第二十話:元・魔法少女と現れた敵


「ほう……?」


 冷ややかな男の声が響いた。

 一瞬前まで存在していたマンションの一室。

 その内部は部屋の中に佇む男の手から放たれた暗黒色の光によって様変わりしていた。

 

 あらゆるものを呑み込み、真っすぐと突き抜けた

 窓をぶち抜き、そのまま夜の虚空へと消えるも、その直線上は圧倒的な破壊の爪痕を残した。

 まるで災害後の廃墟のような、見るも無残な光景に須藤新の部屋はなり果てていた。


 だが、男が声をあげたのはそんな光景が理由ではない。


「確実に命中した……と思ってのだがな」


 確かに本気ではなかった。

 遊び心が無かったとも言えない。


 だが、それでも手を抜いたつもりはない殺す気の一撃。


「なるほど……な。そうでなくてはな。少しは楽しめそうだ」


 男はそう嗤い、自身が吹き飛ばして出来た穴から外へとその身を躍らせると、そのまま上へと向けて飛翔した。



                  ◆



 須藤新の部屋があるマンションの屋上。


「げほっ、げほっ……死ぬかと思った」


 瑠璃之丞は盛大に咳をしながら悪態をついていた。


「ギリギリだったな」


 咄嗟の判断だった。

 窓を割って外へと出て、上へと逃れる。

 その判断と行動を無意識レベルで行えたのはこれまでの魔法少女として経験があってこそ。


「年季が違うんだよ、年季が」


 単純な戦歴なら田中よりも上なのだ。

 青春時代を犠牲にした魔法少女を舐めるんじゃないと内心で自らを鼓舞し、瑠璃之丞は息を整える。


 追ってくるであろう敵と向かい合うために。




「中々に見事だ。確実にったと思ったのだがね。中々どうして……」




 月の躍る夜空の下。

 蝙蝠のような羽根を広げ、ゆったりと降りてくるその人影。

 闇の帳のような黒い服装に身を纏い、二対の角を額から生やしている人型の――だが、はそんな風に瑠璃之丞へと声をかけてきた。


「……これ、結構お気に入りだったんだけどなー」


 瑠璃之丞はその存在を半ば無視するかのように顔を伏せてスカートの汚れを払った。

 デザインが気に入りちょっと奮発して買ったロングのスカート、まだ数度しか着ていないにも関わらず裾は焼き焦げて短くなり、粉塵もかかって汚れだらけ、もはや捨てるしかないだろう。



「で、何者?」



 改めて顔を上げ、瑠璃之丞は目の前へと降り立ったを睨みつけた。


 見覚えのない敵だった。

 ただ、元・魔法少女としての感覚がその敵の強さだけは正確に見抜いた。


 ――……強いなコイツ。


 恐らくは彼女が戦い続けた敵の幹部に匹敵級する強さ。

 そう推察した。


「おや、予想はついているんじゃないのかね? ならば、その問いかけに何の意味がある」


「お約束というやつだよ。というのはそう言うのわからないの?」


 瑠璃之丞は男にそう返答を返し、髪をかき上げた。

 美しい黒髪が夜の闇の中で月光に踊る。

 だが、その毛先が先程の攻撃によってだろうか、少し焼き焦げているようだった。


 不愉快気に彼女の眼つきは鋭くなる。



「お約束……お約束か。ああ、そうだな。失礼。なに下手にペラペラ喋ろうとするとその隙を狙って首を跳ね飛ばそうとして来る男と戦っていたのでね。そういうの忘れてしまったのだ。一応、こちらにも名乗りの文化ぐらいはあるさ」



 大仰に肩をすくめながら、ヒトの形をしたナニカは恭しく礼の形を取った。




「改めて魔法少女。この世界における勇者とされる存在。私は――アズール。畏れ多くも魔王様からは「傲慢」の称号を授かりし魔王軍七天王が一つ! 傲慢のアズールである!!!」



 高らかに謳う異形の男――いや、アズールの姿に瑠璃之丞は一つ溜息を吐いた。


「全く……り損ねてるじゃないの」


 と小さな声で愚痴った。

 七天王……つまりは田中が戦った魔王軍の幹部というのは少々意外な名前ではあったもの、異世界からの来訪者というの予想の範疇であったので驚き自体は少ない。

 先程の攻撃にしたってそうだ。

 こちらの世界では見たこともない力だったが、性質としては対極にも近いものがあったとしても田中の使う魔法に近い力を感じた。


 故に目の前の異形の存在が異世界関係であるというのは簡単に予想はついた。


「それで一連の事件の裏で手を引いていたのは魔王軍幹部様っていいことかしら?」


「ふむ……というと?」


「惚けないで欲しいわね。最近、至る所で田中の居た異世界の魔法を使う輩が現れるようになった。一人や二人ともなれば……あるいは偶然、ということもあるのでしょう。田中の奴が召喚されて……そして戻ってきた。か細かろうとこの世界と異世界とやらには繋がりが発生している。なら、何かの拍子に、妙な影響を与えて魔法が使えるようになる……何てことがあり得るしれない。でも、短期間で限られた範囲でこれだけことが起こるのはどう考えても人為的……」


 瑠璃之丞は喋りながら一枚のコインを取り出した。


「タネはこれね」


 それは須藤の家にあった一枚の金貨。

 そして、田中が異世界から持ち返り、生活費の足しにと売りさばいた異世界の金貨。


「迂闊だったわ……。田中の奴はこれをただの金貨だと言っていたし、私もタダの金貨だと思っていた」


 だが、先程、須藤の家の見つけた際、念のために――瑠璃之丞は理解した。



「これは、現代の科学的な検証においてはただの純金としか判定は出来ないだろうけど……これは致命的に違う何かが混ざっている」



 そもそもが異世界の物質なのだ、文字通り別の世界のものなのだからもっと疑って解析していれば気付けただろうに。

 瑠璃之丞は眉をしかめた。


「ほう? わかるのか、中々に聡明だな」


 そんな彼女の様子を嗤うように眺めながらアズールは口を開いた。


「その通り、その金貨はただの金貨ではない。いや、こちらの世界では何の変哲もない金貨であるのは間違いないのだがな。ただ、根本的にこちらの世界とこの世界では違うものがある。それがというもの、人間たち風に言えばの存在だ。聞いたことはあるのではないかね?」


「…………」


「魔法の源にして生きとし生けるもの、空気や大地、そして鉱物の中にもこれは含まれる。無論、ただの貨幣として流通している金貨の中にもな。それだけ身近に我らの世界に存在するモノ――まあ、この世界にはほとんどないようだが」


 そこら辺のことは瑠璃之丞も田中から聞いたことはあった。

 とはいえ、その田中もさほど詳しくなく、仲間の女魔導士の蘊蓄を聞かされてうろ覚えに記憶している程度のふわふわとした知識であったが。


「恐らくは魔素がほとんどないのが原因だろう。この世界の人間が魔法を使うことが出来ぬのはな。元から薄い存在なのか、失われていったのかは私としても知らぬがな。だが、この世界の人間とて魔法力自体を失っているわけではない。何かの切っ掛けさえあれば行使すること自体は出来る可能性はあった」


「だから、利用した……と?」


「そこまで期待はしていなかったがね。人間に魔法を目覚めさせる魔法など……私には使えない。だが、物質に含まれた魔素を活性化させることぐらいなら――まあ、出来る。活性化した魔素を含んだ金貨を長期間、身近に持つことで魔法力を目覚めさせる……そんな試みが成功したのはつい最近のことだ」


 アズールはまるで自慢するかのようにぺらぺらと喋った。

 その事に関しては特に瑠璃之丞は不思議には思わない。

 魔法少女としてやってきた時もこんな感じのやつばっかだったからだ。


「まっ、アンタが今回の事件の黒幕だってのはわかったわよ。色々と遠回しに手を回したようだけどね。それで? 結局、目的は何だったのよ。田中あのバカへの復讐ってところかしら? だとしたらご生憎様ね。ここに来たのが田中じゃなくて」


 聞けることも聞けたので瑠璃之丞は構えを取った。


「ふむ……勇者、勇者タナカ。確かにそうだな、私の目的はあの男だ。それは否定しない。だが――」


 瞬間的に膨れ上がる圧力に瑠璃之丞は僅かに冷や汗をかく。

 そう言えば、と思い出す。

 田中は魔王軍幹部のことを誰もが強者だったと言っていたなと思い返した。


 まあ、だから何だという話なのだが。





「復讐……という言葉で括るのは良くない。良くないな、私が彼に抱いている思いは――一つ」


「どうでもいいわ。アンタらの思いなんて。まだまだ何か企んでいるんだろうけど、全てこの私が打ち砕いてあげる」





「貴様には興味が無い。消えろ、魔法少女」


「私だってアンタには興味は無いわ。田中に高級ビュッフェを奢らせる口実にここで終わりなさい」



 魔王軍七天王「傲慢のアズール」と元・魔法少女「佐藤瑠璃之丞」。

 話は終わりだと屋上の地面を蹴るのはほぼ同時だった。


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