ』の中身を勝手に中年おじさんだと思ってしまってすみませんでした」

「兄ちゃん……」

「ふふ、そういう人も本当にいそうだから大丈夫だよ」


 それから俺たち3人は無計画なパーティオフ会、じゃなくて、ゲームについていろいろ話している。もちろんほかのゲームも話題になった。話を聞く限り、どうやら相葉先生は相当なゲーマーだったんだ。


「ねぇ、さっきからゲームの話ばっかしてるけどさぁ。さっぱりだから、ウチが分かりそうなことの話をしようよー」

「無茶言うな。沙奈さんが好きそうな話題なんて分かるかよ」

「えっと……恋バナとか?」

「俺恋愛経験ないから、何話したほうがいいか分かんね」

「あたしも全然」

「私も」


 モテる割に恋愛経験ゼロか。信じがたいけど、相羽先生の初々しさを見たらどうしても納得してしまった。そいや恋愛経験ないのに、恋愛に興味が結構あるよな相羽先生は。恋愛映画めっちゃ好きだし。


「みんなつまんねなー。それはそうと、春川は嘘つかなくてもいいぞ?りかりんの彼氏だからねキミは」

「え、なんで知って…いや、てか梨花さんはもう説明したはずだけど、俺は彼女の彼氏じゃねぇんだぞ」

「りかりん?……あぁ、前学校で結構春川くんと話題になったんだね。正直誰だか知らないけど」

「シズっちインスタやってるのに知らないとは。まぁ、国民的人気ってわけじゃないから別にいいけど……あ、ウチちょっとトイレに行ってくるね」

「あたしも!」

「おー、一緒にトイレで楽しんでいこう、ナナっち!」

「おー!」

「お前らいつの間に……って楽しんでいこうって何をだよ!?」


 「まぁまぁ」と沙奈さんに返事され、二人は自分たちの席から立ち上がって、仲良さそうにトイレに向かった……


「ふふ、二人はなんとなく性格が似てるから、打ち解けやすいかもしれないね。あんっ…」


 そう言って、相羽先生がもぐもぐとパフェを口に運んだ。待って、この人いつからパフェを注文したんだ?さっきまでなかったのに……


「まぁ、確かに性格似てるけど、もし奈々子がこの先あんな恰好をしたらと思うと少し心配になるわ」

「ふふ、確かにね。でも春川くんがいるから、妹さんはきっとあんなにはならないと思うよ」

「お友達を庇う気ゼロだね。てか先生はなんで沙奈さんと、あっ、すみません先生、ちょっと失礼」


 相羽先生の口の周りにパフェのクリームがついてるから、俺はテーブルの上に用意されていたティッシュを取って、ついてるパフェのクリームを拭いた。


「!…………」


 そうした直後、相羽先生が肩を震わせて、顔を赤らめている。あ、やっちまったと俺はその瞬間気づいた。


「す、すみません先生!許可なしで顔を触れてしまって……」

「う、ううん、だ、大丈夫だよ春川くん。私気にしないから……」

「いや……うん」


 でも先生の顔が真っ赤だよ?と聞きたかったけど、悪化しそうだからやめとく。本当ダメだなこれ。普段奈々子にしてきたことを軽々しくほかの女性にしてるとか、どう考えてもダメだろな。


 そのせいで今気まずい空気になって沈黙が流れ始める。一度相羽先生の顔を見たら、やっぱ照れてる彼女が本当に可愛く見えた。普段学校でしっかりとした真面目で綺麗な大人の女性の姿と比べて、本当にギャップがありすぎる。抱きしめたいぐらい愛しく思えた。


「たっだいまー!」

「「っ!」」


 突然奈々子の声が聞こえて、俺と相羽先生は肩を震わせて少し慌ててる。その隣にいる沙奈さんが「ん?」と俺たちの様子を窺った。でもただ数秒で彼女がにひひっとにやけてる。


「おや二人共。ウチらが目を離す隙に何してたの~」

「なんでもないわよ」

「ふ~ん。それじゃ話したまえ、春川!」

「はっ!相羽先生の口の周りについてたクリームを拭いたら、先生の顔が真っ赤になって可愛かった!」

「もーう、なんで教えたのよ!?そもそも真っ赤になってないからね?」

「ははははっ!こいつ本当正直すぎ!」

「兄ちゃんが楽しそうで何より」

「もーう!」


 頬を膨らませプイっと顔をそらした先生が拗ねてる。拗ねてる顔もまた可愛い。あの膨らんでる頬を自分の指で突きたかったけど、これ以上からかったら本当に拗ねちゃうんでやめることにした。


「あ、そいや二人は映画の時間大丈夫っすか?食事してから結構経つけど……」

「えっと今は……ヤバっ。後10分で始まっちゃう!急ごうシズっち!」

「え、もうそんな時間?あ、でもパフェがまだ残ってる……そうだ。奈々子さん、私のパフェ食べてくれる?この量は残すと勿体ないから」

「うっ、ごめんなさい先生。さっき食べすぎて、別腹の容量がもうないんですよ。しゅぅん……」

「あ、そうだったのね。ごめんなさい。それじゃ、春川くん食べてくれる?」

「えっ?……いいっすか?」

「ん?私が頼んでるから、もちろんいいよ?」

「いや、間接キスになっちゃうけどいいっすかって聞いてるよ」

「もー!だからそういうのやめてっていってるのに。本気で怒りますよ?」

「おほ、これは失礼しました。英語の成績が大変なことになってしまうので、許してください。反省してます」


 相羽先生が本気で怒る、か。授業で怒ったことない彼女が本気で怒る姿……正直見てみたい。いや、ドMとかじゃないからな。


「もーう、全く反省してないのね」

「イチャイチャはいいから、そろそろ行こうシズっち!」

「してないよ!?……それじゃ二人共、私たちは先に席を外すね。また明日」

「うん、また明日」

「はーい!またー」

「じゃあね、春川、ナナっち!」

「おう」

「うん、またねさなっち!」

「おう!」

「…………」


 お前らもうあだ名呼び合いかよ。早えなぁおい。てかきっと連絡先交換済みだろうこの二人。まぁ、今から奈々子が沙奈さんみたいにならないようにと祈ろう。


 それから相羽先生と沙奈さんが肩を並べてフードコートから消え、映画館のほうに向かった。残された俺と奈々子は、まぁ、俺は美味しく相羽先生のパフェを味わってるけど、奈々子はお腹いっぱいで俺が食べ終わった時まで待ってるしかない。


 でもいい昼食を過ごしてたなぁ。沙奈さんについてはさておき、相羽先生の教師モードじゃないところがあんなウブで可愛くて、チョロかったとは思わなかった。てか彼女の弱点まで知ってるし、今日はやっぱいい日だなぁと思った俺はまだ知らなかった。


 まさかその翌日、学校で大変大騒ぎになったとは。

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