第二十二話:元・魔法少女と変身




 ――魔法少女には結末がある。


 ――日常を守るために非日常を戦い抜いた魔法少女。


 ――その終わりは魔法が解かれて日常に戻るのだ。








 ――まるで泡のように。この世に何の痕跡も残さずに。日常へと……。



                  ◆



「フハハハハハ! どうした? この程度か!? 魔法少女よ!」


 ――苛立つ。


「貴様はこの世界の勇者なのだろう? 世界を守った輝ける光! そうなのだろう!?」


 ――苛立つ。


「あの勇者タナカたちのように! なのに逃げてばかり……興覚めであるぞォ!」


 ――本当に苛立つ。



 アズールの哄笑が夜の闇に響く。

 瑠璃之丞は建物から建物へと飛び移るように移動しながら、左手をまるで銃のように形作った。

 そして、ピンと伸ばした人差し指をまるで銃口のようにアズールへと向け、


「うるさい! 夜中に馬鹿笑いはやめなさい! 時間を考えろ!」


 その先端には桃色の光の渦が発生し――



「ブレイズ・アロー!!」



 放たれるのは桃色の光線。

 ヤクザ事務所を襲撃した時の遊びの攻撃ではない、明確な意思を持った攻撃。


 だが……。



「ふっ、威力は凄まじい。だが、些か素直過ぎる攻撃だ」



 アズールは余裕をもってそれを回避する。

 伊達に翼を持っているわけではない。


 そんなことを強調するかのように自由自在に空中で起動を変え、そしてお返しとばかりに無数の魔法を放つ。

 夜の闇より濃い、黒き魔炎の弾幕。


 まるで雨のように降り注ぐ、攻撃に瑠璃之丞は咄嗟に回避も出来ず防御態勢に移るしかない。


「くそ……っ!?」


「それで受け切れるとでも……?」


 桃色の光がまるでバリアのように瑠璃之丞を覆うも、アズールはそんなことなど知ったことかと言わんばかりに攻撃を加える。

 驟雨のように降り注ぐ魔炎に縫い留められ、逃れることも出来ず真正面から受け止める。


「くそくそ……っ」


「そら……これでぇ!!」


 必死に力を込めて防御するもまるで削岩機のように削られていく桃色のドーム。

 瑠璃之丞はその様子に呪詛を吐き、アズールは更に苛烈に攻め立てた。




「――「ディアルバ」!」




 そんな声と同時に放たれたアズールの魔法。

 瑠璃之丞の身体のよりも大きな漆黒の炎の塊が放たれ、桃色のドームへと接触――そして、




 爆発。




 周囲の建物をもの見込むほどに膨張し、ついで爆風と爆炎を撒き散らした。



「フハハハハハ! ……思った以上にあっけない。聞いていたほどではなかったな、所詮は――」



 アズールの笑い声が木霊する。

 衝撃と熱に吹き飛ばされ、周囲に瓦礫が飛び交っている。

 身体は灼けるように痛く、眼も耳も明滅するように正常に機能しない。


 そんな中、瑠璃之丞はただ――諦めた。



「……っくも……」


 瑠璃之丞は――を手に取った。


「良くも……っ!」


 そして、叫ぶ。




「良くも私に使なぁ!」




 それは金属製のプレートのようなものだった。

 銀色で可愛げもない、だがそれは彼女にとって――いや、魔法少女にとってので……。




「――変身!!」




 一瞬、世界が昼になったかのように明るさに包まれる。

 桃色の光、温かな光。


 まるで閃光のような強さと共に。

 その輝きの中から――は現れる。




「星の魔法少女! ラピズ・ラ・ズーリ!! ここに推参!! 星に代わって……悪を裁く!!」




 美しき黒髪は桃色へと変わり、フリルのあしらわれたスタイリッシュなドレスのような衣装を纏い瑠璃之丞は――いや、魔法少女ラピズ・ラ・ズーリはそう叫んだ。



                  ◆



「はぁああああっ!」


「なるほど、これは……っ!!」


 月下の下でアズールとラピズは踊り狂う。

 弾幕のように放つ黒き炎を彼女はその全て叩き落す。



「スターライト・ブラスター!!」



 それはまるでSF映画に出来るようなデザインをしていた。


 全長はラピズの身長すら超えるほどの大きさの――。 

 巨大なそれを大砲でも持つかのように腰だめに構え、そのステッキの銃口から放たれたのは桃色の光線。


 先ほど、変身前にはなったものとは大きさも速度も桁違いの――魔光の奔流。


「ぐぅうううっ!? 何という威力……っ!? これはまるで憤怒のバラガスにも匹敵する――」


「まだまだァ!!」


 アズールが言い切るよりも先に桃色の星の裁きは降り注いできた。

 ラピズの周りにまるで天体のように浮かぶように球体が自由自在に宙を舞い、その一つ一つから光線による砲撃が放たれる。


「ぐっ、ぉおおおおおっ!?」


 全方位、ありとあらゆる角度から降り注ぎ放たれる光の奔流。

 そのどれもがアズールの肉体にダメージを与えるに足る力を秘め襲い掛かっていく。


「よくもこの格好をさせたなぁ! 一年ぶりだァ、畜生ォ!」


 田中と真正面からやりあった時、それ以来の本当に久しぶりの変身。

 とうとうお酒が飲める年齢になったというのに、また魔法少女ラピズ・ラ・ズーリとしての姿。


 その鬱憤を晴らすかのように魔法を放つ。


 まるで波濤の如き、桃色の奔流の洪水。

 夜が昼になったかのような攻撃にアズールは嗤う。


「これがこの星、唯一の魔法! 異なる星の来訪者から摂理を得て、星の力を操る資格を受けた者の力! 星の魔法少女の力か!」


「随分と詳しいじゃない! つまりはアンタの一体誰に教えてもらったのかしら!」


「わかっているのであろう?」


「っ!? やっぱり、裏に居たのね……」


 魔法少女は口にした。

 自身が青春を犠牲にしてまで戦い倒したはずの敵の名を。





が!」




                   ◆


 イビルスター。

 あるいは、イビルスター星人。


 それこそが魔法少女ラピズ・ラ・ズーリの敵の正体。


「空に輝く星々を渡るの使徒……世界が異なるとはいえ、まさかそのような存在がいるとは思いもしなかった」


「その口ぶり……やっぱり、本当なのね」


 考えたくなかったが……そういうことなのだろう。

 いや、本当はもっと早くにべきだったのだ。


 ラピズはメカメカしい銃の形を自らの魔法のステッキ――エクセリオンをチラリと見た。


 これこそはイビルスター星人と対を為す、ハッピースター星人。

 魔法少女としての相棒役であるミッフルから貰ったであるエクセリオン。

 その機能は万能とも言うべきものがあるが、彼女が普段使いしている機能に電子技術のサポートがあった。

 元・魔法少女としてどうなのかと思わないこともなかったが、それでもエクセリオンのサポートがあればネット関係のことで出来ないことはなく、便利に感じてからは当然のように使っていた。


 ネットサーフィンや検索、サイトの立ち上げや運営など等……。

 やろうと思えばホワイトハウスだろうがペンタゴンだろうがハッキングすることだって可能だろう。

 そもそもの土台となっている技術力が違い過ぎるのだ。 



 

 それは同じ超科学を持っていたイビルスターをおいて他にはあり得ない。



「全く……これじゃあ、私も田中のことは言えないわね」


 ラピズは溜息を吐いた。

 思い浮かびはしたものの、あり得ないと考えないようにしてこの様だ。



「それも異世界からやってきた魔王軍七天王だか何だかと組んでるなんて……。まあ、いいわ!」



 気分を切り替えるようにラピズは声を張り上げた。

 反省は必要ではあるが、そればかり考えていても仕方ない。


 ――要するに巻き返せばいいのだ。



「何かコソコソと企んでいるようだけど、結局のところ全員順番にぶちのめせばそれで終わりよ! まずはアンタをぶっ倒し、そしてその生き残りも見つけ出してぶっ倒す! それで終わり!」


「フハハハハっ! 素晴らしい考え方だ! 力で全てをどうにかしようとするシンプルな思考法……魔法少女よ、貴様は魔王軍に向いているのではないか?」


「お断りよ。こちとら正義の魔法少女……まあ、元だけど。とにかく、悪の手先にはならないわ。ここで終わっていきなさい」


 ラピズの戦意に呼応するかのように周囲を飛び交っていた球体は光を強めた。


「ふっ、なるほど。悪に組せず、悪に屈せず、それこそが魔法少女……なるほど、確かにその在り方は勇者タナカの如く、か」


「……あいつと一緒と言われると何か困るんだけど。まあ、褒めてる感じではあるからいいのか?」




「褒めている……? いやいや、のだよ。貴様はタナカと同じだ。いや、ある意味ではそれ以上だな。度し難くて吐き気がする」


「よし、喧嘩だな? 売ったな? 言い値で買って――」




「全く以って理解不能だ。魔法少女としての戦いの日々、その勝利の暁に……貴様は何を得た? 何も得られなかったのだろう? それどころか失った。。それが戦いの果ての結末。正義と平和のために戦った勇者の終着点……そうだったらしいじゃないか?」


「っ!? そ、れは……」


「ハハハッ、滑稽で下らない顛末だ。全く――隙有りだ」


「しまっ――!?」




 一瞬の動揺。

 それを見逃さずにアズールは指先を向け、そして夥しい量の闇の炎が迸った。


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