第9話 親友の元カノになってから初めての二人下校

 生徒会室でエマ先輩の仕事の手伝いし終わってから紅茶を味わいながらいろんな世間話をした後、俺と文香とエマ先輩の三人はいろいろ片付けてから生徒会室を後にした。


 時刻は夕方5時過ぎを示している今、校舎の玄関から見ると、外はもう夕焼けに染まっている。そして俺たちは校門を目指して肩を並んで歩いた。生徒会室の時みたいに当然かのように俺は真ん中、文香とエマ先輩は俺の左と右隣に歩いた。


「そういえばエマ先輩は電車で帰宅するんですか?」

「いいえ、家の使用人が車で迎えに来るんですよ」

「し、使用人!?薄々感じていたけど、エマ先輩ってやっぱりお嬢様なんですか?」

「ん――よく言われましたが、私は自分のことお嬢様なんて思ってませんよ?まぁ、お金持ちの家庭環境で育ったではありますが、別に貴族とかではないですよね。お金持ちの理由でそう言われる傾向があるのは仕方のない話なんですが……」

「そうなんですか……」

「いや、金持ちという理由だけじゃないと思う。俺が見ている限りではエマ先輩ってもっとこう…雰囲気や振る舞いとかがお嬢様っぽいかな?まぁ、結局お嬢様の定義はなんなのかよく分からないけど」

 

 苦笑しながら俺は「あはは」と付け足す。正直分からんな、お嬢様と呼ばれる人はどんな条件を満たすかは。そもそも条件とかあるのか?あはは、やっぱ分からん。てかなんで真面目に考えてんだ俺は。


 視線を右側に向けると、エマ先輩は人差指を口に当てながら何かを考えてる。


「……私の雰囲気ってどんな感じなんでしょうか?振る舞いのも別にいつも普通にお母さんが教えた通りに振舞っていますが……」

「雰囲気の話は俺が始めたけど、なんとなくとしか答えがないかな。でもそうか、母親の教育だな」

「はい、幼い頃からお母さんにいろいろと優しく教われました。ですので、私はお嬢様ではありませんよ。今でもクラスの人たちに時々お嬢様扱いされていて正直嫌なので、お二人は私のこと普通に接していてくださいね?」

「分かっていますよ、エマ先輩」

「ありがとうございます、文香さん」

「俺の場合は今更の話なんだけどなぁ」

「ふふ、そうなんですね~」


 小さく笑っているエマ先輩に釣られた俺と文香も思わずどこか楽しく笑い声をこぼした。こういう他愛のない話ってやっぱいいなぁと改めて内心で思ってたら俺たちはもう校門の前に辿り着いた。


 視線を右側に向けると、遠いから見慣れた高級感のある黒色セダンがこっちに走って、数秒後俺たちの前に止まった。


「なんかいつもいいタイミングで来たよなこのセダンは……」

「ふふ、ですよね~。何故かはまだ謎のままなんですが」

「……なんか凄い車が来た……」


 そう言って文香は何故かまじまじとその車を見ていた。もしかしてこいつは車好きなのか?もしそうならめっちゃ意外だわ。


 それから車の左前の窓が開けられて運転席に座ってるものが視界に入った。そこはさっきエマ先輩に使用人と呼ばれた人がメイド服で運転席に座ってる。そのメイドの名は嶋野しまの梨花りかさんだ。三つ編みポニーテールの金色に染まった髪がやたらと目立っていて、容姿も本当に綺麗な女性でなんでメイドやっているんだこの人って会う度にいつもそう思ってるレベルだ。今は座ってるからはっきりと見えないけど、立ってる時は俺ほどじゃないが女子平均よりは背が高い。初めて見た時はどうしてモデルや女優やってないんだと内心でツッコんだ。


「おう、政也じゃん。今回もうちのエマちゃんお世話になったな」

「いえいえ」


 顔を開いた窓の方に近づけると何かの匂いが鼻孔をくすぐる。あぁ、この匂いは……まったく相変わらずだなこの人は。


「また車内でタバコ吸ってたんだな、梨花さん……」

「ちょ、その残念そうな目で見るのやめろ。仕方ないだろ?口が寂しいからさ」

「はぁ、そうですか。なぁ先輩、さっさとこの人を首にすれば良くないか?」


 俺の発言にエマ先輩と梨花さんが同時に「え?」という声を漏らした。そして先輩が苦笑しながらこう言った。


「まぁ、前からそうしようかなと思ってますが」

「エマちゃん!?」

「梨花さんとはもう長いお付き合いからその考えをやめました。まぁ、車内に充満するタバコの匂いは車用の芳香剤で消せますし、大丈夫かなと思いました」

「ほら、大丈夫だろ?べー!」

「子供か」


 子供のように舌をベーって出してる梨花さんに俺はそうツッコむことしかしなかった。この人の欠点はそこだもんな。残念な美人って言われても過言ではないだろ。


「そういえばお二人共一緒に車に乗りませんか?駅までなら送りますよ」

「いや、反対方向だし、駅もあまり遠くはないから俺は歩いても平気だ。って、この会話は1回2回ではないようだが……」

「私も歩いて大丈夫ですよ、エマ先輩」

「そうなんですか。お二人がそう仰るのなら無理強いはしませんかな。それじゃ、私は帰りますね。今日はお疲れ様でした。チュっ」

「ええ!?」


 俺の左頬に不意打ちキスをしたエマ先輩を見て、文香は驚きの声を漏らした。一方、キスされた当の本人である俺はこういうのもう慣れたから驚かない。エマ先輩が挨拶という理由で頬にキスしたからな。最初は遠慮してたけど、慣れるにつれてそれを遠慮せずに受け止め、頬に柔らかな唇の感触を堪能してる。


 次は俺の頬がキスされる前に頭を少しキスした側の方に動かすのもたぶん面白いな。それで唇と唇が触れ合ったりする……いや、ダメだろ。俺口づけは初めてじゃないけど、もしエマ先輩がまだキスしたことなかったら流石にアウトやろ。いや、そういう問題じゃないと思うけどな。


 それからエマ先輩は何故か文香の方に近づいてる。いや、まさか……


「文香さんもお疲れ様でした。今日手伝ってくれてありがとうございます。チュっ」

「えええ!?」


 やっぱり文香の頬にキスしたか。てかさっきより「え」がひとつ増えて驚いたぞお前。


「あれはただの挨拶だ。エマ先輩はイギリスハーフだからな」

「あ、あぁ。確かにそうだったのね。いきなりすぎてびっくりしちゃった……」

「ふふっ、文香さんの反応は面白いですね。どこの誰かさんと違って、初めてキスした時全然反応してくれませんでしたよ」


 そう言ってエマ先輩がチラチラこっちに見てくる。やぁ、反応しなくてすんませんした。そして俺は「誰でしょうねぇ」ととぼけたらエマ先輩が「もう~」と可愛い返事をした。


 それからエマ先輩は車の左フロントドアを開けて、運転手の梨花さんの隣にある助手席に腰を下ろしドアを閉めた。


「それじゃ、またね、お二人共。気を付けてお帰りくださいね~」

「はい、またねえ」

「おう、そっちも気を付けてな。特にそちらのあぶない運転手に」

「べー!フンだ!」

「いやだから子供か」


 俺がそうツッコんだ後、梨花さんはパワーウィンドウで窓を閉めてから車を走らせた。残った俺と文香はただ車を見えない所まで見送っていた。


「二人きりになったな……帰ろうか」

「そ、そうね……」


 それから数分後俺たち二人は会話せずに黙々と駅を目指して肩を並んで歩いてる。一体何の沈黙だこれは。楽しみにしていた下校じゃなかったのかと考えてから俺は右側に視線を移ったら文香が露骨に顔をそらした。もしかしてさっきからチラッと俺を見ていたのか?


 この状況に居た堪れなくなった俺は口を開いて文香に話しかける。


「そいえばさ」

「は、はい?」

「こうして二人下校はなんか久しぶりすぎないか?」

「そう、なのかな?」

「そうだと思う。確か中一の時はいつも二人で下校してたな。まぁ、中二の時は新太あらたが俺らの中学校に転校してきた以来三人で下校するようになったな。中三は」

「う、うん。そうだね。確かに本当に久しぶり……」


 俺が話を終わらせる前に文香が慌てるような声色でそう返事をした。視線を右に向けると、そこはなんか気まずそうな表情を浮かべる文香が目に入った。もしかしたら新太の話をしてたからそうなったのか?まぁ、分からないけど、話題を変えた方が良さそうだな。


「まぁ、前と違って今は学校がお前んちから遠くて、そこに遊べなくなるな。もう一年間以上そっちに行かなかったから流石に今は遠慮するけど……」


 実は俺が通ってる中学校は朝倉家のご自宅からは15分歩いたぐらいの距離があるからよく文香んちに遊んでた。


 そして文香が何故か寂しそうな顔をしてる。今度はなんだと思ってたら文香が口を開いてこう言った。


「う、うちにいつでも来ていいよ?政也くんの家は反対方向じゃないでしょう?」

「まぁ、お前んちの近くの駅を通ったからは五駅あるな。いや、でもいいのか?なんか久しぶりすぎて気まずくないのか?」

「政也くんって気まずいとかちゃんと感じれるんだね」

「いや感じれるだろ普通。俺なんだと思ってんの?」

「何も考えずに思ったことを言って行動してる女たらしの男かな。まぁ、でも大丈夫だよ。昨日政也くんと同じクラスになったって文乃ふみのとお母さんに話したら二人共は政也くんに会いたがって是非また家に遊びに来てと」

「いや女たらしとかマジで勘弁して。でもそっか。美春みはるさんが会いたがるんだ。うん、そっかそっか……」

「じー……」


 俺が何回か頷いたら、文香がじーの効果音を口にしながら俺をじっと見てくる。たぶん美春さんのことだよな。でも仕方ないだろ?あんな綺麗な女性が俺に会いたがるって言われたらそうなるんだろが。いや、でも何故?


「……政也くん、熟女趣味は」

「ない」

「即答ですね。で、私がお母さんが会いたがるって言った時なんで嬉しそうにニヤニヤしてたの?」

「えっと、まだちゃんと歓迎されたから嬉しいんだよ。決して綺麗な女性が俺に会いたがるって言われたから嬉しいとかじゃないよ、マジで」

「はー、もういいや。それで、家に来るの?」

「ん、まぁ余裕ある時お邪魔しようかな」

「ん、そうか」


 それから俺たちは駅に着いて改札を通ってから駅のホームで電車を待っている。帰宅ラッシュ時間の前だから人が少なくはない。そして数分後やっと電車が着いた。


 降りた人がもういなかった後、俺たちは車内に足を踏み込んだ。中はもう満員電車レベルになったから、降りる時困らないように俺たちはドアの前に立っていたが、このポジションは流石にヤバい。


 自動ドアが閉じて電車が走り始めた時、正面にいる文香と面と向かって壁ドンみたいにドアに右手をつける。そして視線を下に向けたら、真っ赤な顔で俺を見上げる文香の姿が目に入った。体と体が触れ合いそうな至近距離だと流石に少し恥ずかしくなってきたな。車内に大きな揺れがある時確実に密着するだろこの距離は。そうならないよう頑張って距離を置こうか。


 そして文香は自分を落ち着かせるためか何回も深呼吸をしているのだけど、それが終わった後何故か文香は俺の胸に顔を埋めて、背中に両手を回して抱きついた。なんだこの急展開。人が折角密着しないよう頑張ってるというのに、何故そっちからやってきたんだ。てかめっちゃいい匂いするし柔らかい感触も……やっぱ結構大きいな。


 居た堪れなくなった俺はひそひそと小声で文香に話しかける。

 

「な、なぁ文香……」

「な、何……」

「こういうのは流石にヤバいと思う。ほら、その、当たってるというか……」

「抱きついてるしわざと当ててるから大丈夫」

「いや俺が大丈夫じゃないけどな。一体いきなりどうしたんだお前は……」

「うっ、自分もどうしてこんなことをするか分かんない……」

「分かんないならやるなよ。ほらそろそろヤバいからさっさと離れろ」

「な、何がヤバいなの?」

「教えるわけないだろ」

「いいから教えて」

「……教えたら離れろよ?……まぁ、その、あれだ。下の方が何か起きちゃうというか。ここまで話したら分かるよな?」


 俺がそう言ってから顔が真っ赤になった文香は両手を背中に回してるまま少し離れるけど、何故か好奇心のある眼差しで下の方に見ている。


「いや何下の方に見てるんだよ。今はまだ起きないから見んな」

「起きた時見ていいと?」

「違う、そういう意味じゃない。てかもう教えたから離れろ」

「私はいとか言ってなかったよ?」

「ちくしょーそうだった」


 文香が「ふふっ」と小さな笑い声をこぼしてからまたぎゅっと抱きついた。ん、なかなか離してくれないようだな。一方、俺はまだドアに右手をつけるまま立っている。


「でも意外だね……」

「ん?何が意外だ?」

「女たらしの癖にこういうのは慣れてないみたいだなぁと」

「いや、だから女たらしちゃうわ。まぁ、慣れないから離してくれませんか?」

「断る。降りる駅までこう居させてください。なんかこっちの方が落ち着く、から……」

 

 俺の胸に顔をグリグリと埋めながら文香がそんな欲求をしたから、俺は抵抗を控えそれを受け止めるしかできなくなった。まぁ、慣れるにつれて俺は冷静になった。これなら起きないだろ、下が。


「そういえば俺たちってもしかしてこれが初めて電車で一緒に下校するのかな」

「そうかもしれないね。中学の時私は電車に乗る必要はないから。高一の時は、まぁあれは仕方ないかな」

「なんかすまん」

「いえ、謝る必要なんてないよ……あっ」

「どうした?」


 急に間抜けな声を漏らした文香に俺は首を傾げながら文香を見ていた。それから文香が俺を見上げてこう言った。


「昨夜ビデオ通話の時聞き忘れたことあるけど……」

「ん?何を聞きたいんだ?」

「政也くんはアルバイトしているんだよね?どんなバイトなの?」

「えっと、喫茶店でホールスタッフをやってるけど、どうして?」

「その喫茶店はバイト募集中かな?何かアルバイトやってみたいけど、知り合いのいる所でバイトをした方がいいかなって……」

「そっか。俺も知らないけど、明後日シフトに入った時一度店長に話しておくよ」

「うん、ありがとう。お願いね」

「あぁ。しかし何故急にバイトしたくなった?」

「なんとなくかな。あ、お母さんの負担を減らしたいとか自分のお金で何かを買いたいとかかな。いつもお母さんに買わせるのはなんか悪いかなって」

「そっか、文香も父親のいない三人家庭だもんな……」


 朝倉家は大体うちと同じ母一人で二人の子共を育ってる家庭だ。違うところと言ったら、春川家は俺が小学校高学年の時に父さんが亡くなったから三人家庭になった。一方、朝倉家は正直詳しいことは知らないけど、文香がまだ小さい時父親が浮気してそれから離婚して三人家庭になったと確か前に文香から聞いた。そしてふと思った。一体どんな人生を歩んで美春さんみたいな綺麗で魅力的な女性を裏切ったんだろう。マジでドアホ。てか美春さん今でもまだフリーってのが意外すぎるけど。


 まぁそれをさておき、文香がバイトしたい理由は大体俺と同じか。シフト入った時頑張って店長を説得しておこう。


 それからふと頭に浮かんで、確認のため文香に「あ、そういばさ」と前置きしてからこう聞いた。


「お前は部活とか入ってないのか?もし入ったらバイトとの時間の調整が難しいと思う」

「ん、一応コーラス部に所属している」

「一応?」

「えっと、割と気楽でいつ来てもいいとか。忙しい時期はコンクールの前くらいかな」

「そうか。なら時間的には大丈夫だな?」

「うん、大丈夫」

「分かった」


 あと店長に説得してみるよと付け足したら、文香は嬉しそうな声色でうんと頷いて返事をした。


 それから俺たちは密着したままいろんなことを話していた。数分後、相変わらずのイケボで車内アナウンサーが文香が降りる駅の名前をもうすぐ着くと知らせる。


「ほら、もう少し着いたからそろそろ離れろ」

「む、何故こんなに早く着いたのか……」

「知らねえよ。むしろ結構長い時間抱きついてくるけどなお前は」

「そんなこと言って私の体を堪能してたくせに」

「あのな……まぁ、認めるからさっさと離れろ」

「ふふ、仕方ないね」


 そう言って文香は俺の背中に回していた両手を離して俺から離れた。その頃は丁度駅のホームに止まって、自動ドアが開いたところで「チュっ」と文香がさっきエマ先輩にキスされた俺の左頬にキスをした。


「左頬にエマ先輩のキスを上書きしちゃった。えへへ」


 小悪魔みたいに文香は少し舌を出して、子供がいたずら成功したのような顔を浮かべた。


「えへへ言ってる場合かよ。公衆の面前で何してんだお前は」

「だから上書きって言ったよ?それじゃぁ、また明日ね!」


 そんな元気な分かれ挨拶をした文香が開いた電車のドアから降りて早足で駅のホームから去った後ドアがまた閉じた。文香の挨拶を返事しなかった俺はただ自分の手で左頬をなでながら「あいつ何故いきなりそんな積極的になったんだ」と内心で呟くことしかできなかった。


 それから電車内でひそひそと「よくここでやってるな」「あいつの彼女めっちゃ綺麗だったな」「独身の俺らに少し気遣ってよ」「ていうかさっきなんか他の子のキスを上書きって聞こえたが」「クッソあんな可愛い彼女持ってるとかラッキーすぎんだろ」「まぁ、お似合いそうなカップルだから文句言えないか」などの声が俺の方に向けてくる。


 うっ、こういう注目はマジで痛いからやめてくださいと俺は内心でそれを願うことしかできなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る