09-09:「裏切ったのではありません。見限ったのです」

「……お前はつくづく策士というよりは詐欺師だな」


 通信が終わりシートに座り直すミロに、スカーレットは呆れた顔でそう言う。ミロはディスプレイを見つめたままで、にこりともせずに真顔で答えた。


「誉めるなよ。照れるじゃないか」


 思わぬ返答にスカーレットは、ぽかんとするだけだ。


「殿下、いかがいたしましょう。このまま前進すると巡洋艦に激突します。またリープ閘門にも近づいていますが、現在ディストーションエクステンダーDEXは起動しておらず、また行き先も決めておりません」


「このままの針路を維持。ディストーションエクステンダーDEXの起動タイミングと目標地点は追って指示する」


「了解しました。針路、維持。ディストーションエクステンダーDEXとリープストリーム突入の準備はしておきます」


 ミロの意図はまだわからぬが即答した事で、尋ねたピネラ中尉も安心できたようだ。


 ホッとしたような顔で復唱した。スカーレットはそれを横で見ながら、小声でつぶやいた。


「そういう所が詐欺師だと言うのだ」


          ◆ ◆ ◆


 アソーレス以下の艦隊は学園宇宙船に追い込まれるように後退を続けていた。


 まだ決心が付きかねるギャレットに再びホプキンスが声を掛けた。


「ご決断下さい。私は司令の決断に付いていきます。私だけではありません。このアソーレス乗員全員、そして艦隊の皆も司令に従います。今さらどこへも行くあてもありません」


「そうか……!」


 ギャレットは爪が食い込むほどに拳を握りしめ、額には脂汗がしたたっていた。


 副官のホプキンスは戦闘中でさえ、これほど緊張したギャレットを見た事が無かった。


 身を震わせながらギャレットはうわずった声で叫んだ。


「諸君!」


 ブリッヂの乗員は皆ギャレットへと視線を送った。ブリッヂは異様な緊張感に包まれていた。


「諸君……! 諸君!!」


 なかなか後の言葉が出てこない。ギャレットは大きく一つ深呼吸してから改めて言った。


「諸君、感謝する!」


 そして選択し、決断した。


「全艦一八〇度反転。ミロ皇子座乗の学園宇宙船を護衛する!!」


「了解しました。一八〇度反転。ミロ皇子座乗の学園宇宙船を護衛します!」


 復唱するホプキンスの口調からは覇気と歓喜が感じられた。


 ホプキンスだけではない。ブリッヂの空気も緊張感が消え、一気に活気が満ちあふれた。


「学園宇宙船とデルガド殿に当艦隊の作戦目的変更について通達」


 通信士がギャレットの命令通りの通信を行うや否や、すぐさまデルガドから返信があった。


『ギャレット、貴様! 何を考えている! 裏切ったか!?』


 通信用ディスプレイに映るや否やそう言ってきたデルガドに、ギャレットは一礼してから口を開いた。


「申し訳ありません。デルガド殿。しかし口幅ったいようですが、一つこれだけは言わせてください」


『う、うむ。なんだ……?』


 先程までの緊張はどこへやら。自らの意思で選択、決断したギャレットの口調からは落ち着きが感じられた。


 ファブリカント侯爵に庇護を求めて以来の、いつもおどおどして落ち着かぬ様子のギャレットしか知らないデルガドは、その変化に狼狽を隠せなかった。


 そんなデルガドにギャレットは言った。


「私はあなたを裏切ったのではありません。見限ったのです」


 その言葉にブリッヂのそこかしこから押し殺した歓声が上がった。


 ブリッヂの乗員たちは対照的に、デルガドは顔を真っ赤にして怒りに震えている。それでもすぐに何と言っていいのか分からず、憤懣に満ちた表情でギャレットを睨み付けていた。


『貴様、貴様……! 自分が何を言ってるのか分かっているのか! その皇子とやらが本物である証拠があるのか? いや、本物だとしてもこの先、皇位継承争いで生き延びられる保証があるのか!?』


 ようやく口を開いたデルガドはそう言い放った。


「分かりません。何もかも分かりません。しかし戦うのならば、自分が選択して、決断した場所の方がより相応しいと考えたまです。逃げ落ちた我々を救ってくれたファブリカント侯爵には感謝しております。ですがこれとは話が別。名誉ある戦いをする事こそ、ファブリカント侯爵への恩返しになるとも考えております」


『貴様……!』


 怒りにまかせてギャレットを恫喝しようといたデルガドだが、画面に映っていない誰かに制止されたようだ。


 不満げに口をつぐみ、そしてそのまま通信を切ってしまった。


 しばしデルガドが映っていたディスプレイを見つめていたギャレットだが、やがて糸が切れた操り人形のようにどさりと指揮官シートに座り込んだ。


「やれやれ、偉い事をしてしまった……」


 制服の袖で脂汗をぬぐうが、その表情には達成感があった。

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