06-08:「誰が姐さんだ!」

 ミロたちが乗った宇宙ヨットは、学園宇宙船の小型船舶用ドックに到着していた。幸いテロリストの妨害はなく、ミロたちはすでにドック内に降りていた。


「船内イントラネットのサーバーがコンピュータウィルスに感染していて、はっきりした事は分からないが、このドックを中心にした区画ではそれほど戦闘は起きてないらしい」


 ドック内の船内案内用コンソールを操作していたスカーレットは、皆の方を振り返るとそう言った。


「そうか。偶然とはいえ、このドックに降りたのは正解だったな」


 ミロは拳銃と銃弾をチェックしながら答えた。


 火薬発射式の銃というのは数百年も前に技術的には完成の域に達してしまってるという。

 人間が手に持って使う以上、余り重くも出来ず、耐えられる反動にも自ずと限界がある。サイレンサーやレーザーサイト、非殺傷弾など用途や機能は広がったが、人類が宇宙へ本格的な進出を始めた21世紀の人間が、ミロの持つ拳銃を手にしても難なく使いこなせる程度の変化しかないのだ。


「兄貴、俺はどうしましょうか?」


 宇宙ヨットの乗降口からスピード・トレイルが顔を出してそう尋ねた。


「ワン老の事だ。大方、まだどこかに物騒なものを隠しているかも知れん。お前はそれを探してくれ。見つからなくて当然、見つかったら儲けものだ」


 ミロはそう答えたがスピード・トレイルは釈然としない顔だ。


「はぁ、でもいいんですか? キャッシュマンが人質になってるんですよ」


 そう言うスピード・トレイルにミロはにやりと笑って見せた。


「さっきも言っただろう? どうせ向こうも強くは出られないはずだ。なに、あれこれ文句をつけるようなら、出世払いにして貰うさ」


 いけしゃあしゃあと言ってのけるミロに、内心では呆れていたスカーレットだが、いちいちそれを口に出すこともしない。毎度反応していたら、切りが無いとも分かっている。


「まずは管制室に向かいましょう。ギル皇子や自治会役員も心配ですが、管制室に行かないと全体的な状況はわかりません」


「そうだな」


 そう進言したカスガにミロは肯いた。


「しかしどうする? 船内シャトルバスはみんな止まってるし、ここから管制室までは徒歩だと一時間はかかるぞ。それも隔壁が下ろされて通路が使えない場所があるかも知れない」


 コンソールの所から歩み寄ってきたスカーレットはそう尋ねた。


「一旦、最上部の都市フロアに向かう手もあるが、これまでの報告から察するに戦闘も起きてるようだ。巻き込まれる可能性がある」


 そう考え込むミロに、カスガは自分の携帯端末を取り出して言った。


「こちらの緊急用通路はどうでしょう。普段は閉鎖されているのですが、今回のような緊急事態があった場合、管制室から重要な部署へ向かう為に用意されたものです。車輌は通れませんが、この先にある階段から降りてすぐです。あとは管制室まで一直線のはずです」


 カスガが示す画面を見て、ミロは一時安堵したようだ。しかしすぐさまその表情はまた険しくなった。


「この通路があると言う情報は一般には秘匿されているのですか?」


「いいえ。教職員や自治会役員には公開されている情報ですが、それほど興味を持つ人もいないはずです。もともとこの宇宙船が軍艦として使われていた頃の通路で、今はいくらでも他のルートがありますから」


「では駄目だ」


 ミロは頭を振った。


「軍艦の頃から有る通路という事は、最初から設計図に載っていたはずだ。学園宇宙船を襲撃しようとする人間が、それを確認しないはずがない。ましてや重要区画を繋ぐものだ。テロリストも目を付けてるはずだ」


「しかしミロ。先程、状況を確認したが、その通路で戦闘が起きてるという情報は無いぞ」


 横からスカーレットがそう言ってきた。


「管制室側がすでに対策を取ったか。それなら我々も入れない可能性がある。あるいは正反対でまったく見逃して迎撃態勢を取っていないのか。いずれにせよ余り良い兆候ではないな」


「いや、でも……!」


 素っ気ないミロの答えに反論しようとしたスカーレットだが、カスガの言葉がそれを止めた。


「ちょっと待って下さい。思い出しました」


 そしてまた携帯端末で何かを検索した。


「いま車輌は通れないと言いましたが、軍艦だった頃は作業車輌が通れるくらいの広さは有ったんです。でも学園宇宙船に改装される時、そんなに広い通路は不要と言う事で、倉庫や部屋になりました。でも一部を壁や床で囲っただけで、通路としてそのまま残っているんです」


 再びカスガが見せた携帯の画面では、確かに緊急用通路と平行して別の通路が走っていた。しかしそれは途切れ途切れで、管制室まで繋がっていないようだ。


「管制室まで行けるのか?」


「分かりません」


 カスガは素直に認めた。


「本来はちゃんとふさがれていなければならない場所です。去年、一部の不良学生がここを見つけて、勝手に入り込み隠れ家にしていたんです。その時、簡単に調査しただけですから。でもこれならテロリストも把握していないでしょうし、他のルートを行くよりは早いはずです」


 どうする、ミロ。スカーレットがそう尋ねようとしたが、言葉が口に出る前にミロは決断していた。


「分かった。こちらの通路で行けるところまで行ってみよう」


 余りの即断振りに尋ねようとしていたスカーレットの方が慌てた。


「ちょっと待て、ミロ。もう少し考えなくてもいいのか? ほら、他にも別ルートが有るかも知れないだろう」


 そんなスカーレットに宇宙ヨットの方からスピード・トレイルが突っ込んだ。


「ミロの兄貴が言い出したら聞かないってのは、あねさんも分かってるじゃないですか。聞くだけ野暮ってもんですよ」


「誰が姐さんだ!」


 スピード・トレイルに一つ反論してからスカーレットは改めてミロへと向き直る。そのスカーレットが口を開く前にミロは答えた。


「時間が経てばどうにかなる問題でも無い。むしろ事態は悪化する。ならばすぐに動いた方がいい」


 そしてミロはスカーレットの答えを待たずにドックの出入り口へ向かった。


「カスガ会長。例の通路にもこの先のリフトを降りれば行けるんだな」


「は、はい」


 カスガも首肯して慌ててミロを追った。


「スピード・トレイルの端末に通路の情報を送っておく。何か使えそうな武器を見つけたら、すぐに俺たちを追いかけてくれ。ただし無理はするなよ」


「分かりました、兄貴。それと気をつけて下さいよ、姐さん」


「だから姐さんではないと言ってるだろう!!」


 二人を追いかけるスカーレットだが、からかうスピード・トレイルに律儀にまた言い返した。


「んじゃ、奥さん。それとも女将さんですかね」


「どっちも駄目だ!」


 そう言い残してスカーレットはドックを出て行った。


 まずいな……。


 ミロはもちろん、スカーレットもそう感じていた。背後で締まるドアの向こうにいるスピード・トレイルも感じていたかも知れない。


 今のやりとりにカスガはにこりともしないのだ。笑う余裕などないのは当然だが、緊張していて周囲の状況が頭に入らないのでは困る。


 ミロはスカーレットに目配せする。それにスカーレットも肯いた。カスガを頼むという事だ。普段ならそのやり取りに気付かぬはずがないカスガだが、やはり思い詰めた表情のままだ。


「あの階段ですか? 会長」


 通路の先に見える階段を指さし尋ねるスカーレットに、ようやくカスガは我を取り戻した。


「え、はい。そうです。そのはずです。B-982フロアの第一六番階段。間違い有りません」


「誰もいないようだ。急ごう」


 周囲を確認してミロはそう言った。階段は金属製の扉とドアが着いており、長い間、使われていなかったようだが、ミロの手に埃を着けただけで難なく開いた。そのまま階下へと向かう。この辺りで戦闘は行われていないはずだが注意するに越したことはない。


「もう1フロア分下に降りて下さい」


 1フロア降りたところでカスガがそう指示した。ミロたちはさらに1フロア、階段を小走りに駆け下りたが、そこも金属製のドアで閉じられていた。ミロはノブを回してみたがドアはびくともしない。


「そこじゃ有りません。こちらです」


 カスガは壁際に歩み寄り、埃をかぶった机や椅子をどかした。その向こうから見えてきた壁には、ちょうどかがみ込んだ人ほどの大きさに金属板が貼り付けてある。


 それは貼り付けたわけではなく、ただ建てかけた所を机や椅子で支えていただけらしい。カスガが手を掛けただけで、金属板は簡単に壁から離れた。言うまでもなくその向こうには穴が空いていた。


「俺が先に行く」


 ミロは二人を制して穴に入った。宇宙ヨットから拝借してきた備品のハンドライトを点けてみると、宙に埃が舞うのが分かる。壁からすぐに閉鎖された通路があるようだ。


 覗き込んでみると所々に建材らしき金属パイプやコンクリートブロックが放置されているが、移動の障害になるようなものはない。


 天井は随分低く、ミロは屈まないと歩けそうにないが、スカーレットやカスガなら立ったままでも大丈夫だろう。


「行けそうだ」


 そう声を掛けるとスカーレットとカスガも入ってきた。


「これは……、随分と埃まみれだな」


 スカーレットは制服のポケットから取り出したハンカチで口元を覆ってぼやいた。


「我慢しろ。それにこの埃なら、最近、誰か通ったかが一目瞭然だ。今の所は安心して通れる」


 ミロはそう言うと埃が積もった閉鎖通路へ踏み出した。

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