第二十四話:元・魔法少女は思い出す
ハッピースター星が批准している宇宙連盟において、あるルールが存在する。
それは文明の未発達な星への介入は極力してはならない、というもの。
未だ宇宙に出ることも出来ない未開の星への干渉は、その技術格差から友好的な接触のつもりであったとしてもただの侵略にしかなり得ない。
その星の知性体の進化を捻じ曲げてしまう。
だからこそ、基本的に連盟に批准していない他の星へは不干渉。
宇宙に飛び立ち、一定以上の宇宙を渡る技術を手に入れるまで進化した時、初めてお客人として迎え入れよう。
そう言う趣旨のもの。
例え、その星が仮に滅びに向かっていたとしても……干渉を許されない。
自らの星は自らの手によって守るべきであり、過ちを起こし滅びようとしているのならばそれもまた天命。
それが宇宙連盟の基本的な考えである。
そして、それは外星人による侵略を受けた場合でも同じだ。
イビルスター星は宇宙連盟に批准していない。
仮に宇宙連盟の星を侵略しようとしたのならともかく、批准していない未開の星のために動く理由は存在しないし、宇宙連盟の憲章にも差し障りがある。
だからこそ、ハッピースター星人のミッフルの行いはギリギリの行為だったのだ。
あくまで技術を渡すだけで戦うのは現地人である少女。
そして、戦いが終わった際に少女の戦いの痕跡を全て抹消する。
その対価の上で、契約の上で、魔法少女は――魔法少女ラピズ・ラ・ズーリは成り立っていたのだ。
◆
「全く……いやなことを突き付けて来て」
街の病院の通路を歩きながら瑠璃之丞は呟いた。
口から零れるのはアズールへの怨嗟だ。
「次に見かけたら絶対に消し飛ばしてやる……」
アズールとの戦いは結局のところ勝負がつかなかった。
相手が強かったこともあるが、動揺の隙を突かれ攻撃を受けたのが原因だった。
変身していたはずなのにこうして頭や腕に包帯を巻き、脚をやや引き摺っていることからも傍目から見てそのダメージは伺える。
戦いの途中で逃げ出したアズールを追おうとするも変身が途切れ、街を歩いていたところ救急車を呼ばれてしまい瑠璃之丞はここに居た。
「……知った風な口をきいて」
憎々しげに言うものの、結局動揺してしまいここまでボロボロにされたのだ。
自身が思っている以上に心の傷は深かったのだと瑠璃之丞は思った。
「覚悟は出来ていた……と思っていたんだけどね」
無様だな、と自嘲した。
魔法少女としての戦いの日々、それは辛いこともあったがそれだけではなかった。
人の負の心を狙うイビルスター星人との戦い、色々な事件に巻き込まれ、大勢の人と関わり合った。
どうしようもない人もいたが、そうじゃない人もたくさんいた。
中には魔法少女としての活動を応援してくれたり、仲間として共に戦ってくれる友達だって……。
だが、それらは全て無くなった。
消え去ってしまった。
誰も覚えていない。
共に事件に立ち向かった思い出も、ぶつかり合った思い出も、傷つけあってそれでも仲直りした記憶も……全て全て、魔法少女に関する記憶は全部処理された。
思い出を覚えているのは瑠璃之丞だけ。
そして、相棒であったミッフルも去り、残ったのは――
一人ぼっちの魔法少女だったというだけの女のみ。
しかも、二浪して学生をしている二十歳。
「……酒が飲みたくなってきた」
考えれば考えるほど気分がダウナーになっていき、そんな弱音を思わず吐いてしまう。
「くそっ、最近はこんなの無かったのに。アズールのやつ絶対に許さない」
慌てて気分を切り替える。
今はそんなことをしている状況ではない。
やるべきことはあるのだから。
「とりあえず、まずは
そう言って瑠璃之丞は歩を進め、病室の一つへと向かった。
「さっさと起きろ、田中ァ!!」
「ちょっと!? この人は全身火傷の重傷で運ばれてきた患者さんなんですよ!? 意識も不明でそれをいきなり殴るなんて――」
「また死ぬかと思った。臨死体験も久しぶり。田中覚醒……」
「きゃぁああああっ!?」
病室へと入って数秒後、そこではすさまじい混沌が起こった。
◆
「すまない」
「謝るなって馬鹿……」
瑠璃之丞は看護師の人に説教をされ、なんで意識を取り戻したのか平気そうにしているのかがわからないと首をかしげられながら検査から解放された田中は、病室の中でようやく落ち着いて話せる時間が出来た。
「佐々木さんは……」
「まあ、大丈夫だろ。これまでも人質とって私を呼ぶとか何度かあったけど」
「あったんだ」
「変な美学あるから手出しはしないはずだ。攻撃ぐらいはするだろうけど」
「ああ、ぺらぺらと煩かった」
「でしょうね、私もアイツの笑い声に何度も癇に障った記憶があるわ」
そこで何故あれほどの怪我を負って病院に居るのかと聞けば経緯を聞けば出てきたのは瑠璃之丞が戦ったイビルスターの使徒の人「悪徳のアレハンドロ」の名が、彼女が戦ってきた敵の幹部の一人だ。
最終決戦時に倒した記憶があるのだがどうにも生き延びていたようだ。
「それでそっちは? 「傲慢のアズール」と名乗っていたけど」
「「傲慢のアズール」……か」
「私が言うのもなんだけどちゃんと仕留めておきなさいよ」
「といっても田中が倒した七天王は半分にも満たないからなぁ……。最後には
「爆発での勝敗は生きてるフラグじゃない?」
「……確かにやはり首を直接斬る以外は――田中反省。それにしてもアズールは強かっただろう? 大丈夫だったか?」
「強かったわねホント、なんか妙に隙が無くて攻めづらいというか何というか。魔法のゴリ押しじゃないと戦い辛いっちゃありゃしない」
瑠璃之丞はアズールとの戦いを思い出しながらそう評した。
彼は彼女が戦った敵の中でもかなりの上位の存在であるのは間違いなかった。
力自体も強いがそれ以上に戦闘技巧者という印象が強い相手だった。
同様の隙を突かれとはいえ、万全であったとしても楽に勝てたかと言えると……。
「もしかして、何だけど実は魔王とやらも生きてましたーなんてことはないでしょうね?」
「それは無い。確実に心の臓を砕き、止めを刺した。それだけは確実だ。田中は魔王を確実に討った。そっちこそ敵の親玉を逃がした可能性は?」
「無いわ。イビルスターキングは確実に討って、イビルスター星は撤退した。そうじゃなきゃ、ミッフルも帰らなかっただろうからね。他の幹部に関しては確実に倒したから地球侵攻軍で残っているのはアレハンドロのみのはず」
「つまりは孤軍か。アズールもそのはずだ」
「やれやれ、私たちの拭き残しがどんな流れで組むことになったのか」
本当にどういう流れで縁も所縁もないはずのはずの彼らが、手を組んでいるのか見当も付かない。
どちらも相手を配下にするならわかるが、どうにも上下の関係……というわけでもないようだ。
「一体に何が目的なんだか……あいつらたぶん、まだ何か隠しているわよ?」
「そして、田中たちを呼んでいると?」
「それは間違いないでしょうね」
アフラフの異様な人気。
恐らくはアレハンドロの仕業だろう。
目的が読めないが、彼らが瑠璃之丞と田中を舞台に引きづりだそうと根を回していたのは間違いない。
「でも、単にそれだけじゃないでしょうね。田中が持ち込んだ異世界の金貨。それによるこちらの人間の魔法の発現、それで事件を起こす……って程度の計画じゃないはず。そりゃイビルスター星人にとっては社会が不安定になれば、負の感情を集めやすくなって助かるけど」
「アズールにとってはメリットが特にない。協力するメリットがない」
「となるとまだ事件は……別の目的が?」
「そして田中達をご招待らしい。止めをしていかなかった」
「はっ、ならご招待に預かるとしましょうかね? 田中ァ! いけるわよね?」
「無論、佐々木さんにも約束したからね」
「ふーん、そっ。というか田中、佐々木さんって言うのやめなさい。玲って言ってやると喜ぶわよ? 多分ね」
「えっ、女性の名前を呼ぶのは……もっと段階を踏んでから」
「乙女か!? いいからやれ! 私の可愛い後輩、ちゃんと助けないと酷いからね?」
「……わかっている、必ず助ける。田中として約束したことだからな」
瑠璃之丞と田中はそんなことを言い合いながら立ち歩き、そして病院の中から脱出した。
絶対に注意されるので何も言わずにこっそりと――病室から消え去った。
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