第7話 これから変わってしまうこと

 文香ふみかとビデオ通話をしてから翌日の学校の昼休み、俺は机の中に置いた弁当箱を取り出して、いつもの食事スポットに向かう。教室の引き戸を滑らせる前に一度文香の方に視線を向けると、そこには弁当箱を持っている4人の女子生徒が教室のど真ん中に座ってる文香を囲んで仲良さそうに話している。誰かはまだ覚えてないけど、たぶん去年から文香と同じクラスの子だろ。あ、ちなみに俺の席は窓際の一番後ろだ。めっちゃ主人公スポットだろ?


 そして文香から視線を外して、俺はすぐ教室を出てゆっくりと歩いてる。目的地はいつも昼休みを過ごしている場所、学校屋上の塔屋の隣だ。そこは昼だと日陰になってるし、風も気持ちよかった。でも何故か分かんないけど、屋上に昼休みに行く生徒が多いとは言えないな。まぁ、おかげで屋上の塔屋の隣は昼休みにいつも俺専用になってて、静かに昼休みを過ごせる。そして屋上のドアの前に辿り着いてから、早速ドアを開けて屋上を見渡すと、なんと、いつもより人の数が多かった。


「あぁ、たぶん1年生だよなぁ」


 そう納得した俺はすぐドアを閉めて、塔屋の右側に向かって、いつものスポットに腰を下ろした。それから俺は早速弁当箱を開けて中身を眺めた。今日の弁当はごはんとソースかけウィンナーに卵焼きそして少し野菜付きというシンプルな弁当だ。これでなら朝に弁当を作る手間がかからなかっただろ。まぁ、夕飯の残りを弁当にする時もあるけどな。


 俺は「いただきます」と言ってからすぐ箸でご飯を掬い上げて口の中に運んだ。ん、まぁ、普通の味だったけど、それでいい。実はいつも弁当を作る者は俺と母さんの当番制だ。俺は簡単な料理しかできないけど、母さんは高級レストランで出されるレベルの料理上手な人間だ。奈々子ななこは皆まで言うな。


 そしてパクパクと弁当を味わってるところで、右側から何か物音が聞こえた。ふとそっちに視線をやると、そこは隅っこに弁当箱と携帯を握って座ってる眼鏡女子の姿が目に入った。人がいるの全然気づかなかった。てか影薄っ。そしてなんかチラチラこっち見てくるけど……ん?あれ?あの子なんかどっかで見たようなと内心で言った俺は、彼女の顔をじっと見ている。数秒後で、そこにいる女の子のことを思い出した。あの子は文香の妹、文乃ちゃんだ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「ねぇねぇふみちゃん、二人で屋上に昼食しに行かない?」

「え、えっと……」


 昼休みのチャイムが鳴ってから私、朝倉あさくら文乃ふみのは右隣の席に座ってる同じ1年A組の女子生徒、春川はるかわ奈々子ななこさんに一緒に食事しに誘われました。彼女は女子の平均より背が少し高くて、亜麻色のセミロングヘアのサイドテール付きで顔立ちも整っています。入学早々で人気になるのも納得です。でもその人気者が昨日あまり話しかけませんでしたから、どうして今朝からぐいぐい私に話しかけてるかはまだ分かりません。ていうかもうふみちゃんっていうあだ名で呼ばれますが、この人っていわゆる陽キャという人かな……


 えっと、とりあえず誘いを受けましょうか……


「ん?どうしたの?}

「い、いいえ、その……わ、私でよければ……」

「えへへやった~」


 誘いを受けましたら、春川さんは嬉しそうな声色で返事をしました。


「奈々子ちゃーん、ちょっとこっち来てー」

「ん?どうしたの玲奈れいなちゃん?あ、ふみちゃん、先に場所を確保してくれないかな?あたしあとで追うから」

「うん、分かりました。じゃぁ、私先に行きますね」

「ん、ありがとう。お願いね~」


 春川さんがそう言ってから、私は一度頷いて机の中に置いた弁当箱を取り出し教室を出ました。この私立才華高等学校は5階建ての建物です。1年A組の教室は一階にありますから、階段上るの少し疲れました。


 もう屋上のドアの前に着きましてから早速ドアを開けました。そして屋上を見渡したらそこに生徒がたくさんいますから、私はすぐ塔屋の右側に移動して、隅っこに腰を下ろしました。えっと、春川さんは私がここにいるって分かるんでしょうか?と少し不安になったから、分かりやすい所に移動しようと決めました。


 でも腰を上げようとしたところで、一人の高身長の男子生徒がこちらに向かいました。その一人の男子生徒の顔を見ましたら、私は仕方なく大きく目を見開きました。だってその男子生徒は中学から姉さんの友達で私の好きな人、政兄さん。


 政兄さんと初めて会ったのは私が小学6年生の時、姉さんが政兄さんを家に連れてきました。最初の印象はただの元気な人で、あの時の姉さんとの性格が違いすぎましたが、よく知り合ってから政兄さんはいつも私に優しく接していました。まぁ、たぶんあの時からは妹としか思われませんでしたが、女子高生に上がりました今なら、少しでも普通の女の子に思われるのかな……


 少しぼーっとしてましたら、手に握った携帯を地面に落としてしまいました。座っている時に落としてしまいましたから壊れる心配が必要ありませんが、携帯が落ちた音が十分政兄さんの所まで聞こえると思います。チラッとそちらに視線をやると、政兄さんが本当にこちらに視線を向けてじっと私を見ていました。


 あわわわ、どうしましょう……春川さん早く来てくださいよ……


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 午前の授業が終わって昼食を摂りに学校屋上の塔屋の隣に行ったが、ごはんを口に運んでから隅っこに座ってる眼鏡女子生徒がいることを気づいた。そして彼女の顔をじっと見て、彼女は誰なのか思い出した。彼女は朝倉文乃ちゃん、文香の妹で家にお邪魔した時よく俺が構ってた女の子。その前に一度確認しよ。


「えっと、文乃ちゃん、だよな?」

「は、はい……」


 そう答えた文乃ちゃんは恥ずかしいからか視線を地面に下ろした。内気な性格が変わらなかったなぁ。まぁ、変わったといえば髪型かな。前はセミロング黒髪を下ろしたままだったけど、今はその伸びた髪をサイド三編みにしている。よく見るとなんか今の文乃ちゃんが大人に見えるけど……まぁ、最後見た時からだいぶ成長したからだろ。てか、ちゃん付はやめた方がいいかな?と少し考え始めちゃった俺はまた口を開いて文乃ちゃんに話かけた。


「やっぱりかぁ。久しぶりな文乃ちゃん。てか隅っこに座っていないで、こっちに座ったらどうだ?折角だから、話し相手がいた方がいいかなぁって。あ、無理にとは言わんが」

「い、いえ、大丈夫です。そちらに行きます……」


 そう言ってから文乃ちゃんは立ち上がって俺の右隣に腰を下ろした。あれ、近くね?ん、確かにこっちが誘ったけど、まさかこんな肩と肩が触れ合いそうになるくらいの距離に座ってるとは思わなかったわ。てかいい匂いが鼻をくすぐるし。まぁ、このままにしておこう。


「えっと、文乃ちゃんもこの学校に入ったんだな。てっきり高校もまた女子高に通ってると思ったよ」

「うん、違う学校生活を過ごしたいからここを選びました。姉さんもいますし、それに……」

「それに?」

「い、いえ、なんでもないです……」

「そっか。まぁ、文香がいるし大変なことあったらきっと困らないだろ」

「う、うん……」

「しっかし、文乃ちゃん結構変わったなぁ。その髪型は本当に大人っぽく見えて綺麗だぞ。最後会った時はまだ子供っぽかったのに。あはは」

「ほ、本当ですか?」

「お、おう、本当だ……」


 そう聞いた文乃ちゃんが俺の方に顔を近づけたから、俺は少しドキッとした。あれ、ドキッとって?まさかいつも文乃ちゃんを妹としてしか見てなかった俺が、異性として意識し始めたのか?うん、近づけられてドキッとしたらそうなるよなぁ……


 そして彼女は赤くなった頬のままで、満面の笑みを浮かべながらこう言った。


「……そうですか。ありがとうごいざます……政兄さんにそう言ってもらえて嬉しいです。えへへ……」

「あ、あぁ……てか文乃ちゃんは一緒に昼食する人待ってるのか?弁当箱開けないままだから、誰かを待ってるのかなぁって」

「う、うん。実は教室で隣の席に座ってる人と昼食しに誘われましたが、誘いを受けてから彼女は突然誰かに呼ばれました。後で追うから先に場所を確保してくれないかって彼女が言いましたが、まだ来ないですね……」

「おうそっか……」


 急にたくさん喋った癖も前から変わらなかったなぁ。あはは。


「あっ、ふみちゃんここにいたんだ!」


 いきなり聞きなれた声が聞こえたから、俺は思わず左の方に視線を移った。そこにはなんと、弁当箱を持っている我が妹、奈々子の姿が目に入った。え、ふみちゃんって?文乃と同じクラスで隣の席に座ってる子ってまさか奈々子だったとは……


 それから奈々子はこっちに近づいて、俺の左隣に腰を下ろした。


「う、うん、ごめんなさい、分かりにくい所に行ってしまいまして……」

「本当よ、もうー。そこのベンチにいなかったから屋上に来てなかったかと思ったよ。でもナイスチョイスだよふみちゃん、ここめちゃくちゃいい場所だよ!……ところで、どうして兄ちゃんがここに?」

「おー、俺のことちゃんと見えてるのか。さっきからお前は文乃ちゃんと話したから、お前のすぐ隣にある俺の姿がお前には見えなかったと思って幽霊になった気分ところだったわ」

「わざとだもん。で、兄ちゃんはどうしてここに?ていうかなんかふみちゃんと仲良さそうに話してるように見えたけど。あと文乃ちゃんて呼ぶし……」

「見て分かんないのかお前は?弁当食ってるんだよ。ここいつもの俺のランチスポットだ。今日は偶然文乃ちゃんに会って話したんだ。あ、文乃ちゃんは文香の妹だよ」

「あぁ、そっかそっか。薄々気づいたけど、やっぱり文香先輩の妹だね。苗字が同じだし、顔も似てる」

「あ、あの……」


 さっきから兄妹の会話をしてるところを眺めてた文乃ちゃんがこの状況に居た堪れなくなったからか、口を開いて俺と奈々子に話しかけた。当然兄妹二人揃って文乃ちゃんに注目した。


「えっと、お二人はその…兄妹なんですか?」

「うん、そうだよー。あたしはこの人、春川政也の最愛の妹だよー」

「誰が最愛の妹だ」

「えー、昨夜ベッドで言ったじゃん」

「ち、覚えてたか」

「あ、あの、もし間違いましたらごめんなさい。その…義理の兄妹なんですか?」

「えっ、なんでそう思う?」

「えっと……似てませんから?」

「ふっ、ハハハ!」


 文乃ちゃんがそう言ってから何故か奈々子がいきなり笑い出した。こいつ人が真剣に聞いているというのに、本当失礼な子だな。ほら、文乃ちゃんますます戸惑ってるんだろが。


「え、あ、あの……」

「あははは……あぁ、ごめんごめん。だってさ兄ちゃんよ。あたしたち似てないから義理の兄妹だよ。これならあたしに欲情できるね。よかったじゃないかブラザー?」

「てんめマジ何言ってんだよ。毎回話をエロ方向に向けるのもマジでやめろこの淫乱娘」

「ええやだ―」

「やだやだしない!はぁぁ、すまん文乃ちゃん。こいつは俺の実の妹だ。実はこいつちょっとアレだけど、ちゃんといい奴だから仲良くしてやってくれると嬉しい」

「アレって何よアレって!?」

「そ、そうなんですか。まぁ、はる、奈々子さんはよく私に話しかけましたから、私も仲良くするつもりでしたよ。それでその、改めましてよろしくお願いします、奈々子さん」

「ふみちゃん……うん!よろしくね!あ、でも少し硬いかな。あたしのこと奈々子って呼んでいいよ?ていうかさっきから気になるけど、ふみちゃんはなんで敬語で喋ってるの?」

「ん――癖ですから?」

「そいう癖あるんだね……まぁ、あたし別にいいけど」

「ほら二人共ささっと弁当食えよ。昼休み残り20分だぞ」

「え、やばっ」


 俺がそう示したら、二人は早速弁当箱を開けて、ごはんを口に運んだ。さっきから手が止まった俺もまた残り少ない弁当を食べ進める。そして弁当を完食してから俺はスマホをズボンの左ポケットから取り出した。スマホの画面を見たら文香からのLINEメッセが届いて、チャット画面を開いた。内容は……


『政也くん、今どこにいるの?』


 屋上にいるよと返事しようしたところで、俺は一つ案を思いついた。それは……


「なぁ、奈々子。文香がどこにいるのってLINEで聞いたけど、普通の返事なら面白くないから、俺のスマホで自撮り撮ってくんないか?お前一番左にいるからさ」

「え、なにその陽キャっぽいの考え方は……」

「黙れ最強陽キャ」

「え?私陽キャじゃないけど?」

「お前陽キャとしての自覚が足りないな。なぁ、文乃ちゃん、奈々子ってめっちゃ陽キャと思わない?」


 俺が文乃ちゃんに話を振ったら、彼女が苦笑を浮かべながらこう言った。


「私もそう思いますよ。だって奈々子さんクラスではよく皆に話しかけられましたから」

「それで陽キャなの?」

「そうだよアホ。もういいからささっとセルフィ撮ってくれ」

「へーい」


 俺はカメラアプリを起動しインカメラモードにしてから、奈々子にスマホを渡した。それから奈々子はスマホを少し高めの位置でこっちに向けた。


「えっと、ふみちゃんもうちょい兄ちゃんに近づいて。フレームに入らないから」

「う、うん、分かりました」


 文乃ちゃんが奈々子の指示に従って、俺の方に近づいてくる。うん、この距離、めっちゃ近くね?肩と肩が触れ合ってるし、何より顔近っ。頭を少し動いたら俺と文乃ちゃんの頬が触れ合いそうになるくらいの距離だ。


「はーいみんな、いくよー。ピース!」


 奈々子がそう合図してから俺たち3人はピースサインで自撮りを撮った。奈々子がスマホを返してから、俺は写真をチェックした。


「おー、いい出来だ。よし、送信、と」


 写真を文香に送ってから、俺は追加メッセ『屋上にいるよ。来る?』を送信した。数秒後だけ、『そっちに行く!』という返事が送られた。はやっ。


 そして視線を右側に向けると、文乃ちゃんが何故かスマホを握りながらもじもじする。それを察した俺は彼女に聞いた。


「えっと、文乃ちゃん、もしかしてさっきの写真送って欲しいのか?」

「う、うん……」

「じゃぁ、LINEID交換しよっか」


 そう言ってから俺は自分のQRコードを文乃ちゃんに見せて、早速写真を文乃ちゃんに送った。


「あ、ありがとうございます、政兄さん……」


 その送られた写真を見て、文乃ちゃんは満面の笑みでそう言った。うん、笑顔見て少しドキッとしたな。顔に出ないよう、俺はシンプルな言葉で返して誤魔化す。


「おう、どういたしまして」


 それから奈々子と文乃ちゃんはまたパクパクと食事を続ける直後、左側から足音が聞こえた。その音に釣られて、俺はそっちに目を向けると、どうやら文香が無事に俺たちを見つけた。てかなんかはぁはぁと息を切らしてるんだけど。


「なぁ文香、なんでそんなに息切らしてるんだ」

「はぁ、わ、分からないわ。さっき送られた写真見たら…勝手にここまで…走って……」

「えーなんだそりゃ。てか息整えろ」


 数秒で息を整えた文香が俺の前に座って、また口を開いて俺に尋ねた。


「んと、政也くんなんでここに文乃と一緒にいるの?」

「いや文乃ちゃんとは偶然会っただけだ。どうやら奈々子が文乃ちゃんを屋上に食事しに誘ったんだ」

「そっか、奈々子ちゃんは文乃と同じクラスってことかな?」

「その通りだよ文香先輩。席も隣だし」

「へぇ、そんな偶然もあるのね。私も政也くんの隣の席に変えようかな」

「できるのか?」

「まぁ、なんとかするよ。それより、政也くんなんでここに私を誘ってくれなかったの?」

「いや、さっきお前も友達に囲まれて食事してたんだろ。誘えるわけねぇわ」

「むっ、確かに。じゃぁ、明日はまたここで昼食を?」

「まぁ、ここ俺のスポットだからな。ここでいつも昼休みを過ごしている」

「そっか。じゃぁ、明日からはここで一緒に昼食していい?」

「え?」

「じゃぁ、あたしとふみちゃんも一緒にしていいか兄ちゃんよ?」

「うん、うん!」


 3人からの一緒に食事をしようという申し出に、俺はあっけにとられた。OKしたら俺の静かな昼食タイムは今後どうなってるんだろ……


「えっと、文香は友達との昼休みの時間とかあるんだろ?もし急に付き合いが悪いと思われたら孤立されちゃうだろ。まぁ、そうはならないと思うけど、万が一の話だけだ。でも俺のせいでお前が本当にそうなったら、良心が痛むわ」

「うっ、確かに。私も流石に嫌かな……仕方ない、たまにならいいよね?」

「あぁ、それなら全然かまわない。それで奈々子と文乃ちゃんも友達と食事した方がいいぞ。文乃ちゃんは恥ずかしがり屋だけど、めっちゃ陽キャの奈々子様がいれば大丈夫だろ。たぶん。たまにならここに来てもいい」

「誰が陽キャの奈々子様よ、もうっ!でもまぁ、わかった。あたしもクラスの連中ともっと仲良くしたいしな」

「……わ、私友達は奈々子さんしかいませんから、ここで政兄さんと二人っきり昼休みを過ごしても問題ありませんよ」

「問題大ありよ、文乃。ちゃんと奈々子ちゃん意外の友達も作って。私、文乃の交友関係に心配してるんだ。奈々子ちゃんとこうして友達になってるし、尚更頑張った方がいいと思うよ……」

「姉さん……う、うん。それじゃ私はこれから奈々子さんについていきますね」

「おう、あたしについてきな!」

「なんてノリだ。それじゃ、この話はここでおしまいな」


 3人にそう言って話を終わらせようとしたところで、文香が「いえ、まだ一つの問題が残ったよ,政也くん」と言った。


「ふむ、どいう問題なのかね、文香君?」

「さっきから政也くんが私たちに友達を優先しろと言ったが、そういう政也くんは友達いるの?いないよね?なら政也くんもせめてクラスの男子と友達を作るのを頑張ったらどう?そういうの得意だろう?」

「うっ、キツイよ文香君。返す言葉もございませんじゃないか。正直高2に上がってからそうするつもりだよ。まぁ、とにかく頑張るよ」

「うん、それでよし。じゃぁ、そろそろ下りるか。昼休みもうそろそろ終わっちゃうし」

「あ、本当だ。よし、解散だ」


 そう言ってから俺たち4人は腰を上げて、下の階にある自分たちの教室を目指した。高校入学してからいつも一人で静かに昼休みを過ごしていたけど、今日のことで賑やかな昼休みを過ごすのも悪くないなと思い始めた。


 この3人と一緒に昼休みを過ごす約束をした以上、間違いなくこれからの学校生活が変わってしまうのだろう。いい変化かどうかは、これからのお楽しみだ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 文香と奈々子と文乃ちゃんと一緒に学校屋上から階段で3階まで下りた時のこと、丁度3階の踊り場で2階に下りようとしたところで、ダダダッと足音がこちらにやってきた。


「マサヤ様!!!」

「ぶほっ!」


 振り向くことできず、いきなり後ろから一人の女子生徒が俺の名前を叫んですぐ腹に手を回してぎゅっと抱きしめた。実はさっきの「ぶほ!」という声を漏らした原因は、背中にめちゃくちゃ柔らかいものが当たったからだ。この感触は絶対胸に違いない。そしてこんな大きい胸の持ち主は誰なのか俺は既に知っている。前もこの感触を堪能したからな。


 そして後ろに振り向いたら、そこは思った通りの人物だった。彼女は桜川さくらがわエマ、3年生の先輩でこの才華高等学校の生徒会長。背中に当たった胸の刺激が強すぎるから、俺はささっと抵抗をし始めた。


「あ、あのエマ先輩。胸めっちゃ当たってるから、少し離れると助かる……」

「あら、ごめんなさい。でもイヤじゃなかったでしょう?」

「まぁ、イヤなやつなんていないと思うけど」

「ふふっ、相変わらず正直ですね」

「えへへ、それほどでも」


 頭を掻きながらデレデレしている俺でしたが、ゴホンと文香の咳払いで我に返った。うん、いろいろ聞きたいよなぁ。分かるわ。ヨーロッパと日本のハーフ銀髪美人先輩で生徒会長やってて、スタイルもパーフェクトボンキュッボンの女子がいきなり凡人である俺を抱きしめた挙句、俺の事を様付で呼んだら、めっちゃ気になるよなぁ。うん、どうしよう……


「えっと、政也くん、生徒会長さんと知り合ったの?」

「ん、まぁ、色々あってな……」

「うぉ本当だ。入学式の時挨拶をしてたおっぱ――人だ。で、兄ちゃん何故そんな凄い人と知り合ったんだ?催眠能力でも手に入れたのか?」

「おいさっき言いかけたことは失礼だろ。まぁ、そう思っちゃうよなぁ。でも君の最愛の兄ちゃんは催眠能力なんて使ってないよ?」

「マジっすか……」


 奈々子は驚きすぎたからか目を大きく見開いた。いや、そんなに驚くことじゃないだろ。大げさな奴だな。文香と奈々子はもう聞いたから、視線を文乃ちゃんに移るとそこは聞きたいけど聞けない雰囲気を醸し出した。


「ふふふっ、面白い兄妹の漫才ですね」

「いや漫才って……あ、それより先輩、何か俺に用事があるのか?」

「うん。今日バイトのシフトは?」

「今日シフトないけど、何故?」

「……なら丁度良かったです。今日の放課後、私と付き合ってください!」

「「「え?」」」


 驚いたのが俺のはずだったけど、何故か文香と奈々子と文乃ちゃんの3人の間抜けな声が完璧に揃っていた。

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