04-06:「馬鹿は容赦、加減というものを知らない」

「……あいつか」


 事務棟から出てきた男にミロは目を留めた。


 自分よりやや長身。帝国学園士官候補生コースの制服は下だけ。上には派手なジャケットを羽織っている。


 髪は金髪、そして赤と緑に染め分けていた。遠目にも分かるほど派手なピアスを耳にいくつもぶら下げている。


 その最後には屈強な黒服の男が三人。


「なんだ、あいつは。まるで田舎のチンピラ崩れだな。それも口と態度ばかりがデカいタイプだ」


 ミロは身なりからギルをそう評した。その評価にスカーレットは噴き出しそうになるを押しとどめ、声を潜めてミロに注意した。


「ギルが最後にお前……、ミロにあったのは拉致される直前、三年前の自然学習キャンプの時だ。それに十年ほど前にパーティーで三、四回顔を合わせていると聞いている。どちらも大した事は起きてないはずだが、何を聞かれても適当に話を合わせておけ」


「そうだな」


 スカーレットの言葉にミロは肯いて見せたが、すぐにそれとは裏腹の言葉を口にした。


「どうせミロもあんな奴の事は覚えていたくなかっただろう」


「……なっ!?」


 その言葉にスカーレットが狼狽してると、ミロは足を速めてさっさとギルに近づいていってしまった。


「お久しぶりです。兄上。それともギル殿下の方がよろしいでしょうか?」


 やにわに和やかな笑みを浮かべてそう話しかけてきたミロに、ギルの周囲にいたセキュリティガードたちは思わず身構えた。


「おい、止せ」


 セキュリティガードを制止するとギルは足を止めたミロの方へ自分から近寄る。そしてしばしミロをしげしげと眺めた後にようやく言った。


「お前、ミロか? ミロ・シュライデン……。いや、ミロ・ベンディットだな」


 最後の一言は小声だ。ギルのその言葉にミロは笑みを浮かべたまま、やはり小声で言い返した。


「はい、お久しぶりです。ギルフォード・ベンディット殿下」


「ふん……!」


 そんなミロをギルは鼻で笑う。


「学園外でも色々と噂が流れているぜ。大層なご活躍振りじゃねえか。おかげでお前がこの学園にいるのが分かったくらいだ」


 まさに虚勢を張るチンピラのような口ぶりだ。しかしミロはそんな虚勢に動じる人間でも無い。


「別に大した事はやっていませんよ。噂というのも色々と尾ひれがついて回るものです」


「そうか……?」


 ギルはミロの方へぐいと顔を寄せる。一方のミロも笑みを浮かべたままで一歩も引き下がる気配は無い。


「色んな噂があるぜ?」


 ギルが念を押す意味は明白だ。本物のミロ・ベンディットは失踪もしくは死亡している。いま学園にいるミロ・ベンディットは影武者だ。ナーブ辺境空域で偽辺境伯マクラクランを倒した英雄ミロはミロ・ベンディットと同一人物だ……。


 ミロに関する様々な噂がある事を強調して探りを入れているのだ。


「今も言ったじゃないですか」


 表情と口調は相変わらず柔和。しかしミロの雰囲気は一変した。


「噂には色々と尾ひれがつくものですよ。ギル殿下」


 その言葉からは有無を言わさぬ気迫を感じる。虚勢を張っていたギルも小さく呻いて数歩後退ってしまったほどだ。

 その様子にセキュリティガードたちが割って入ろうとした。


「止めろ、俺に恥をかかせるのか!」


 ギルは慌ててセキュリティガードたちを制止した。その間は背後で様子を見守っていたスカーレットに割って入る余裕を与えてくれた。


「ミロ、話は……」


 スカーレットの姿を見るなりギルはにやりと笑みを浮かべた。その笑みに女性として本能的な嫌悪を感じたスカーレットは、それ以上話すこと無くミロの背後に隠れてしまった。


「なんだよ、おい。少しばかり小便臭いがなかなかいい女じゃないか。誰だよ、ミロ。お前のすけか?」


「ああ、彼女ですか?」


 ミロはスカーレットの方へ頭を巡らせて言った。


「俺の婚約者という事になっています。スカーレット・ハートリーです」


 名前を呼ばれたスカーレットはミロの背後から飛び出すと、思い出したように敬礼をしてみせた。


「ご紹介にあずかりましたスカーレット・ハートリーです。現在、この学園の士官候補生コースに在学中であります」


「は……! お前とはお似合いだぜ、ミロ」


 堅苦しい挨拶をするスカーレットをギルは鼻先で笑い飛ばした。


「はははは、ご冗談を」


 これまた笑い飛ばすミロに、スカーレットはどう反応していいのか分からず、二人の間でおろおろするだけだ。


「ああ、そうだ。婚約者で思い出したぜ。ミロ」


 突然、真顔に戻ると婚約者の部分に力を込めてギルは言った。


「お前の妹はどうしてる? ルーシアと言ったよな」


「ルーシアですか? 身体が弱いのは相変わらずですが、最近は大病もせずに元気にやっていますよ」


「お前より二つ三つ下だったな。どこの学校に通っている? この学園にいるんだろう!?」


 重ねて尋ねるギルにミロは笑みを浮かべたたまで答えた。


「俺が何と答えてもギル兄さんのお考えは変わらないのでしょう?」


「貴様……!」


 反射的にギルはミロに掴みかかろうとした。しかしその手は途中で止まる。笑みを浮かべたままだが、ミロは鋭い視線でギルを威嚇しているのだ。その威圧感に気圧されるように、ギルは手を引っ込めた。


「まあ、いい。お前の言う通りだ。俺の考えは変わらない。そして俺は俺の好きにやらせて貰う」


 ギルはそう言い放つとミロの横を通り抜ける。そしてすれ違いざま、捨て台詞のように言った。


「俺の邪魔をするなよ、ミロ。お前が何者であっても、俺の邪魔をする奴は容赦しねえ。それは他の連中も同じだ。ちゃんと伝えておけ、分かったな。ミロ」


「覚えておきましょう」


 ミロはそう答えたが、決して承知したとは言わなかった。ギルはセキュリティガードを伴ってそのままリムジンの前まで歩いて行ったが、車内に乗り込む直前、思い出したようにまたミロに警告した。


「分かってるんだろうな。俺の邪魔はするなよ、絶対にだ。邪魔したらどうなるか分かってるな!!」


 しかしミロは答えなかった。ギルはそのままセキュリティガードと共にリムジンに乗り、そのまま走り去ってしまった。


「……なんだ、あいつは」


 呆れたようにそうつぶやくスカーレットにミロは即答した。


「ああ、ただの馬鹿だ」


 しかしそう言うミロの表情は厳しい。


「だがあの手合いに力を持たせるのはまずい。馬鹿は容赦、加減というものを知らない。知らない事を己の強さの証明と勘違いするからな。知恵がある相手なら落としどころが探れるが、ただの馬鹿はそうもいかない」


「……お前、皇族に対しても辛辣だな」


 馬鹿を連発するミロにスカーレットは呆れたようだ。


「いずれにせよあいつの目的はルーシアだ。旧皇帝派の抱き込みを考えているのだろうが……」


 そうつぶやくミロに肯いてスカーレットは答えた。


「そうだな。ルーシアの面倒を見て貰ってる娘とも対策を考えねばならないな」


 そんな二人の前でギルを乗せたリムジンは事務棟区画から出て行った。

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