06-03:「そんなわけで、俺、人質」
『おお、アルヴィン……。じゃねえ、ミロか。手頃な船が見つかったぜ。いまスピード・トレイルが乗り込んだばかりだ。どこの桟橋に着ければいい?』
ミロの携帯から聞こえたのはエレーミア・ラウンダーズの金回りを担当しているキャッシュマン・バンクの声だ。
「313-B桟橋だ。分かるか?」
『OK、分かる。近くだな。すぐに着きそうだ。詳しくは着いてからだ。俺はクルマで行くからな』
ミロがキャッシュマン・バンクに小型で頑丈な足の速い宇宙船の手配を頼んだのはこのリムジンに乗ってから。
まだ10分と経ってはいない。あっという間に宇宙船を探してきたキャッシュマンの手腕にカスガはもちろん、スカーレットも唖然とするだけだ。
「……宇宙船ってそんな簡単に調達できるものなのですか?」
カスガがもっともな疑問を口にした。
「普通は無理だな」
携帯を切ったミロはそうとだけ説明するとリムジンのウィンドウに掛かっていたカーテンを開けた。
そろそろ指定した313-B桟橋だ。
学園宇宙船のゲートと連結していた桟橋は余りにも巨大だった為、ハイウェイか何かにしか見えなかった。しかし小型宇宙船用の桟橋は、惑星上の海にある桟橋と大して変わりの無い形状をしている。
最大の違いは宇宙に突き出している為、大型のエアロックが装備されており、周囲を透明なパネルで包まれている事だ。
その透明なパネルを通して接近してくる小型宇宙ヨットの姿が見えてきた。どうやら313-B桟橋へ接近してくるようだ。キャッシュマンの調達した宇宙船のようだ。
宇宙ヨットは桟橋へ激突するかのような速度で接近していたかと思うと、その寸前で急減速。くるりと船首を巡らせて、今度はゆっくりと接舷してきた。フィギュアスケートの演技を思わせる優雅な操船だ。
「操舵しているのはスピード・トレイルか。大口を叩いているのは聞いた事があるが、実際に見るのは初めてだ。言うだけの事はあるな」
スカーレットは感心したようにそう言った。
「三輪車から恒星間タンカーまであいつに操縦できないものはない。本人は戦闘機のパイロットになりたいそうだがな……」
ミロは言葉を濁した。その口調から傑出した腕前を持つスピード・トレイルを戦闘機パイロットなどという危険な職業に就けたくないという心情が察せられる。少なくともスカーレットはそう受け取っていた。
三人を乗せたリムジンは自動運転のまま桟橋にあるエアロック前に到着した。ほんの少し遅れて別のリムジンが到着する。ミロたちが乗っているミナモト家のリムジンとは違い、人間が運転していた。
今時そんな真似をするのはよほどの金持ちか道楽者か、その両方だ。
ミロがクルマを降りるのと同時に、向こうのリムジンもドアを開いた。
中から降りてきたのは一目でそれとわかる派手な服装のキャッシュマン・バンクと、東洋系の小柄な老人だった。白い髭を長く伸ばした、昔の絵に出てくる仙人のような姿だ。
「急な依頼ですまなかった、キャッシュマン」
「ああ、構わないって。俺に出来るのはこの手の仕事だけだ。銃の扱いだってろくに出来ないし、宇宙船の操縦だって危なっかしいからな」
そう言ってキャッシュマンは笑った。そして傍らに立つ老人に顎をしゃくった。
「こちらがあの宇宙ヨットの持ち主。ミスター・ワンだ。例のワン貿易のCEO」
ワン貿易はミロも聞き覚えがある。犯罪まがいの強引なやり方で業績を伸ばしている貿易会社だ。
「ご協力感謝する。ミロ・アルヴィン・シュライデンだ」
老人はミロが差し出した手を無視して頭を下げて自己紹介した。
「どうも、ワン・ツーサンです」
「あ、はい」
妙に慇懃な態度にミロも当惑を隠せない。反射的に老人に習って頭を下げてしまった。
「オヤジの会社が貸した金を帳消しにする代わりに一時、借り受ける事にした。なぁに、どうせ踏み倒されるんだ。どっちでも同じだ」
そう言ってキャッシュマンは笑った。
「お~~い、ミロ! すぐに出せるぜ、行かなくてもいいのか?」
エアロックの方から、宇宙ヨットを降りたスピード・トレイルがそう声をかけてきた。
「分かった、すぐに行く! 会長も同行されますか?」
「あ、はい。そうしていただけるのなら」
ミロに問われてカスガは肯いた。
「よし、それでは急ごう」
スカーレットにも声を掛けてミロはエアロックへ駆け出そうとした。しかしキャッシュマンがその場から動かないのを見て振り返り声をかけた。
「キャッシュマン、お前はどうする?」
「あ~~、それなんだがな。実は借金を帳消しにしてやるだけじゃ、宇宙ヨットのレンタル料が足りないって言うんだよ。ミスター・ワンは」
キャッシュマンはそう言うとホールドアップの姿勢を取り付け加えた。
「そんなわけで、俺、人質」
キャッシュマンが腕を上げたのでようやく分かった。ワンは手に拳銃を握り、キャッシュマンの脇腹に突きつけているのだ。
その光景にミロは微笑んだ。
「分かった、なるべく壊さないように返す。なるべくな」
「なるべくだぜ、なるべく」
キャッシュマンも苦笑しながらミロにそう返した。
ミロたちはスピード・トレイルに続いてエアロックをくぐり、ワンから借りた宇宙ヨットに乗り込んだ。
中は意外と狭い。本来はもっと広いはずのキャビンも数人が乗れば一杯だ。後から色々と手を加えたのが一目で分かる構造だ。
装甲やエンジンも強化してあるのだろうが、それ以外にも隠し倉庫の一つや二つ追加してあってもおかしくない。
しかし今はそれを詮索している余裕はない。ミロたちはスピード・トレイルと共に操縦席に入った。
「状況はどうなってる? 通信は回復したか? 被害は把握できてるのか?」
「一度に聞かないで下さいよ~~」
一つ泣き言を言ってからスピード・トレイルは答えた。
「通信が復旧していないので、学園宇宙船内の状況はまだよく分かりません。宇宙港の管制局もはっきりと答えてくれないんです。あっちもちゃんと状況を把握してないじゃないですかね」
キャノピー越しに学園宇宙船を見つめるカスガは、その言葉にきゅっと唇を噛んだ。
「それと学園宇宙船ですが、ただふらふらしてるわけじゃなくて、リープ閘門に向かっているようです。偶然なのかリープストリームに入って、この空域から脱出しようとしてるのかは分かりませんが……」
「学園側にはリープストリームで逃走するメリットがない。何かのトラブルか、それとも……」
「テロリストに乗っ取られたのかも知れないぞ」
後の言葉を敢えて濁したミロだが、スカーレットがその可能性に言及してしまった。
「そんな……!?」
驚くカスガがこれ以上動揺しないうちに、ミロはスピード・トレイルに言った。
「とにかく急ごう、ここで何を言っていても無駄だ」
「分かってますって。ちょっと黙ってて下さいよ」
スピード・トレイルは急ぎ発進準備を整えた。
◆ ◆ ◆
「おい、爺さん。銃はもういいのかよ」」
ワンが銃口を下ろしたのに気付いてキャッシュマンはそう言った。
「もとより船の代金などどうでもいい。お前や親父殿が大層気に入ってるという少年の顔を見て起きたかっただけだ」
「結構なイケメンだろ?」
笑ってそう言うキャッシュマンを残してワンはリムジンに乗り、運転手にホテルへ戻るように指示した。そして桟橋に残ったキャッシュマンに向かって言った。
「ヨットのレンタル料は出世払いにしてやる。しかし必ず返せよ。返さぬと貴様等親子がどうなるか分かっているだろうな」
「どっちが金貸しか分からん台詞ですねえ。いや、もちろん返さないとどうなってるのか分かってますって」」
キャッシュマンが肩をすくめるを見て、ワンはにやりと笑いドアを締めた。
「お気に召しましたか、あの少年」
走り出したリムジンの中で隣席に座っていた男性秘書がそう尋ねた。
「肝が据わっておるのは分かった。人間、肝が据わっていれば大抵の事は出来る。恵まれた環境、恵まれた才能がありながら、いざという時に怖じ気づいて失敗した人間を、わしは何人も見てきている。それにわしが見ていたのは、あの少年ではない。周囲の人間だ」
その言葉に秘書は興味を持ったようだ。
「あの黒髪の娘。ミナモト公爵の長女ですね。しかも見た限りミロという少年にかなり信頼を置いていると思えます」
秘書の言葉にワンは肯いた。
「バンクの息子も同じようだ。まだ確実な評価は下せんが、面白そうな人材であるのは事実だ。例の噂は本当かも知れんな」
「ナーブ辺境空域で偽辺境泊を打ち倒した英雄。そして皇位継承者、あるいは偽皇子。色々な噂がありますが……」
秘書の言葉にワンは直接答えない。しばし黙考した後につぶやいた。
「いずれ本物のミスター・ワンに引き合わせても良いかも知れぬ」
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