エピローグ:元・異世界勇者田中くんと元・魔法少女佐藤さん


「仕事がなーい!!」


 瑠璃之丞の絶叫が事務所に響き渡った。

 その声に反論するように田中は答えた。


「何を言っている。仕事ならあるだろう。ほら、犬の散歩とか」


「そういう安いのばっかじゃない」


「仕事に安いとか高いとか区別することは良くないと思う。どれも依頼人からのありがとうを貰える素敵な仕事……」


「ありがとう、だけじゃ貯金は増えないでしょう? 最低限の単価利率は必要なのよ! くそぉ、この一ヶ月でブームを逃したぁ」


 どこか危機感の薄い田中の姿に溜息を吐き、瑠璃之丞はぐでっとソファーへと倒れ込んだ。


 一ヶ月。

 あの傍迷惑な事件が起きて一ヶ月の時間が経った。


 振り返ってみれば怒涛の時間だった。

 アズールとアレハンドロを打ち破って終わり……と言うわけにはいかず、その後の処理がともかく大変だった。

 儀式魔法自体は防ぐことが出来たものの、その異様な光景は街の住民の誰もが見る

羽目になり、電子媒体でも無数の記録が残ってしまった。


 幸い、エクセリオンを使えば電子データの削除や改変はいくらでも可能で、今の情報化社会というのは逆にデータとして残っていなければいくら「この眼で見た」という証言があったとしても信頼はされない時代だ。

 瑠璃之丞が学校に仮病の届け出を出し、誘導したお陰で何とか集団幻覚と言うことで世間が落ち着くまでに一ヶ月の時間がかかった。


 そう一ヶ月である。

 その期間、アフラフは急な休業状態を余儀なくされてしまったわけだ。



「ネットの流行り廃りって早い……」


「あはは、佐藤先輩。ご愁傷さまと言うか何というか」


 玲が苦笑交じりにコーヒーを注いで用意したをちびちびと飲みながら瑠璃之丞は怨嗟の声を上げた。


「田中だけでも仕事を続けていれば……」


「そうは言ってもな。儀式魔法の弊害かどうかはわからないが、異世界魔法に目覚めた者が近辺に発生してこっちはこっちで大変だったんだ。田中も頑張った」


「知ってるわよ、ったく。はー、あれだけ依頼があったのにー」


「元が身の丈に合ってなかったんだ。一歩ずつ頑張っていけばいい」


「そうだけどさー……くそっ、アレハンドロのやつ。どれだけネット工作をしていたんだ」


 一ヶ月の休業期間を終え、満を持して活動を再開をしたアフラフだがその勢いは明らかに失速していた。

 依頼数も少ないし、依頼の内容だって犬の散歩の代行や、子供の面倒の代行や交通安全教室の助っ人の代行……。


 ――いや、そこら辺は普通か。そもそも代行業だって言ってるのに事件の解決を頼まれるのがおかしいか。


 それもこれも全てアレハンドロの仕業である。


 二人を巻き込むために色々とネット上で手を尽くし、そのお陰でアフラフは盛況だったわけだがそのドーピングも無くなり、さらには休業期間も開いてしまったがために最盛期の三分の一の仕事量になってしまったというわけだ。

 瑠璃之丞が荒んでいるのはそれが原因だった。


 とはいえ、だ。


「まぁ、田中の言う通りこれが身の丈に合った仕事ではある……か」


「そうそう」


「そもそも普通なら捌けない量を田中が無理矢理回してただけだしね。一時的とはいえ知名度を広められただけ無駄じゃなかったと思うしかないわよね」


「そうですよ、人生は前向きにです!」


 無論、アレハンドロに出来たことなら瑠璃之丞とてエクセリオンを使えば同じことが出来るのだが、それを指摘するような者は誰も居なかった。


「それにしても玲もこのまま事務所に居てくれて助かったわ。巻き込んだのは事実だし、正直……」


「距離を取られるかと?」


「ま、まあ、そうね」


「確かにちょっと怖い思いもしましたけど、助けてくれたじゃないですか! それにほら……私も何かと物入りな高校生なのでちょっとバイト代とか欲しいなーとか思っちゃったり?」


「……ふふっ、そっか。でも、まあ甘えたって色は付けないけどね? バイト代は最初に示した通りだからね。私、経理には厳しいの」


「ちぇー」


 瑠璃之丞と玲。

 先輩と後輩の間に買わされる穏やかなやり取り。


 玲のは正体をばれてしまった。

 だが、あくまでもかつて魔法少女としての記憶と記録の抹消を行ったのはミッフルだ。

 初めからそういう契約で力を得て、そして相棒である彼の存在は帰ってしまった。

 だからこそ、彼女たちの関係は続けようと思えば続けれたのだ。


 それでももし仮に玲が忘れたいというのであれば、消し去る覚悟を瑠璃之丞は持っていたのだが……。


「まあ、佐藤が気にしていていたのはどっちかというと魔法少女云々のことより年r――」


「その口を今すぐ閉じろ田中ァ!!」


 相も変わらず余計なことを言い出す田中に瑠璃之丞の怒声が飛んだ。




「わ、私はあまり気にしていませんよ! 大丈夫です……さ、佐藤


「やめなさい。玲、それは冗談でもやめなさい。ちょっと年齢で距離感を置こうとするのはやめなさい」


「いや、まあ、一つ年上だと思ってたら三つも年上だったら仕方ないのではないかと田中は思うわけで……」


「やめろ、田中ァ! やめなさい」


「十代と二十代との間には天と地ほど壁が――」


「それ以上、言ってみなさい? 泣くわよ? 恥も外聞もなく泣き喚くわよ? 仲良かった年下の後輩に、「さん」付けされて態度に距離を置かれたら……私は私は……っ!!」


「じょ、冗談ですから! 冗談ですからね! ほら、冷蔵庫開けないでチューハイ缶に手を伸ばさないで?! 先輩! ほら、魔法少女は不屈なんでしょ?」


「もう大人だから……っ! 大人になるって成長も出来るけど弱くもなるのよ!」


「真理だなぁ」


「田中さんも慰めてください!? ほら、昼間からお酒はやめましょう先輩! ビールならいいということでもありません!」


「これが仮にも魔法淑女レディとかイキり散らかしてたやつの姿か?」


「うるせーばーかー! 田中ばーかー!」


「田中を馬鹿にすることは田中としては許せないぞ!」


「うるせぇ! というかお前はいい加減、本名を教えろよ!」


「田中は田中だが?」


「そうじゃなくてだな……」


「田中さん、その件については私からもお話が――」


「さーて、田中は今日も元気に仕事をするとするか」


「田中さん?」


 いそいそと身支度を整え逃げ出そうとした田中であったが、玲の一言によってシュンと抑え込まれてしまった。


 おかしい、ただの純正一般人である玲だが何故かこの事務所において元・異世界勇者田中元・魔法少女佐藤よりもヒエラルキーが上になっていた。

 根本的にダメ人間な二人としっかり者の差なのだろうか。



「では、佐藤先輩。依頼の方に行ってきますね」


「昼には一度帰ってくると思う」


「おっけー、じゃあそれまで事務所仕事でも片付けておこうかねー」



 そんな言葉を交わしながら三人は日常を謳歌する。



 人知れず世界を救って、また何でもない日常を過ごす。

 それは元・異世界勇者と元・魔法少女にとってはいつも通りのこと。



 あるいはまた異世界から魔王軍幹部が復活したり、遠い星から侵略者が来るかもしれないが……。



「今日の夕飯はカレーがいいな……後でメール打っておこうッと」



 そうなったらそうなったで、彼らは人知れずに戦って……そして、日常に戻るのだ。


 だってそれが二人の欲していた、守りたかったものなのだから。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

元・異世界勇者と元・魔法少女のその後の日常 くずもち @kuzumochi-3224

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ