第6話 ドタバタなナイトコールで少し真剣な話

 学校からバイトへ、そのバイトから帰って、寝る前にちょっと漫画を読んでから突然文香からのビデオ通話がかかった。その通話が3回鳴ってから、俺は体を起こして、ベッドの端に座ることにした。横になりながらビデオ通話をするのなんか嫌だからな。


 そしてもう何回目の通話が鳴ったか分からないが、俺は早速緑色のカメラアイコンをタップしてビデオ通話に出る。


「えっと……文香??」


 確かに通話に出たけど、画面が真っ暗になってつい疑問符を二つ付けるみたいな声を出してしまった。どうしたんだろ……と考えてからすぐ文香の声が返ってくる。画面が真っ暗のままで。


『あ、あの政也くん、ちょっと待ってね。イヤホンを取ってくるから……イッタ!うぅぅ……』

「おい大丈夫か!?」

『……うぅ、うん、だ、大丈夫。慌てるせいで足指を本棚にぶつけただけ。うぅ……』

「大丈夫なわけあるか。急がずにゆっくりでいいから、痛みが消えた後で取ってもいい。無理するのは良くないぞ」

『う、うん。ごめん、そうするね……』


 まったくなんてドタバタなビデオ通話だったぜと心の中でそう言ってから、俺は一度学習机を目指して、その上に置いてあるイヤホンケースの中身のワイヤレスイヤホンを取って耳に付ける。


 そしてスマホのBluetoothをオンにして、またベッドの端に座り目を画面に向けてから、どうやら文香も無事自分のイヤホンを手にした。数秒後のこと――


『えっと……お、お待たせ……えへへ、ごめんねドタバタしちゃって……』

「…………」


 画面に映ってるものに言葉をなくした。そこには紫色の星柄(?)パジャマに身を包んだ文香の姿が目に焼き付いた。文香のパジャマ姿を見たのは初めてじゃないけど、最後見たのが中二の時ぐらいから、今の文香の成長した体を見てどうしても目をそらすことができなかった。うん、制服ではあんまり気づいてなかったけど、胸、成長しすぎなくね?


『……どうしたの?そんなにじっと見てて…』


 俺の視線に気になるからか文香は首を傾げなら不思議そうに俺を見ていた。


「……いや、お前のパジャマ姿に見惚れただけだ。可愛いから、気にするな」

『み、見惚れ!?ほ、本当に可愛いかな……』

「うん、可愛い可愛い。もっと感想を述べようか?」

『い、いい、それで十分だから……でもありがとう……えへへ、可愛い、か……』


 文香がそう言って微笑んでから、俺はふと思いついた。


「しっかし、お前本当に表情が豊かになったなぁ。なんていうか、中学の時の無表情で口下手のお前とかけ離れすぎてめっちゃ変わったわ」

『そ、そーう?実は高校に上がる前から変わりたいと思ってたからね。高校デビュー頑張って正解みたいだったかな。まぁ、それは置いといて、政也くんなんか女たらしになってない?女の子にそんな軽々しく可愛い可愛い言ったとか……』

「え?いやいや、軽々しく言うなんてしてなかったから。そもそも俺前からこうじゃん?忘れたのか?」

『んん――そいえばそうだったね。昔から女たらしのね。そうかそうか』

「いや、女たらしとか勘弁してくれよ……っと、え、いきなり何してんだお前は?」


 文香とビデオ通話最中に突然妹の奈々子ななこが後ろから俺の首に手を回してくっついた。そいえばこいついたな……と少し振り向いたら、奈々子が「ニヒっ!」と新しいおもちゃを見つけたような歯を見せて笑った。うん、悪い予感しかしねぇ……


「もうっ、まあくんてば。あたしがいる所でどうして他の女の子とビデオ通話をしてるの?あたしにヤキモチを焼かせるつもりなのかな?いい趣味してるねぇ」

「お前マジで何言ってんの?」

「もうっ、いいから通話切ってまたさっきの続きしようよまあくん~」


 くっついたまま奈々子の爆弾発言を聞いたら何故か鳥肌が立った。


 こいつが何企んでるかすぐに理解した。てかまあくんって何?くすぐったいなんだけど。奈々子が自分の髪の長さを利用して顔を見えないように隠しながら喋ってたけど、今どんな表情をしてるか俺には分かる。


 そしてまたスマホの画面に目を向けて、そこにはきょとんとして何も言わずに俺と奈々子を見ていた文香の姿が目に入った。あ、これヤバい。何がって?それは文香が奈々子と面識がないことを思い出した。文香とは中一から知り合ったけど、俺は兄妹の話とかしたことないよなぁ。何故かは俺にも分からん。


 まぁ、それはさておき、文香はきっと今誤解してるから、そろそろ誤解を解けよう。


「すまん文香、こいつは俺のいm―—」


 説明を終わらせる前に突然奈々子が手で俺の口を塞ぐ。どうやらからかい足りないようだ。それから奈々子がスマホの画面に目を向けて、スピーカボタンを押した。


「もう―まあくん何を言うつもりなの?えっと、文香さんでいいよね?その……初めまして、あたしは奈々子ていうまあくんの許嫁だよ。よろしくね~」

『あ、は、はい。初めまして、私は文香という政也くんと中学からのクラスメイト。こちらこそよろしく……って違う!政也くん許嫁いるの!?』

「いるよ~。去年のクリスマスから許嫁になったけど、私たちはこうして毎晩一緒に寝るよ。もちろんアレはもうヤったんだよ~」

『え、えええ?アレって?ヤったって?えええ?政也くん本当なの!?』

「うん、アレよアレ。まぁ、分かったんなら通話切っていい?そろそろまあくんとのイチャイチャタイムなんだけど……」

『え、あぁ、ごめんなさい。でも……』


 んん――実は奈々子に口を塞げられて、俺は全然抵抗してない。理由は抵抗するのもう疲れたから、そしてこの二人の会話がどう進んだか気になってな。だけど、奈々子のやつ調子に乗って、めっちゃ嘘を付いてる。うん、そろそろ抵抗しよう。


「お――ぷはっ!……おいこら奈々子、お前やりすぎ、だ!」


 ポンと奈々子の頭に軽くチョップをかましながら奈々子を叱った。


「うぅ、ごめん……」

『えっと…政也くん、そちらの女の子は一体……』

「俺の妹、奈々子だ。すまんな今まで妹の話とかしてなかった。さっき妹との会話で混乱してたんだろ。あはは」

『あははで済ませることじゃないよもう!こっちが人の許嫁を奪ったみたいな行動してるから、罪悪感に襲われるかと思ったよ?ふぅ、でも許嫁じゃなくてよかった……』

「あはは、許嫁設定を信じたとかラブコメ読みすぎだなお前は。でも本当ごめんな?ほら、奈々子も謝って」

「えっと、ごめんなさい……」

『うん、いいよ。もう気にしないし。まぁ、改めて、私は朝倉文香。政也くんとは中一からのクラスメイトだよ。よろしくね、えっと奈々子ちゃんでいいかな?』

「うん、いいよ。こっちこそよろしくね、文香先輩」

『先輩?奈々子ちゃんはもしかして才華高等学校に入学した一年生なの?』

「うん、そうだよ」

『へー、そうかそうか』

「まぁ、誤解もう解けたし自己紹介も済んだから、お前はささっと寝ろよ、奈々子」

「え――やだ」

「いいから寝ろ。てか俺から離れろ!」

「むぅ、仕方ない。それじゃおやすみ文香先輩」

『ええ、おやすみ奈々子ちゃん』


 二人がそうおやすみ挨拶をしてから奈々子はまたベッドで横になる。


「……打ち解けるのが早いなお前ら」

『ん?私と奈々子ちゃんのこと?ん――あれって打ち解けたかな?微妙だと思うけど……まぁ、奈々子ちゃんは話しやすいからということもあってね』

「あいつマジで陽キャだからな。まぁ、ここじゃ奈々子がいるから、俺ちょっとリビングに移動するけど、ビデオ通話一度切った方がいい?それとも、もう話すことがなかったら切ってもいいけど」

『い、いえ!話すことがまだあるから、通話繋いだままでいいよ。あ、あと、政也くんの家の中が見たいから、アウトカメラに変えて見せてもいいかな?』

「いいけど、部屋の外暗いよ?」

『フラッシュをオンにしたら問題ないと思うよ』

「あ、確かにな」


 そう言ってから数秒後、俺は早速部屋を出た。


「フラッシュ使っても前しか見えないけどな……」

『ふふ、確かに』

「っと、もうリビングに着いたけど、またインカメラにしていい?」

『うん、そうして』


 そして俺は電気をつけて、テレビの前のソファに腰を下ろした。うん、とりあえずテレビでもつけるか。決して夜中のリビングで一人でいるのが怖いとかじゃないから。それから俺はまたスマホの画面に目を向けたら、文香の姿がなかった。


「文香いる?」

『……ん、いるよ。ちょっとラノベを本棚に戻しただけ』

「そうか。そいえばお前の本棚ってラノベの方が多かったもんな」

『まぁね』

「まぁ、話題を変えるけど、ビデオ通話までして何か用件でもあるのか?」

『え?』

「あ、迷惑だとか全然思ってないから、勘違いしないで欲しい。ただ何か俺に聞きたいことがあるのかなぁって思ってるだけだ」

「……」


 そう言ってから沈黙が流れる。まぁ、あっちの心の準備というものが必要なのようだ。何を聞きたかったか少し察せるけど。そして数秒後で文香は口を開いてこう訊いた。


『えっと……単刀直入に聞くけど、政也くんはもしかして高一の時ずっと私を避けてたかな?』

「やっぱりか……」

『ん?』

「いや、こっちの話だ。えっと……どこから話そうかなぁ。ん――まぁ、高校に上がった直後の俺はサッカーしか取り柄がなかったから色んなことやりたくて一人になりたいということもあったけど、たぶんきっかけは……そうだな、お前のクラスの前を通った時のことだ。他の生徒に囲まれて中心人物になったお前を遠くから眺めると、『あぁ、あいつたくさん友達できてよかったなぁ」と俺は思った。だってお前の中学時代のコミュ力がヤバかったから。そのせいで話し相手が俺と新太あらたぐらいだったしな。それから思ったんだ。『俺と一緒にいるより、新しいできた友達と一緒に高校生活を送った方がいいかなぁ』と俺はあれから避け始めた。まぁ、正直高一の時は色んなことで忙しかったね。特に人生初のバイトを始めた頃や自分の学歴を上げるための勉強で結構時間がかかった。俺があの時勉強苦手とか知ってるんだろ。それに、サッカーという趣味を捨ててから俺は新しい趣味を探すためにいろんなことをしていた。あれから忙しすぎて段々お前のことを忘れていた。でも今はまた同じクラスになって、またお前とこうして喋れるのは本当に良かったと俺は思ってる。けどまぁ、その……すまんな。ほぼ一年間お前を避けてたとか……」

「…………」


 また沈黙が流れる。まぁ、あれを聞いたら当然そうなるよなぁ。正直避けた理由はまだ一つあるけど。それは、文香が俺の初恋で親友の元カノだから、文香のことを忘れたい、と。本人に言えるわけないよなぁ。てか2年生や3年生になったら同じクラスになる可能性があるのに、何が忘れたいんだよ高一の俺。そして結果は高二に上がって、また文香と同じクラスになって今に至る。


 またこうして話せるのが正直嬉しいと俺は思ってる。中学時代のコミュ力低かったの文香でも、現在のコミュ力が上がった文香でも、俺はどっちも楽しく話せたと思う。だけど、現在文香に抱く感情は恋愛感情じゃなくて、友情だ。理由は当然、親友の元カノに手を出したくないから。もう元カノで関係が終わったから、別にいいじゃんって?俺の身にもなってから言えよ。


「ふふっ」と小さな笑い声が聞こえて、さっきからスマホの画面から目をそらした俺は、その小さな笑い声に釣られてまた画面に目を向けた。そこには目を細めながら笑う文香の姿が目に焼き付いた。


『そっか……そんな理由か。よかった。私、政也くんに嫌われたから避けられたと思ったよ……』

「うっ、本当にすんません……」

『もういいよ、別に。理由はもう聞けたし。でも政也くんのそういうところ本当に変わらなかったね』

「そういうところって?」

『全部のことを正直に話したところだよ』

「ん、まぁ、父にそう育てられたからな……」

『ふふっ、父親の英才教育だったね。でも現在またこうして話せたから、学校でもまた一緒に過ごしてもいいかな?』

「うん、お前がいいなら、俺は別にいいけど」

「えへへ、やった~」


 そんな嬉しそうな表情を浮かべながら、子供がわくわくするような無邪気な声を発した文香をスマホの画面から眺めると、俺はもう否定することができなかった。それは、文香が俺に抱いた感情のことだ。その感情は恋愛感情だと思ってる。自意識過剰?なんだそれ?さっきから文香の態度や表情などを観察してるだけで十分分かってることだからな。そこら辺の鈍感な漫画主人公と一緒にするなと思いたいけど、その鈍感さマジで俺に少し分けてほしい。


 まぁ、今は知らないふりをするしかできないかな。親友の元カノである文香に手を出したくないし、今の関係でも丁度いいと思ってる。そもそも、俺は今誰とも交際したくないからな。


それから俺と文香は他愛もない雑談し始めた。話題は主にそれぞれのここ一年間のことだ。それからしばらく経った頃。


『ふぁぁ……』と突然文香の可愛い欠伸あくびが漏れ聞こえた。壁時計に視線をやると、現在時刻はもう零時すぎてる。うん、結構話したな。

「そろそろおねむ時間かなぁ。無理しなくて寝ていいぞ」

『ふぁぁ……ええ、そうするかなぁ……今日話してくれてありがとう。また明日ね、おやすみぃ』

「あぁ、おやすみ」と挨拶が終わってから、俺は赤い色の電話アイコンをタップしてビデオ通話を切った。


 最初はドタバタだけど、最後まで結構楽しめるビデオ通話だったな。こうしてまた文香と接するようになったのはいいけど、文香が抱いてる感情を知ってる以上、これからどう諦めさせるかを考えなきゃいけないかなぁ。また一緒にいられるようになったのに、その人の好意を諦めさせるとか矛盾してないかって?あのな、異性との関係は恋愛関係だけじゃなくて、友達関係というものもあるんだと俺は思ってる。てか、俺が文香を好きになる前に友達として接したから、一緒にいる時は本当に楽しかった。だから、今回文香とは恋愛感情を持たずに、友達として接すると決意した。たぶん、漫画やラノベによく出てくる鈍感な主人公より面倒くさいタイプだよな俺は。まぁ、文香もすぐに告白とかしないと思うから、これからは気ままに楽しく日々を過ごそうか……


「くぁぁ……寝よう……」


 そう可愛くない欠伸を漏らしてから、俺はテレビやリビングの電気を消して、寝るための二階にある自分の部屋に向かった。

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