第二十三話:元・異世界勇者と敗北
――田中はタナカだ。
――田中は自身をタナカだと思えない。
――それでも田中はタナカであり続けなくてはならない。
――そう……自らの口で名乗ったのだから。
◆
怪人。
言葉自体は知っている。
色々と意味合いの広い単語ではあるが、この場合は狭義の意味での怪人。
創作のヒーローものとかに出てくる敵としての意味合いなのだろう。
異形の姿になった須藤を見ながら田中はそんなことを考えていた。
「魔物化……ではない?」
「ええ、勿論。これは怪人化……その技術も気にはなりますがね、完全に別の力ですよぉ?」
アレハンドロは嘲るように笑う。
「ワタクシ達、イビルスター星人は知性体が持つ感情エナジーが大好き! 特に負の感情のエネルギーといったらもう格別! ですから星から星に渡り、悪徳の限りを尽くし、災いを招き、負の感情をエナジー――ダークエナジーで星を満たし、それを食らって次の星へ――なァんてしているとおやおやいい餌場が見つかるじゃありませんかァ! 人間……いいですよねぇ! このドロドロとした感情のエナジー!! この銀河を見渡してもこれほどに純度の高いエナジーを持った生物は人間の他に居ないィ!」
「あァァアアァぎぃいいラァああああああっ!!」
「ホホホホーっ!! 見てください、見てください、このダークエナジーの迸り! 未成年の少女への偏愛! 妄執! 支配欲! そして、勝手に裏切られたと感じ裏返った醜い怒りィ! ちょっとダークエナジーを注入してあげれば、どんどんと上質のダークエナジーへと変換してくれる! 全く人間というのは――」
斬。
とりあえず、斬った。
「――っとぉおおおおっ!?」
余裕ぶった様子でぺらぺらと喋るアレハンドロ目掛け、田中は特に声をかけるわけでも無く斬りかかるもギリギリで回避される。
「ほンっとにィ!? こっちの話を聞きませんねぇ?! まずはある程度話を聞いてそれから戦うという流れで――って、ちょっと?!」
も、それは予想通り。
田中から距離を置こうと後ろへと距離を取ったアレハンドロを放置し、瞬間的に加速して一気に須藤……いや、炎の怪人へと斬りかかった。
「おまァえg――ァァああァっ!??」
炎の怪人は田中の動きに辛うじて反応はするものの、魔法力で強化された木刀の一撃を避けることは出来なかった。
変質して異形となった両腕をクロスさせ、上段から振り下ろさせる刃に対応したのは……悪くはない。
――反応速度はいい、それに本気じゃないとはいえ受け止めたのも中々……。
だが、悪くはない……程度だ。
木刀を受け止め、そして強化された力で弾こうとする炎の怪人。
それよりも早く、空中で身体をひねって膝を腹に叩き込む、そしてそのまま勢いで炎の怪人を地面と挟み込むようにして押し倒し――追撃に田中は魔法力を込めた左拳を容赦なく叩き込んだ。
「がァァああああああっ!!?!」
「おいおい、そりゃないでしょ!」
硬質そうな異形化した炎の怪人の肉体を撃ち抜くごとき一撃。
あまりの威力に地面に放射状の罅が入り、炎の怪人が悲鳴を上げ、慌てたアレハンドロの攻撃。
手から放たれた衝撃波のようなものが田中を襲うも、あっさりと炎の怪人の上から飛び退いて躱し――
「「ゼリオラ」」
放たれたのは雷光魔法。
雷嵐となってアレハンドロへと襲い掛かた。
「っ!? ああ、もう! こっちが喋ってる間に攻撃するとか……貴方は不意打ちばっかりですか!?」
「それが効率がいいからな」
「というかもうちょっと葛藤はないんですか!? 目の前で人間が怪物化したというのに普通はもっと動揺したり、戦うことに葛藤を――うぉおおおおおおっ?!」
「っち、外した」
「派手な雷光に慣れさせてから無音の風の刃とか殺意高すぎでしょ!? いや、そうじゃなくて怪人化した者に対してもうちょっと手心というか!」
「とりあえず、ボコって無力化してから佐藤に相談する。少なくとも敵の話よりは説得力も信用度もあるし」
「くっ、それを言われる確かに……!! 魔法少女に相談するのは正しいですけど、ちょっと割り切り方というか」
そんなことを話しながらの田中とアレハンドロの攻撃の応酬。
アレハンドロは田中を近づけるのはマズいと判断したのか、遠距離攻撃に徹しトランプのようなものを投げ、その一つ一つから炎や電撃、水等々……多彩な種類の攻撃を放ち牽制する。
田中はそれを冷静に見極め、回避し、あるいは撃ち落としながら隙を見つけて一気に近づこうと画策し――
「えっ!? 佐藤先輩って魔法少女だったんですか!?」
離れた所に居た玲の声に両者の動きは止まった。
「「…………」」
互いに「やっべ……」という表情になる二人。
一瞬の空白の後、田中は戦いを再開した。
「くっ、悪徳のアレハンドロ! 佐藤が折角守っていた秘密をバラすとは卑劣なり成敗してくれる!」
「いや、ちょっと待ちなさァい!? 確かにワタクシも迂闊のところはありましたが、だからといって単独犯にされるのは――うぉひょぉおおっ?!」
「死人に口なし」
「貴方本当に勇者ですかァ!?」
「田中は田中だが?」
「田中さんが勇者で佐藤先輩が魔法少女……。????」
完全に状況に取り残されて涙目になっている玲を尻目に田中とアレハンドロの戦いの勢いは増していく。
「ええい! もういい! 魔法少女と違い、貴方にはわびさびというのがわからない様子! であるならば! こちらとしてもそれなりの対応をするまで……! さあ、立ち上がりなさい! 炎の怪人ウラガノン! もはや傷も癒えたはず、愛しき少女をその手で奪うという欲望を力に変え――戦うのです! これで二対一……卑怯は言わないでくださいよォ!」
アレハンドロは嘲笑を上げ、炎の怪人ウラガノンが立ち上がるのを待つも、
「…………あれ?」
彼の声に応えるようにウラガノンは立ち上がり――はしなかった。
「あの……なんか泡を吹いてますけど」
「はあぁああああっ!?!」
「怪人の方ならさっき殴った際に神経毒を打ち込んでおいた。魔族用のものだが効いてよかった」
そう言うと田中は左手を開いて何かをポイと捨てた。
細長い金属製の釘のようなもので明らかに暗器に部類される代物だ。
「えぇ……」
アレハンドロは完全に引いた顔をした。
容赦というか合理を突き詰めたかのような徹底的な戦い方にドン引きしていた。
「理屈としては理解できますし、効率的というのもわかりますが……なるほど。聞いていた話以上ですね、魔王軍の数多の敵を打ち破って来ただけのことはある。一切の容赦もない無慈悲なる刃、悪を切り裂く者。これが勇者ですか。このワタクシをして恐怖を覚えてしまうほどだ」
田中はアレハンドロの言葉を聞き流し攻撃を仕掛ける。
魔法での遠距離戦では埒があかない、やはり確実なのは直接切り裂くことだろう。
「怪人化するにしてもストーカー男では役者として不足していましたねェ、確かにこれはこちら側のミスと言えましょう。ここまで攻撃力に全振りのスレイヤーだとは……いやはや。ありとあらゆる敵を葬って来たとは聞いてはいましたが予想を超えて――」
田中の放つ斬撃がアレハンドロを捉え始め、一気にそのまま押し切ろうとした瞬間、
「ですが――魔法少女のように守る戦いは不得手なようで」
「きゃぁっ!?」
後方から聞こえた声に反応して田中が振り向くとそこにはもう一人のアレハンドロが、玲の背後から現れたところだった。
「っ!? 待っ――」
「最初に仕留め損ねた時のことを警戒して、ワタクシが偽物と入れ替わらないかに集中し過ぎましたねェ? だからこんなことになる」
咄嗟に助けに向かおうと強引に切り返し、玲の下へと向かうももう一人のアレハンドロはその動きを呼んでいるかのようにこちらに手を向けて、
「――「イビル・エンド」」
放たれた暗黒色の雷がカウンター気味に田中へと炸裂した。
躱しようもなく呑み込まれ、そして――
「ま、だ……っ!」
「いいえ、チェックメイトです」
何とか耐え焼き焦げた身体のまま、それでも立ち上がるも……顔を上げるとそこには玲の首に手をかけて佇むアレハンドロの姿が。
「た、田中さん……」
「動かないでください。動いたらどうなるかわかりますね?」
「…………」
「わ、私のことは良いですから田中さ――うぐっ」
「余計なことは言わないように。で、どうします?」
アレハンドロの言葉に田中は無言で木刀から手を離した。
「流石ですよ、勇者殿。彼女は人質です。魔法少女も呼び寄せる餌にもなりますし粗略には扱いませんよ。ワタクシたちの計画を特等席から見学する人間も必要でしょうからね」
「た、なかさ……逃げ……」
「佐々木さん、少し怖い思いをさせるが待っていて欲しい」
「貴方も参加してもらって結構ですよォ? 待っている方もいらっしゃいますし……まあ、生きていらの話ですけど」
そう言って指先に漆黒の雷を集中させるアレハンドロ。
田中はその様子を黙って見つめ、
「では、これにて失礼。勇者殿」
先程までとは比べ物にならない攻撃が放たれ――田中はそれを無防備に受け止めた。
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