04-05:「男の事はどうでもいいんだ」

「母君から話は伺っていますが……。しかしいくら何でもこれだけの私物持ち込みはちょっと……」


 ジマーマン学園長はほとほと困り果てた顔で目の前のギルを仰ぎ見た。


 ギルは入学の挨拶に学園長室を訪れたのだが、そんな雰囲気とはほど遠い緊張感が漂う。


 そもそもギルは傍らに黒服の男三人を伴っているのだ。ギルが言うには彼専任のセキュリティガードだそうだ。


 そもそも帝国学園宇宙船に足を踏み入れる事が許されているのは生徒、学生、教職員に警備員、警備兵。あとは宇宙船の乗員に保守点検要員だけ。


 見学や取材などのため部外者が短期間、滞在する事はあっても、自分専用のセキュリティガードを伴うなど認められていない。ただでさえVIPの子弟がほとんどなのだ。そんな事を認めたら学生、生徒よりもセキュリティガードの方が多くなってしまい、学園の運営どころでは無い。


 それに加えてギルは大量の私物持ち込みを申請したのだ。上級貴族出身の生徒、学生たちは家財道具一式を持ち込む事は珍しくない。しかしギルの場合、持ち込む物の種類が違うのだ。


 武器、兵器が少なからずある。セキュリティガード用の装備と言う事だが拳銃や自動小銃に対人レーザーライフル、さらにはロケットランチャーまである。


 いくら皇位継承者の護衛用と言っても、いささか行き過ぎだ。


「いいかい、学園長さん。俺は皇子さまなんだ。先月には記者会見をやって公式に皇子である事を発表したんぜ。それなりの警備体制は必要だろう? なに一個小隊必要ってわけじゃねえ。こいつら三人と装備品の持ち込みを許してくれればいいんだ」


 足を組んで椅子に座ったギルは露骨に横柄な態度でそう言った。


 ジマーマン学園長はウィルハム宇宙港へ到着する直前、ロンバルディ侯爵とアリシアからギルをよろしく頼むと連絡を受けていた。


 あまり評判は良くないとはいえ侯爵と皇帝の側室自ら懇願されてはそう無碍にするわけに行かない。


 そしてなによりジマーマン学園長は、何度かロンバルディ侯爵とカジノで同席しており、散財している場も見られているのだ。


 それそのものは決して犯罪では無いが、教育者としては好ましい姿では無い。ロンバルディ侯爵はその件には触れていなかったが、いざとなれば持ち出してくるのは間違いない。


 そうなれば進退問題に発展するのは避けられないだろう。


 穏便に済ませたかったジマーマン学園長だが、ギルは後ろ暗いところがあると知ってか知らずか、さらに要求をエスカレートさせてきたのだ。


「ああ、ついでにいつでも脱出できるように、俺専用の小型艇を用意してくれ。もしもの場合、困るだろう? 俺の寮から直接、行けるドックに繋留してくれよ」


 さすがこれ以上は看過できない。ジマーマン学園長は脂汗をぬぐいながらようやく反論した。


「殿下。お気持ちは察しますが、この帝国学園宇宙船はテロを未然に防ぐために、航路を明かさずに宇宙を航行しているのです。警備はこちらにお任せ下さい」


「信用できねえなぁ。なにしろ学園内での紛争だって治められなかったんだろう」


 そう言うとギルはけらけらと声を挙げて笑った。ジマーマン学園長は拳を握りしめるが、怒りを押し殺すだけで何も反論することが出来なかった。


「でよ、おっさん。一つ聞きたいんだがな」


 学園長をおっさん呼ばわりしてギルは身を乗り出した。


「学園内で起きていたポテトローカストの紛争。それを鎮めたのがミロというガキだってのは本当か?」


 やはりか……!


 ジマーマン学園長は二つの意味で納得した。ギルが興味を持つという事は、やはりあのミロ・シュライデンと名乗る少年も皇位継承者。つまり皇子なのだろう。


 そしてギルがこの学園への入学を突然表明したのも、ミロが何かしら関係しているに違いない。


「ま、まぁ実際の所、紛争を収めたのは現自治会長である、ミナモト公爵のご息女カスガさんの手腕ではありますが……」


「お、ミナモトの所のカスガか。結構いい女って噂じゃないか。やらせてくるかな、どうかな。おっさん」


「それは……。私の口からは何とも……。身持ちは堅いと聞いてますが……」


 何とか話題を逸らせる事に成功して、ジマーマン学園長がホッとしたのも束の間だった。ギルはまた身を乗り出して詰問してきた。


「おっさん、今ほっとしただろう? 俺がミロからカスガに話題を移して、ほっとしたな? ミロがやったんだな? シュライデン家のミロが在学中なのは確かなんだな!?」


「そ、それは……。誰が在学しているのかは、生徒の個人情報になりますので。入学前においそれと……」


 しどろもどろになるジマーマン学園長に、ギルは目の前のテーブルをバンと叩いて立ち上がった。


「まぁ男の事はどうでもいいんだ。俺が本当に知りたいのはミロの妹ルーシアがこの学園にいるのかどうかだ。ミロは妹のルーシアを大切にしていたからな。シュライデン家に一人置いて行くとも思えん。今しがたおっさんが言ったように、むしろこの学園に居た方が安全だ。特に中等部女子寮は厳重な警備になってるらしいからな。それなら一緒に入学したんじゃねえか。どうだい、おっさん学園長さんよ!!」


「ひ……!」


 ギルの怒声にジマーマン学園長は思わず実を仰け反らした。


 ミロも皇子だというのは確かにせよ、その妹ルーシアになぜギルが固執するのか。ジマーマン学園長には分からなかった。


 ミロが皇位継承者ならルーシアにもその権利はあるはずだが、皇帝グレゴールは側室一人につき一度しか子を産ませないとも聞いている。それならルーシアは権力争いには無縁のはずではないか。


 ジマーマン学園長の顔にその当惑が浮かび出ていたようだ。


「ちゅ、中等部女子寮にいるのならなおさらです。あそこは教職員と言えども、男性は簡単に近づけません。学園長の私でも同じです。ましてや生徒の個人情報は……。すいません、これ以上は勘弁して下さい」


 どうやら中等部女子寮にルーシアがいるのは確かなようだ。しかし簡単に入り込めないという事も分かった。今これ以上、問い詰めても無駄なようだ。ギルはそこで引き下がった。


「まぁいいさ。入学した以上、あとは自分で学園内を探させて貰うぜ。おい、行くぞ。スミス、イワノフ、サトウ」


 ギルはそう言うと三人のセキュリティガードを伴って、挨拶もせずに学園長室を出て行ってしまった。


「ああ、何という事だ……!」


 ギルが出て行った後の学園長室でジマーマン学園長は思わず頭を抱えて呻いた。


 これまで何度かトラブルはあったが、それでも何とか学園長を務めてきた。このまま定年まで勤め上げれば勲章の一つも貰い、老後は悠々自適の生活が待っていたはずだったのだ。


「皇子が、皇位継承者が来るのはいい。しかしなぜ寄りによって、あんなトラブルメーカーが……」


 ジマーマン学園長は己の不運を呪った。


 何事も無ければいいのだが……。


 そう思うジマーマン学園長とは裏腹に、運命の歯車は無慈悲に回っていくのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る