第二十一話:元・異世界勇者と怪人
「それで……どうでした?」
「わからない。思った以上の混乱で状況がさっぱりだ」
ファミレスで須藤が脱走したというニュースを聞いて、田中達はその日の仕事を切り上げることにした。
何せ田中が居たから大丈夫だったとはいえ、刃物を取り出して玲に襲い掛かろうとした相手だ、それが行方知れずになっているというのは……彼女の身の安全を考えればあまりいい状況ではない。
「田中さん、その……すいません」
「何も悪いことをしていない人間が謝る必要はないと田中は思う」
「田中さん……」
「それにしても脱走したとはニュースでは言っていたが……ここまで大騒ぎになっているとは」
とにかく、現状の把握をするのが先だろうと一応購入したスポーツキャップとサングラスで玲に変装をさせつつ、田中が向かったのはその脱走された警察署だった。
ニュースでは大まかなことしか流れていなかったため、何か手がかりでもないかと来たのだが……。
「凄い人の数ですね」
ざわざわ、ざわざわ。
見渡す限りに人、人、人。
確かにニュースも流れて、起きた不祥事の内容が内容だ。
ある程度、野次馬で混雑しているぐらいの予想はあった。
それは間違いではなかったが……。
「おいおい、なんだこの人の数」
「というか警察官多くね?」
「そりゃ容疑者逃がしたんだし」
「それでもさぁ……あっ、救急車」
「なんか中の警察官が全員倒れてたらしいぜ?」
「なにそれ怖っ」
等と流れてくる野次馬たちの声、現場の状況はその内容の通りだった。
多くの野次馬でごった返していたのは事実。
だが、数が多いというよりも警察署をぐるっと取り囲むようにドラマで黄色いテープが張り巡らされ、恐らくは他所から駆け付けたのであろう警察官たちが近づかせないようにしていたのが主な要因だった。
捕まえていた容疑者を脱走させてしまったという不祥事は、確かに警察の威信にも関わる不祥事だ。
だが、この対応は明らかに物々し過ぎるといえる。
その原因となっているのは……。
「……警察官がみんな倒れていたって本当なんですか?」
玲が尋ねた言葉の内容が物語っていた。
「それはどうやら間違いないらしい。結構の数の署の職員が床に倒れていたらしい。幸い、酷い怪我は負ってはなかったようだが」
「そんな……。それってもしかしてあの人が使っていた変な力で?」
「…………」
田中には答えようがなかった。
確かに魔法封じの魔法は効いていたはずである。
効いていなかったというのならもっと早くに脱走していたはずだ。
――少なくとも何日も捕まっていたのは間違いない。そもそも須藤の魔法では多くの職員を大きな怪我もなく昏倒なんて……となると外部から手引き?
どちらにしろ警察署の職員、十名以上を昏倒させるというのはまともな手合いではないことは間違いない。
単なる警察のミスによる脱走事件ではない奇妙な事件。
脱走した張本人である須藤の異世界魔法使用者という経歴。
そして何よりも――
「連絡は繋がったか?」
「いえ、それが繋がらなくて……どうしたんだろう、佐藤先輩」
連絡の付かない瑠璃之丞。
ここまで状況が重なるとなると田中としても嫌な感じを覚える。
「どうしましょう……田中さん」
「とりあえず、今日のところは危ないから事務所の方に泊まっていくといい」
◆
連絡の取れない瑠璃之丞のことも心配ではある。
殺して死ぬような相手ではないとは思っているが、それはそれとして女性でもある。
心配がないわけではない。
だからといって須藤の行方がわからない状況で、玲を放置して探しでもしたらそれこそ殴られるだろうと確信している田中は彼女を事務所に泊まること提案した。
瑠璃之丞が帰ってくるかもしれないし、自宅はバレている可能性が高い。
玲もその点はわかっているのだろう、少し考えた後で丁寧にお辞儀をしてその提案を受け入れた。
基本的に事務所で泊まる用意等はしていなかったので、飲食物などを買い込んで事務所へと戻る帰り道。
「……ちゃ………」
その男は目の前に現れた。
「田中さ――」
「下がって」
玲が声をあげるより先に田中は一歩前に踏み出した。
鼠色のパーカーを被った男――須藤に一歩近づくように。
「まさか、こんなに早く現れるとは……」
「……らちゃ……あ……」
「その力はどうした?」
ゆらゆらと揺らめくように立つを須藤に田中は問いかけた。
明らかに正気を失ったようにブツブツと呟き続ける彼に対し、本来の田中であればさっさと先手を叩き込んで制圧するのだろうが……それをしない。
気になったことがあったからだ。
それは須藤の掌からまるで明滅するように点いたり消えたりする炎の光――紛れもなく炎魔法の輝きであった。
「それは封じていたはずだ。どうやって解除した?」
「封じ……えっ、あの……田中さん?」
田中の言葉に後ろで玲が声をあげるも田中は答えない。
須藤の一挙手一投足に注意を払ったままだ。
別に炎魔法が復活したからと言って須藤が脅威に感じているわけではない。
立っている姿も隙だらけで田中が本気で襲い掛かれば一瞬の内に戦いは終わる。
それは確信だった。
だからこそ田中が気にしているのはそれ以外、田中のかけた封印魔法をいかにして破ったかという一点に尽きる。
――確かに田中の魔法は女魔導士に比べれば二流。それでも一度かけた「ジャマジャガ」を解除されるなんて……。
須藤が自力で解除したわけではないのはわかる。
だが、そうなると外部から誰かが解除したということになるが……。
「まさか、彼女に匹敵するほどの魔法の使い手が――」
田中が冷や汗をかくのも無理のない予想で、
「いえいえ、魔法などと……少しばかり解析させて頂きましたら、思いのほか単純な構成でして――ハイ。ちょっとばかし解いてみようとチャレンジしましたところ、あっさり……ははは、得意げになるのも恥ずかしいぐらいでして」
そんな小ばかにした声が響いたのはそのタイミングだった。
「だ、誰っ!?」
玲が声を上げ、田中は無言で視線を向ける。
鮮やかな月光の下。
そこには一人のピエロを模した男――いや、ナニカがそこに居た。
「何者だ?」
田中はその存在にそう問いかけ、
「これはこれは申し遅れました! 異世界より来る勇者殿! ワタシはイビr――ぶひゃっ!?」
護身用として先程購入した木刀を以って容赦なく叩き斬った。
喋っている最中に。
「っ!?! く、首がっ!? 田中さん?!!」
玲の悲鳴が夜空に響く。
自分から尋ねておいて相手が答えている最中に斬る。
田中の必勝パターンの一つである。
相手が人外で敵意を持っている。
それを一目で見抜いたが故の即断即決。
「危ない危ない。いや、聞いていてよかった。全く……」
「っ、仕留め損ねた……」
手応えがない。
恐らくは本体ではなかったのだろう、首から上が無くなった身体も宙を舞った首も黒い水のようになったかと思うと消えてしまった。
田中は初撃で決められなかったことに舌打ちをしつつ、一瞬で玲の前に戻った。
「えっ、さっきは前に居て、あっちに行って、かと思ったらまた前に……えっ、えっ?!」
距離にして五十メートルは離れて居たピエロが現れた地点。
それをまるで瞬間移動のように行って戻ってきた動きに、玲は混乱しつつもあの仕事中の異常な身体能力でさえ田中の本気ではないことを悟った。
「本当に躊躇いも何も無い。見ていた限りでは彼女と同じく、お人好しで反吐の出る善人かと思っていましたがどうして……」
消えたと思ったピエロ姿のナニカは、夜の闇から染み出すように現れた黒い水の中から再度現れた。
「玲ちゃん玲ちゃん玲ちゃん玲ちゃん玲ちゃん玲ちゃん……」
ちょうど、須藤新の真後ろに。
「で、何者だ?」
「答えようとしたところを斬りつけておいて、よく再度聞けますね……。まあ、いいです。自己紹介と行きましょう」
そう言ったピエロ姿のナニカは須藤の頭を掴んだ。
「ワタシの名はアレハンドロ」
ガクガクと身体を震わせ始める須藤の姿に玲は小さく悲鳴を上げ、田中は須藤の中の魔法力の変質に眼つきを鋭くした。
「かつて、魔法少女の敵だった者」
アレハンドロの手から大量にあふれた黒い水が須藤を覆い、そして――
「そして、魔法少女に敗北した者」
変性する。
須藤新という存在が別のナニカへと。
黒い水が弾け飛ぶ。
中から現れたのは異形の存在。
それはまるで――
「あれは――怪人!」
玲が叫び声をあげた。
「悪徳のアレハンドロ。――努々、御記憶なさりますように」
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