第9章:ミロの軍勢~偽りの艦隊
09-01:「承知しております。マダム」
『姫殿下をお連れできたかどうかはまだ未確認である。しかしギルに関してはリープストリームを飛行中、
宇宙船ブリッヂにあるリープ通信ディスプレイで、特権派の重鎮であるデルガドは言った。言うまでも無い。学園宇宙船にテロリストを送り込み、ギル殺害とルーシア拉致を図った黒幕の一人だ。
『ここまでの作戦は完全に成功したわけではないが、最低限の成果は上げている。よって諸君らも予定通りに行動して欲しい。分かったな、ジョン・ギャレット司令』
「了解しました。デルガド殿。目標の学園宇宙船がバーナクル辺境空域に出現次第、作戦行動に入ります」
『うむ。頼んだぞ。一人でも多くの身柄を確保する事が、交渉を有利に進める鍵、しいては我々の勝利に繋がるのだ』
そう答えるとデルガドは通信を切った。ディスプレイが消えるのを待ってギャレット司令は深いため息と共に自分のシートに座り込んだ。
「気乗りしないようですね」
副官を勤めるホプキンスが苦笑を浮かべてそう言った。
「当然だろう。特殊部隊が散々暴れ回った学園宇宙船を、今度は我々が拿捕するのだ。しかも相手は学生だ。これが名誉ある帝国宇宙海軍軍人のやるべき任務か」
吐き捨てるようにそう言うギャレットだが、自分自身と部下たちの身の上を考えるとそうも言っていられないと分かる。それに対していつもひと言多いホプキンスが追い打ちを掛けた。
「そもそも我々はもう帝国軍人ではありません」
「そうだったな」
ギャレットはまた嘆息した。
ギャレット司令はもともと帝国宇宙海軍准将。副官ホプキンスは中佐だった。
艦隊を率いる提督であり貴族の出身だった。しかし前皇帝時代からの所謂特権派との癒着が、皇帝グレゴールの怒りを買い、ギャレット伯爵家は廃籍された。
行き場を失ったギャレット家とその家臣は前王朝派関係者を数多く保護するファブリカント侯爵に頼らざる得なかったのだ。
やはり行き場を失った彼の部下たちも合流したが、いまさら帝国海軍に復帰できるはずも無く、結局、前王朝を支持する特権派デルガドらの私兵として戦う憂き目に遭っていたのである。
「いずれにせよ生きていく為には手段を選んではいられない。学生たちは可哀想だが、あくまで交渉材料。デルガド殿も殺せとまでは言っていないのだから、しばらく我慢して貰うしかないだろう」
交渉材料が人質の体の良い表現だと充分承知した上でも、ギャレットはそう言わざる得なかった。
「艦隊を帝国学園宇宙船ヴィクトリー校出現地点へ向けて移動。拿捕した後、搭乗している学生、生徒、学校関係者の身分を確認。必要な人員のみファブリカント侯爵領に移送する」
「そういえば交渉材料にならない乗員、警備兵の処置については聞いていませんが?」
ホプキンスはまた答えにくい質問をしてきた。それでもギャレットは苦虫を噛みつぶしたような顔で答えた。
「学園宇宙船の
「了解しました」
ホプキンスは敬礼した。
「巡洋艦アソーレス以下の艦隊は帝国学園宇宙船ヴィクトリー校出現予定地点へ向けて移動を開始する」
振り返るとホプキンスは操舵手にそう命じた。
◆ ◆ ◆
背後にこの星域から抜け出すリープ閘門を見る集結地点でヤマシロ級巡洋艦Y-3441アソーレスと同行する駆逐艦三隻を見送る大型高級宇宙ヨットがあった。
船の名は『マダム・バタフライ』。所有者はクレイズグレイン社。
前皇帝ヘルムート時代に大きく力を伸ばした穀物商社である。
現皇帝グレゴールから前王朝に与する特権派と見なされ、様々な権利を奪われファブリカント侯爵に庇護を求めたが、その後も順調に成長を続けているという。
実際にクレイズグレイン社を成長を支えているのは、創業者の息子と結婚、事実上の経営権を把握したヘレン・クレイズの経営手腕だと言われている。
マダムバタフライの展望室に座るでっぷりと太った中年女性こそ、そのヘレン・クレイズだ。
◆ ◆ ◆
「マダム・クレイズ。ギャレット艦隊も出撃した事ですし、我々も撤収して宜しいのではないでしょうか。ここにいると戦闘に巻き込まれる危険性があります」
「ニールス! あなたは相変わらず何も分かってないわね!」
自社製のスナック菓子をばりばり頬張りながらマダム・クレイズは秘書のニールスを叱責した。
「私が何故ここにいると思うの? デルガドや今の特権派を牛耳ってる連中を信用してないからよ。だからこれから何が起きるのか自分の目で見極めたいのよ。そもそも皇帝陛下の怒りを買ったのもヘンリーがデルガドに任せっきりだったからじゃないの!」
「はぁ、それは……」
秘書のニールスは言葉を濁す。
ヘンリーとはヘレンの夫。クレイズグレイン社創業者の息子であるが、人が良いだけが取り柄の凡庸な男だ。
今でも代表取締役の地位にはいるが、実質的な経営判断は全てヘレンに任されている。ヘレンは大学在学中にヘンリーと結婚。卒業するや否や、実質に会社の経営権を握り、クレイズグレイン社をもり立てたのだ。
「いいこと、ニールス。私はクレイズグレイン社をこのままで終わらせる気は無いわ。目的はあくまで会社の存続と拡大。それにを保証してくれる船に乗るまでよ。だからこそ自分の目で見届ける意味があるの。分かる?」
マダム・クレイズはスナック菓子の欠片がついた指を舐めながらそう言った。秘書のニールスはそんなマダム・クレイズに頭を垂れて答えた。
「承知しております。マダム」
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