第5話 暖かい食卓で他愛のない話
「んん――――」
深く眠りから覚めた私は、身体を起してから両手を合わせて伸びをした。部屋にある壁時計に目をやって、時計の短い針は7を指している。丁度夕飯前の時間だ。
「ぐっすり眠れたなぁ……」と少し呟いてからベッドから下りて、部屋を出てすぐ一階に下りた。台所の近くにある食卓に辿り着いた瞬間、なんかいい匂いが鼻をくすぐった。どうやら今台所で立っているお母さんがカレーを作っている。
「あら、文香ちゃんおはよ~。夕飯はまだ完成してないから、まずは風呂に入ったら?湯はもう沸かしたからすぐに浸かっても大丈夫よ。あ、その前に文乃ちゃん呼んでね?あの子部屋にいるわよ~」
私の気配に気づいたかお母さんは笑顔を浮かべながらそう私に話かけた。なんだか今日のお母さんいつもより機嫌がいい。だって今夕飯を作りながら鼻歌を歌ってる。綺麗で若々しい容姿をしているからか、お母さんのこと悪く言えないな。まぁ、不機嫌よりはましだしね。
「うん、分かった」
そう言って、私はまた二階に上がって、着替えのパジャマや下着などを取るために自分の部屋に向かった。無事に手に取ってから隣にある文乃の部屋のドアを二回ノックしてからすぐ開けた。
「文乃、お母さん呼んでるから下りて……てどうしたの?」
ドアを開けて部屋の中の様子を覗いた瞬間、パソコンの前に座ってる文乃が何故か慌ててる。どうしたんだろう?
「も、もう姉さん、ノックしてからすぐ入ってこないでって前から言いましたけど……」
「え、そうなの?なんかごめんね?で、そんなに慌てて何していたの?」
「別に、ウェブ小説を読んでただけです……」
目をそらしながら文乃がそう言った。どうも怪しいけど、あまり詮索すると怒るかもしれないから、今はそういうことにしておこうかな。
「ふ~ん、まぁいいや。お母さん呼んでるから、ささっと下りてきな。じゃ」
「はーい」
文乃がそう返事してから私は背を向けて、文乃の部屋を後にし脱衣所に歩を進める。
脱衣所に辿り着いてすぐ着替えのパジャマと下着をカゴに置いた。着ていた部屋着と下着を脱いで、さっきのカゴの隣にある洗濯カゴにそれを置いてから浴室に足を踏み込んだ。浴室に入ってから私は軽くシャワーを浴び、湯舟に肩まで浸かってリラックスタイムが始まった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
風呂に入って30分くらい経って、湯舟から上がることにした。それからタオルで濡れた髪や体をゆっくりと拭いてから、私は脱衣所でルーティンケアを始める。風呂上がりの肌ケアは勿論だけど、顔と髪ケアもちゃんとしなければならない。しないと折角頑張った成果が無駄になったら嫌だからね。と、中学の時の私だったらこんな面倒なことはしないだろうけど。
顔と肌ケアが終わって最後にドライヤーで髪を乾かしてから、私は脱衣所を出てすぐ食卓を目指した。そこにはお母さんと文乃が既に着席したから、私も文乃の隣の空いた席に腰を下ろした。食卓の上に並べたのは三つのカレー皿に漏れたカツカレーというチキンカツを乗せたカレーライスだ。んん、カレーの匂いを嗅ぐだけで食欲をそそるなぁ。お母さんの料理は相変わらずだなぁ。
「じゃぁ、文香ちゃんもう着席したし、食べようっか。どうぞ召し上がって~」お母さんがそう言ってから、私と文乃は両手を合わせて「いただきます」と言った。
カレーを口に運んだら語彙力なさすぎるからかそれとも美味しすぎるからか、私は感想を一つも言わずに次々パクパクと食べ進める。そして隣に視線を向けるとそこは目を閉じて美味しそうにパクパクとカレーをゆっくり味わう文乃の姿が目に入った。うん、この子何かを食べる時は本当に美味しそうに食べるよね。まぁ、これ実際に美味しいもんね。文乃から視線を外して、私はまた自分の食事に戻る。今度は文乃みたいにゆっくりと味わって食べようかな。
「ふふっ、いつもそんな美味しそうに食べてるあなたたちを見たら、本当に作った甲斐があったわね~」と左手を左の頬に当てて目を細めながら微笑んだお母さんがそう呟いた。
「まぁ、実際に美味しいから。ね、文乃?」
「うん、そうです。お母さんが作った料理は全部美味しいです」
「ふふ、ありがとう二人共」そう言って微笑んだから、三人共またそれぞれの食事に戻った。
私たち三人はいつもこんな感じで食卓を囲んで食事をしている。足りないことといえば、たぶん父親の存在かな。実は小学生に上がる前から既に父親と呼ばれる存在が私の人生にもういなかった。どうやら原因は父親と呼ばれる人が他の女性と浮気して、それを目撃したお母さんが父親と大喧嘩して即離婚を申し込んだ。記憶間違わなければあの時混乱して何も分からない私と文乃に、涙を堪えながらお母さんが「お父さんは今日から遠い所に行くの。たぶん戻らないから大丈夫?」と聞いた。そう聞かれた私と文乃は頷くことしかできなかった。だって父親と呼ばれる人が何も父親らしいことをしていなかったから。ていうか離婚した後も父親が私か文乃を引き取る気もなかったし。そして私と文乃が頷いた瞬間お母さんが溜まった涙を堪えなくなって泣きながら私たちを抱きしめた。いつも優しい笑顔で私たちと接していたお母さんの泣いてるところを見たら、子供である私と文乃も当然釣られて泣いていた。
でも今思えば本当に酷い父親だなぁ。父親らしいことしていなかった挙句、他の女性と浮気していたとは。それからお母さんに視線を向けて、もうアラフォーなのにまだ若々しくてスタイル抜群のお母さんを裏切った馬鹿は本当に存在していたとはねぇと思ってる。まぁ、両親の離婚後は父が家を出て、三人暮らしが始まったけど、意外といつも通り変わらなかった。変わるといえば、苗字が「
お母さんは会社員だから、生活費や学費などは給料と貯金に含めて余裕あるってお母さんが言ったけど、やっぱりお母さんの負担を減らしたいと今でも思ってる。そいえば政也くんってアルバイトをしているよね?あとで訊こうかな……
って食事中に何フラッシュバックしているんだろう。折角のカレーがまずくなったらどうするんだ、もうっ。
数秒後、さっきの回想シーンでふと思いついたから、お母さんにこう聞いてみた。
「ねぇ、お母さん。お母さんはなんで再婚しないの?お母さんみたいな綺麗な女性を近づかない男なんてそうそういないと思うけど……それとも前の結婚が失敗したから二度と結婚したくないとか……あ、やっぱりなんでもない……」
なんか罪悪感を感じ始めたから、質問をなかったことにしようとしたけど、お母さんが笑顔を浮かべながら口を開いてこう返事をした。
「ふふっ、どうしたの文香ちゃん?急にお母さんを褒めてそんなことを聞いて?新しいお父さんが欲しい~?」
「えっと……いや、単に気になっただけで……」
「そう~?まぁ、実は離婚してから何人かの殿方にプロポーズされたけど、全部断ったよ~」
「え、どうして断った?」
「んー、下心丸出しだからかなぁ?私と喋ってた時その人たちは必ず露骨に視線を胸に向けるから断ったよ。
「あぁ、そういう……」
視線をお母さんの胸に向けると納得した私でした。
「まぁ、政也くんみたいな誠実な男にプロポーズされたら、即OKかな~?喋ってた時はちゃんと私の目を見てるからね~」
「それはダメ!」「それはダメです!」
さっきから私とお母さんの会話を黙って聞いてる文乃がまさか私とのツッコみがハモった。まぁ、さっきのお母さんの爆弾発言は本気かそれとも冗談かは分からないからね。
「ふふふっ、流石に冗談わよ~。二人共完璧にハモったわね~」
「本当に冗談に聞こえないからね?あと、今後政也くんと話したらそういうこと一切話さないでね?」
「そうですそうです!」
「うふふっ、本当に冗談だってば~。まぁ、今後は気を付けるね~」
「フン、どうだか……」
そうそっけない態度で言ってから、私はまた残りのカレーを口に運んだ。確かに父のいない家で育てられたけど、こういう時食卓を囲んで、他愛のない話をしてたら本当にいつも通り心地が良かった。父親とか、必要ないかなぁと私は思い始めた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
カレーを完食してから、私と文乃は食器を洗い流すの手伝った。全部お母さんに任せるのは良心が許さないから、食事後の食器洗いは私と文乃担当。数分後で食器洗いを終えてから、私はすぐ自分の寝室に向かった。
部屋に足を踏み込んでから一冊のライトノベルを取ってベッドで横になった。今手に取ったのはまだ途中までしか読んでないラブコメのライトノベルだ。まぁ、一応隠れオタクだけど、私がよく読んだ漫画と小説は大体恋愛系だよね。
それからしばらくライトノベルの物語に夢中になって、気づいたらもう読み終わった。ふぅ、今回も最高に面白かったなぁ。次巻の発売が決定されたから本当に楽しみー。そしてふと視線を壁時計に向けると……
「え、もう11時!?ヤバい、政也くんとチャットしたいのに、こんな時間じゃ……いや待って、今日政也くんバイトのシフト入ったから、たぶん今は家に着いたばかりでまだ起きてる可能性が……」
そう考えながら私は早速スマホを手に取ってLINEアプリを起動した。それからすぐ友だちリストにある政也くんのアカを見つけて、チャット画面を開いた。
「えっと……どんなメッセを送ればいいですか……」
悩みすぎてつい敬語で喋ってしまった。
ここはもっとぐいぐいいった方がいいかな?自分からメッセを送るのは正直本当に苦手だけど、通話なら意外と簡単に話題を見つける、かもしれない?んん―――
「うん、そうしよう」
そう決意した後、慌てるからかそれとも夜のテンションが上がりすぎるからか、私は大きなミスをしちゃった。それは、チャット画面についてる電話アイコンを一度タップして二つの音声通話とビデオ通話の選択肢が現れて、間違ってビデオ通話のアイコンをタップしちゃった。「あっ」という間抜けな声を漏らしてから、冷やせが体中に流れそうになるくらい焦った。ビデオ通話を切るのももう遅いし……
「……うぅ、どがんしよ……」
そう焦りすぎてつい長崎弁で喋った私は、政也くんがもう寝てますようにと祈るしかできなかった。
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