08-16:「まだ終わらんのか!」
「分かりました。ギル皇子は残念です。念の為、ウィルハム宇宙港へリープ通信で伝えておきます。まあ避難艇からの通信が入るのは、早くて三年後ですし、所在がわかったからと言ってどうにかなるわけでもありませんが」
ピネラ中尉はミロからの連絡にそう答えた。ミロは避難船デッキから事の次第を伝えてきた所だ。
もっともルーシアに関する詳細は言っていない。ギルだけが避難船に向かったと言ってあるだけだ。ピネラ中尉も必要以上に尋ねようとはしなかった。
『これから管制室へ戻る。リープストリームの行き先が気になる。まだ警戒を解くな』
「了解しました。お待ちしております」
ミロからの通信はそこで切れた。
「警備隊長、避難船デッキで交戦していたテロリストたちが投降を申し出ているようです」
学園宇宙船内の通信もほぼ回復した。管制室には次々と状況報告が入ってきている。
ギル殺害という目的は果たしていないが、リープストリーム中に飛び出したのだ。生還が絶望的となれば死んだも同然。
彼等を逮捕して帝国警察に渡しても、恐らく前王朝派との取引に利用されるだけ。刑罰はうやむやになるのだろう。
だからと言って捕らえないわけにもいかない。
「分かった。武装解除の上、抵抗できないようにして確保せよ。先程、投降した部隊はどうなってる?」
ピネラ中尉が尋ねるのは、脱出用の強襲艇を護衛していたテロリスト部隊の事。学園宇宙船がリープストリームに突入した直後に投降を申し出たのだ。
「はい、武装解除は終了しました。何人か、協力的な相手に尋問を行っている最中です。どうやら奴らも学園宇宙船がリープストリームに入るよう仕組まれていたのは知らないようですね。尋問官によれば、上層部から裏切られたと立腹してる者もいるようです」
警備兵の言葉にピネラ中尉は苦笑した。
「まぁそうだろうな。連中は結局のところ囮に過ぎない。うまくすればもう少し詳細な
話が訊けるかも知れない」
「はい、そのように尋問官に伝えておきます」
警備兵は気を利かせてそう答えた。
入ってくる報告はテロリストたちの動向だけではない。学園宇宙船内での被害も次々と明らかになってきた。
「中央区画前第一ゲート、警備兵四名が重傷。うち一人が意識不明の重体です。テロリストは一人の死亡を確認。もう一人が重傷の上、投降」
「同じく第二ゲート。警備兵一人の死亡を確認。二名が重傷ですが意識は有ります。テロリスト二人の死亡を確認しました」
「避難船デッキ。ジマーマン学園長を発見。搬送中です。疲労しておりますが、大きな怪我はありません。また途中の通路でギル皇子のセキュリティガード一人を発見、搬送中。生死は不明です」
「ノーブルコース内の生徒寮捜索班からの報告です。ルーシア・シュライデン寮の前で女子生徒一人を発見、搬送中。出血多量で意識不明の重体。かなり危険な状態のようです」
その報告にカスガとピネラ中尉は顔を見合わせた。
「被害者はミロ皇子の妹さんかね?」
ピネラ中尉の問いに報告した警備兵は頭を振った。ルーシアはギルと同行したと聞いている。ルーシアである可能性は低いが確認するに越したことはない。
「いいえ、別人のようです。中等部のポーラ・シモンと報告されてますが、まだ担当教師による確認は行われていません」
いけないと分かっていても、カスガは少しホッとした。
しかしなぜルーシアが狙われたのか、そしてなぜそこで別の女子生徒が倒れていたのか。
事情を知らないカスガは疑問に思う事しか出来ない。しかしカスガの頭からそんな疑問を吹き飛ばしてしまう報告が来た。
「ギル皇子の寮を捜索している班から連絡です。寮前で警備兵一人の死亡を確認。二名が重傷。ええと、それから……」
報告していた警備兵が口ごもり、ちらりとカスガの方へ視線を巡らせた。どうやら学生、生徒に被害者がいたようだ。しかもギルの寮となると、そこにいた学生、生徒は限られてくる。
カスガは覚悟したように唇をきゅっと噛んだ。それを合図に警備兵は報告を続けた。
「女子生徒一人の死亡を確認。またギル皇子のセキュリティガード一人が重傷。搬送中です」
カスガの表情が強張る。
「ノーブルコースゲート前から報告です。こちらでもギル皇子のセキュリティガード一人が重傷。また男子学生が内臓破裂や骨折、出血多量で搬送中。きわめて危険な状態です」
自分でも気付かぬうちにカスガは座っていた椅子から立ち上がっていた。
蒼白な表情のまま、自分の口元を押さえるしか出来ない。カスガのその様子にピネラ中尉は部下の一人に命じた。
「自治会長さんを休める部屋にお連れしろ」
しかしカスガは震える声でそれを拒否した。
「い、いいえ。私、友達の所へ行かなきゃ……」
ピネラ中尉は肯き命令を変えた。
「分かった。女性兵二名ほど、自治会長さんに同行して集中治療室へ向かってくれ。……優先して情報を得られるよう、医療班には伝えておきます」
振り返るとピネラ中尉はそう付け加えた。
「お心遣い有り難うございます」
一人で歩ける状態ではない。
女性の警備兵を二人付けて貰えるのは有り難かった。
カスガは女性の警備兵二人に両わきを支えられるようにして管制室を出て行った。
そんなカスガを見送ったピネラ中尉は天井を仰いで嘆息した。しかし報告はまだ終わらない。
「中尉殿、リープストリームの行き先が解析できました。そちらのディスプレイに転送します」
自分の前にあるディスプレイに転送されたデータを見たピネラ中尉はさらに厳しい顔つきになった。
「まだ終わらんのか!」
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