第十四話:元・魔法少女と調査


 学校が終わり、放課後になると同時に一目散に事務所へと向かった。

 ヤクザからせしめた資金で借り上げたそのビルの一角は瑠璃之丞にとっての城だった。

 田中がそっちの方に疎いため、アフラフの運営及び資金管理は全て瑠璃之丞が行っている。

 よって事務所内備品などは全て彼女の思うまま、内装やインテリアとかだってそうだ。


 もはや、定位置となっている革張りのソファーも瑠璃之丞の一存で購入された。

 やや高級品ではあるが、過剰な贅沢とは思わない。

 節約は大事だが使えるところに金を使うのも重要なことだと彼女は思っている。


 ソファーに寝転がりながら、缶チューハイと共に最新型のPCをテーブルに置いて作業するのが彼女の日常だ。

 ただ、最近は少しだけ変化が現れた。


「やっぱり、妙ね……」


 瑠璃之丞がキーボードに指を滑らせ、確認しているのはアフラフのサイトではなかった。

 普段やっている事務所関係の電子データの整理でもなく、将来的に必要になりそうな法や経理関係の調べ物でもないし、学生としての課題関係というわけでもない。


 彼女が見ているのはSNSや地域のコミュニティ掲示板等などだ。


「アフラフ関係の話題が確かに多い。これは玲の言った通りね」


 正直、アフラフが有名になって来ているというのは瑠璃之丞にとっては意外な出来事だった。

 上手くいくこと自体は嬉しいことだが、本当に勢いで作ったようなもので失敗を前提にしていたところもある。

 だからこそ、SNSなどでの評判にアンテナを伸ばしていなかった。


 だが、玲に教えられ改めて調べてみると――出るわ出るわ。


 この二ヶ月ちょっとで依頼解決数が三桁の大台に入ったペースの速さ、多様な依頼内容を受けて解決していること、その実際の話も挙げてアップされていたりとアフラフの実態が流れている。

 「田中アピールの強い田中」という濃いキャラクターと見た目、それに反したわりと真面目な性格の良さはかなり面白がれているらしい。

 時たまに田中が外で見せる異常な身体能力も引き立てる要因の一つともなっているようだ。


 何でも夜の街を壁を走っている田中の姿が見られ、都市伝説の一つともなっているらしい。


「これって確かひったくり犯が出没するようになったから、夜中の見回り活動をすることになったのでその代行を……ってやつよね。本当は地域で当番制にする予定で、それが決まるまでの間って話だったけど田中が捕まえたやつ。そんなことになっていたのか……。あっ、あいつ今日の昼に子供と遊んでたのね。お菓子を買って一緒に遊んでる姿、思いっきり撮られてるじゃない」


 瑠璃之丞はブツブツと呟きながらもSNSや掲示板をスクロールして一つ一つ確認していく。

 二ヶ月ちょっとの活動期間でこれだけ話題が出てくるかと言うほど、多彩な情報が溢れ、何なら今見た情報のようにリアルタイムで更新されている。

 情報化社会の恐ろしさというべきか、田中が色々目立ち過ぎというべきか……。


「単純に外で働き過ぎってのもあるか。コンビニバイト辞めてからは、それこそ二十四時間アフラフの仕事しようとするし」


 そりゃ、目撃情報が増えるのは仕方ないことではあるのだろう。

 とはいえ、



「やっぱり、



 瑠璃之丞はそう結論を出した。

 SNSにしろ掲示板にしろ、溢れている情報はアフラフという存在、田中という奇妙な人物を肯定的に捉えるものばかり。


 なるほど、これなら依頼が増える一方なのもわかるというもの。


「いや、有り得ないでしょ」


 だからこそ、


 瑠璃之丞の経験から来る調……という元・魔法少女的な直感だけではない。

 彼女自身の経験からして、物事を悪意的にしか見ずに粗を探すことに熱心な存在というのは必ずいる。


 SNSや掲示板の中ならば、それは特に。


 例を挙げれば先程の公園で遊ぶ子供たちに菓子を買って、一緒に遊んでいたという話も「他人の子供に勝手に買い与えるな」とか「それに慣れて同じ手法で懐柔されて犯罪者に誘拐されたらどうする」だとか、もっともらしいことを装いながら詰ってくるのだ。

 彼らは必ずいる。

 そして、急に話題になり始めるようになったアフラフや田中の存在など、特に槍玉に上げられやすいだろうにそれが全くないというのは……。


 異様であった。


?」


 瑠璃之丞にそんな考えが浮かんだのは自然の成り行きではあった。

 普通でない事象が起きている、というのであれば何者かの干渉を疑うのは自然だろう。


 だからこそ彼女はこの一週間、いつもより学校が終わってから事務所に行く時間帯を早め、PCと向き合って色々と調べているのだが……。



「でも、何も出てこない」



 瑠璃之丞は何の成果もあげられていなかった。

 ネットの何処を探っても手がかりを掴めなかったのだ。


「単なる思い過ごし……ってだけならそれでいいのよね。冷静に考えて見たら、アフラフやら田中の話題を良くする情報操作なんてして何のメリットがあるのよ」


 そうは思うものの瑠璃之丞の元・魔法少女としての直感は疼くばかり、落ち着きを見せることはない。


「これだけ調べて手がかりが掴めず、それでも犯人が居るとするなら――」


 犯人は瑠璃之丞を騙せるほどの電子ハッキング能力があるということになる。


「でも、


 それだけは断言はできた。

 だって――


「あり得ない……はず。でも、そうなるとやっぱり私の思い違いだったことになるわけで……」


 思考がグルグルと行き詰っていくのを感じる。

 ストレスを感じチューハイ缶の残りを一気に飲み干すも、どうにもスッキリとしない。

 用意していたつまみに手を伸ばそうとするも空振り、手元を確認するとあれだけあったナッツが消えていた。

 そして、更に近くに散乱している空き缶たち。


「あー、もう二十二時かー」


 どうやら、集中していた間に結構な時間が過ぎていたことに瑠璃之丞はようやく気付いた。


「仕方ない、今日は上がるとするか。田中の奴は……遅いな。今日は依頼の数自体はそこまでじゃなかったはずだけど」


 何かトラブルでもあったのかもしれない。

 とは思うものの、瑠璃之丞は特に田中のことを心配してはいなかった。

 田中を脅かせる者なんてそうは居ない以上、本格的に困ったら連絡ぐらい入れてくるだろう。

 それからで十分だと、彼女は事務所内の戸締りの確認をして自宅へと変える準備を進めていると――



 ガチャリっという音と共に入口の鍵が開き、そしてドアが開く音が響いた。



「ただいまー」


「お、お邪魔しまーす」



「ん? 遅かったな、田中。事務所閉めるところだったぞ、何かトラブルでも――」


 そこまで言って瑠璃之丞は振り向きながらふと気づいた。


 ――ん、今なんか声が二つ無かったか? というか聞いたことがある声なんだけど??


 そんなことを考えながら振り向いた先の光景は、


「面目ない、下手を打ってしまった。田中反省。とりあえず、救急箱」


「む、無理しちゃだめですよ! やっぱり救急車を呼んだ方が――ってあれ? 佐藤先輩!?」


「……あっ、やっべ」



 後輩である佐々木玲と田中の姿だった。



 ――どういうことだ、田中ァ!!



 瑠璃之丞は内心で絶叫した。


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