06-09:「交渉決裂か!」

「非常用通路は一旦、あの広間に繋がって、他のフロアにも分岐しています。あそこを抜ければ、後は中央区画まで一直線の通路が使えます」


 ジマーマン学園長は護衛の警備兵たちを連れて、非常用通路を移動中だった。ここ数年ちゃんとした運動などしたことが無かった学園長は、息を切らせて兵士たちに着いていくのがやっとの有様だ。


 非常用通路は三叉路になって広間に通じてる。警備兵たちからは他の通路の様子は壁の陰になって把握できない。


「了解しました。急ぎましょう」


 指揮を任されているパトリック軍曹は遅れてくる学園長にそう声を掛けた。その時だ。小走りに先頭を歩いていた警備兵が立ち止まった。


「動体センサーに感あり。音響反応も来ました」


「全員、警戒! 学園長、伏せて下さい!!」


 パトリック軍曹がそう叫ぶと同時に、広間を挟んだ向こう側にある非常用通路から対人制圧手榴弾が投げ込まれた。


「学園長、マスクを!」


 パトリック軍曹に言われるまま、学園長は馴れぬ手つきで首から提げていたマスクを着けた。マスクにはヘッドセットも着いており、ガスはもちろん大音響に対しての備えも万全だ。対人制圧手榴弾は広間でさく裂したが、警備兵や学園長は難なくそれに耐えることが出来た。


 続いてテロリストから呼びかけがある。


「我々は君たちと交戦する意思はない。すぐにここから立ち去れば攻撃はしない」


 聞いてすぐに合成音声と分かるのは、故意にそうしているからだろう。すぐにパトリック軍曹がマイクを通して反論した。


「よろしい。では諸君等も撤収してくれ。撤収したらこちらもこれ以上の攻撃はしない」


「それは受け入れがたい。我々はシュトラウス王朝から権力を簒奪したグレゴール・ベンディットが皇帝を名乗ることを認めぬ人々から要請を受け、その後継者を自称するギルフォード・ヴァレンタイン・ベンディットの排除を目的としている。その目的を達成するまでは退去するわけにはいかない」


「交渉決裂か!」


 パトリック軍曹は学園長の前でそうつぶやくと、広間に通じる通路の陰から様子を伺っているテロリストに向かって、手にしたアサルトライフルの銃口を向けた。


 同時に向こうからも銃撃が返ってくる。どうやら向こうもこの広間を抜ければギルのいる中央区画へ一直線だと分かっているらしい。ならばなおのこと、急がなければならない。


「おい、何か掩体代わりになるものはないか? 学園長、迂回路はありませんか?」


「そんな事を言われましても……。この非常用通路でさえ、滅多に使われていないんですから」


 そんなやり取りをしている間にもテロリストの方から発砲してくる。しかしあくまで牽制。威嚇に留めている。そうなると警備兵の方もなかなか本気で反撃しにくい。


「こんなものしかありませんよ」


 警備兵の一人が防火設備の扉を外して持ってきた。


「これを盾にして中央区画までの通路にたどり着けないか。こちらの方が近いんだ。入ってしまえば隔壁を下ろして奴らを足止めできる」


 そう言いながらパトリック軍曹は金属製の扉を盾にして、広間へ向かおうとした。こうなるとテロリストたちの反応も変わってくる。今度は最初から当てるつもりで銃を向けてきた。特に防弾処理もされてない扉はアッという間に穴だらけになり、パトリック軍曹は這々の体で退散してきた。


「くそ! もう少しなんだがな。あいつらは他のテロリストよりも軽装だ。一気に突っ込めば突破できるかも知れない」


「わ、私もですか?」


 学園長は震える声でそう尋ねた。そんな学園長の様子に、警備兵の一人が言った。


「皇子殿下に連絡して、向こうから救援を出して貰うのはどうでしょう? 奴らは中央区画の方から人が来ることは想定してないかも知れません」


「あの皇子さまが俺たちの為に人を割いてくれるかね」


 部下の進言にもパトリック軍曹はそうぼやくだけだった。


          ◆ ◆ ◆


「こんなところで出くわすとはな。しかもあいつら、管制室にいた連中だぞ」


「そりゃそうでしょう。この広間の通路は管制室と中央区画を結んでいるんですから」


 訳知り顔でそう言う部下を、フロッグリーダーことアンソニー・クックは横で睨み付けた。皮肉な事に、アンソニー・クック率いるフロッグチームは、ジマーマン学園長を警備している部隊と遭遇してしまったのである。


「ジマーマン学園長もいますね。警備兵ならいざしらず、なんでまた学園長がこんな所へ来たんでしょう」


 ヘルメットに内蔵された顔認証システムで学園長を確認した兵士は、フロッグリーダーにそう報告した。


「そりゃまずいな。学園長に何かあるとトラブルの元だ。しかしそれは向こうも同じだろう」


 フロッグリーダーはそう言うと部下を見回した。


「こちらの方が人数は多い。向こうは学園長を警護しなければならないから、行動も鈍るだろう。一気に突破する。フロッグ3、広間と中央区画へ向かう通路の間にある隔壁がどうなっているか確認してくれ。他はフロッグ3を援護だ」


「イエスサー!」


 フロッグ3は命じられた通り、慎重に通路を広間へと向かう。他のフロッグチームは警備兵たちへ銃撃を浴びせかけた。フロッグリーダーの予想通り、警備兵たちは学園長の警護を優先して反撃どころではない。


 こりゃギルが学園長を呼び寄せたか。場合によっては盾にするか、あるいは一緒に逃亡を図るつもりだったのだろう。フロッグリーダーはそう予想した。


「隔壁、降りてます」


 フロッグ3から連絡があった。


「突破できそうか?」


 尋ねるフロッグリーダーにフロッグ3は答えた。


「かなり頑丈です。手持ちの武器で破壊は難しいかも知れませんが、端末から侵入できればセキュリティの突破は出来ると思い……。ん、ちょっと待って下さい。隔壁が開きました」


「戻れ!」


 フロッグリーダーに言われずともフロッグ3は仲間の所へ戻ろうとした。フロッグチームは援護射撃をするが、広間の向こうにある隔壁は直接狙えない。そこからも銃撃が始まった。


「くそ、挟まれたか。隔壁の向こうにも警備兵がいるぞ。気をつけろ!!」


「う!?」


 どこかに銃撃を受けフロッグ3はよろめく。しかし簡易型とはいえボディアーマーを身につけていた為か致命傷ではないようだ。倒れ込むように仲間のところへ戻って来ようとする。


「フロッグ3!」


 フロッグリーダーが差し出した腕を掴もうと、フロッグ3も手を出したその瞬間だ。フロッグ3のヘルメットに閃光が瞬いた。続いてボディアーマーにも二つ、三つと閃光が奔る。そしてフロッグ3は力なく崩れ落ちた。


「どうした!? フロッグ3! フロッグ3……! エド!!」


 同僚の兵士が思わずその名を叫んでしまう。彼等はフロッグ3の手を取り、通路の陰に引きずり込んだ。


「衛生兵! すぐに来てくれ、フロッグ3!!」


 狼狽える兵士の中でもフロッグリーダーは落ち着いていた。頭部や胸部、腹部の弾痕から出血がない。代わりに細い煙が上がっている。それらを分析して一つの結論を導いていた。


「無駄だ、頭部をやられている。即死だ。歩兵携行型対人レーザーライフルに間違いない。しかし驚いたな。学園宇宙船に特殊部隊でもないと装備してないような物騒な兵器があるとは」


「畜生、倒れかけた所を狙うなんて!」


 憤る兵士をフロッグリーダーがなだめる。


「そりゃ向こうにしてみれば当然の行動だ。俺たちは奴らの家に土足で侵入したんだからな。フロッグ3は俺のミスだ。一人で先行させるべきではなかった」


「フロッグリーダー! 後ろの奴らが!!」


 フロッグ6が声を挙げた。見ると警備兵たちが学園長を中にして円陣を作り広間を抜けていくところだ。強行突破して、隔壁の向こうの仲間と合流するつもりだろう。


「くそ!」


 兵士の一人が銃を向けて発砲した。


「落ち着け、我々の目的はギルの排除だけだ。出来るだけ被害は押さえる方針に変わりない。無駄な殺しはするな!」


 フロッグリーダーは部下を注意してから続けた。


「この隙に我々も広間から隔壁へ向かいそこを突破して中央区画へ向かう。行くぞ!」

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