第十五話:元・異世界勇者とストーカー男


 ストーカー。

 付きまとい行為であるストーキングを行う者。


 佐々木玲がそんな存在に悩まされるようになったのは、一月半くらい前からだったという。


「最初は勘違いだとは思ってたんです。自意識過剰っていうか、私みたいな子がそんなって……でも、外に出ると誰かに見られているような感覚がずっとして。しばらくすると明らかに誰かに学校の帰り道とかで尾行されているような……」


 そんな日々が続き、玲は覚悟を決めて携帯端末を活かしてその違和感の正体を探ることにしたらしい

 普通に使っているふりをしつつ、カメラの自撮りモードを使って下校中に背後の確認するとここ数週間ほど常に下校の際に玲の背後には同じ男性が写っていたとか。


 個人を把握できるほど鮮明な画像ではない。

 だが、中肉中背の同一人物と思わしき男は帰りの道のルートや時間帯を変えても、常にいつの間に現れるらしい。


「私、怖くなって……っ!」


「警察に相談は?」


「しました。けど、あまり真面目には取り合ってくれなくて」


「そういうことに関して動きが遅いというのは聞いたことはあるけど……」


 単純に証拠に乏しいというのもあるだろう。

 男の画像とやらを見せて貰ったが、恐らく似た人物であろう……ぐらいの判別が出来る程度の代物だ。

 相手がストーカーと思しき人物で下手に刺激しないようにこっそりと撮ったのだから仕方ないのだろうが、これで動くというのは中々に難しい。

 少なくとも田中は客観的に見てそう思った。


「一応、パトロールを増やしてくれるという話にはなったんですけど……」


「それでは不安だからアフラフに?」


「はい。依頼としては「この人が本当にストーカーなのかどうなのか」を調べて欲しくて……。私のただの勘違いだったらそれでいいんですけど。本当にストーカーだったら、その……出来れば……」


「調査代行か……探偵とかそっちの仕事のような気もするが、まあ了解した。ストーカー男の調査、ならびにストーカーだと判明した場合のその後の対処も含めて引き受けるとしよう」


「い、いいんですか!」


「勿論」


 ぱぁっと表情を明るくした玲に田中は鷹揚に頷いた。


「かなり面倒な依頼だったから内容を聞いて断られるかもって……。それに依頼料もあまり出せないですし」


「問題ない、ささっと解決する。アフラフは仕事の早さを売りにしている」


 ストーカー被害にあっているかもしれない女の子を放置するというのは、そもそも田中の選択肢の中にはない。


 それはとてもからだ。 


「話を戻すのだが、このストーカー男の正体を掴むに至ってなにか手掛かりは? 見覚えとかストーカーをされるような心当たりとか」


「いえ、この人には特に見覚えは……。それにストーカーをされるような心当たりとかも……」


 続けて玲は「なんで私なんかを……」と呟いているが、田中の眼からすれば彼女は中々の美少女だ。

 単に彼女が気付いていない間に勝手に出来ていてもおかしくはないな、というのが正直な感想だ。


 とはいえ、そうであった場合、玲から辿るのは難しいだろう。

 最近になって出没するようになったという話なので、その時期の彼女の周囲を洗えば何か出てくるかもしれないが……それでは時間がかかる。



「となると……手っ取り早いのは――よし」


「何か思いついたんですか!?」


「佐々木さん。デートをしよう!」


「……へっ?」



                  ◆



 夜も更け始めてきた住宅街の一角。

 そこを歩く学生服を着た少女の姿があった。


 学校帰りにしては遅すぎる時間帯。

 少女は学校指定の鞄以外に何やら紙袋を手に持っていた。


 下校中にどこかに寄り道をして帰り道が遅くなった女子高生――という風情だ。


「何故、何故だ。何故何故何故何故……」


 そんな少女の後ろを一定の間隔を保ちながら後を追うように続く人影が一人。


「あんな男に、急に、なんで」


 男は知っていた、少女の紙袋の中身を。

 何せずっと見ていたのだ。

 あの中にはゲームセンターで少女が見知らぬ男とクレーンゲームで取った景品のぬいぐるみが入っている。


 実に楽しそうに取っていた。


 一緒にシューティングゲームをしたり、レースゲームをしていたりと……男はそれをただ遠くからずっと眺めていた。


「玲ちゃん、玲ちゃん、玲ちゃん……。玲ちゃんは僕のなのに、玲ちゃんは僕に笑いかけてくれたのに」


 男の中の感情はドロドロに煮立っていた。

 感情がコントロールできない。

 今まではただ眺めているだけで満足できたというのに、いきなり現れた男と笑いながらゲームを楽しんでいる光景を思い出すだけで――


「……騙されているんだ。そうだ。玲ちゃんは騙されているんだ。あの悪い男に」


 それは男の中では確定した事実であった。

 佐々木玲という少女に唐突に現れて纏わりついた悪い虫。


「ちゃんと消さなきゃ。玲ちゃんを守らなきゃ」


 罰を下さなくてはならない。

 それを為せる自信が


 だが、それはそれとして。


「まずは玲ちゃんの目を覚まさせる方も大事だよね?」


 不意に目の前を歩いていた玲が進路を変えた。

 少しでも近道をしようとしたのだろうか、電灯が並んだ明るい道ではなく、公園を横切ろうと入っていく。


 男は慎重に周囲を伺い、人気が無いことを確認するともしもの時のために用意していたナイフを取り出し、それを片手に玲へと――



「はい、そこまで」



 一気に近づこうとした瞬間、何処からともなく聞こえてきた声と共に組み伏せられた。


                  ◆



「ほら、大人しくしろ」


「くそっ! は、はなせよぉ!」


 田中の身体の下でジタバタともがいているストーカー男だが、残念ながらこちらはビクともしない。

 元とは言え異世界勇者をやっていたのだ、ただの人間相手ならそれこそプロの格闘家だろうと、軍人だろうと逃すことはない。

 あまり運動をしているとも思えない体型のストーカー男相手なら尚更だ。


「田中さん?! だ、大丈夫ですか?!」


「大丈夫、大丈夫。田中は強い」


 こちらに様子に気付いたのか、駆けつけてきた玲にそう答えつつ、田中は内心でちょっと呆れていた。


 ――まさか、ここまで上手くいくとはな……。


 田中が考え付いた作戦というのは本当に大したことではなかった。

 ストーカーの正体を掴むには手掛かりが少なすぎる以上、相手にボロを出してもらう必要がある。


 そのため、玲と遊んでデート染みた行為をすることで相手のリアクションを誘おうと決めたのだ。


 ――それがまさかの大当たり。ゲームセンターで遊んでる時に視線を感じたからもしかしてとは思っていたけど……。


 隙を見て玲と相談した結果、ゲームセンターで一旦別れて彼女は自宅まで道のりを一人で帰り、田中はそれを隠れながら護衛するということに。

 ストーカー男が何かしようとしたらすぐさま田中が取り押さえる手筈で勧めたのだが……。


「まさか、こんな強硬な手段に出るとはな」


 よほど田中達の様子に苛立ったのか、刃物まで使おうとするとはさすがに予想外であった。

 玲も男を取り押さえた拍子に地面に転がったままのナイフを見て怯えた様子だ。


「お前が最近彼女を付け回しているストーカーだな?」


「違う! 僕はストーカーなんかじゃない! ただ僕は玲ちゃんに話しかけようとしてただけで……ストーカーなんかじゃ!」


 ストーカー男が何やら叫んでいるが田中は適当に聞き流した。

 とにかく、玲につきまとい行為をしていた人物はこの男で間違いないようだ。


 それさえ分かれば田中としては良いのだ。


「ええい、うるさい。もういい、話は警察相手にあとで存分にやって欲しい。興味は特にない。ナイフを取り出して佐々木さんに背後から迫ろうとしていた様子は動画で記録済みだから逃げ道は無いぞ?」


「なっ!?」


「佐々木さん、警察への連絡は?」


「はい、直ぐに来るみたいです!」


「う、嘘だよね? 玲ちゃん……玲ちゃんは僕を助けてくれるよね?」


「わ、私、貴方なんて知りません! 誰ですか」


「あんなに笑いかけてくれたのに……」


 そう言うとストーカー男は地面に抑え込まれたまま、ブツブツと呟き始めた。

 その光景に玲は嫌そうな顔をして若干後退した。


 気持ちはわかる。

 田中としてもこのストーカー男を取り押さえているのは結構嫌なのだ。


 ――佐々木さんの眼が無ければ田中ポイズンして放置で済むんだけど……。


 そうもいかない以上、警察に引き渡すまでは取り押さえておく必要がある。


「大人しくしていろ」


「……まえの……だ」


「ん?」


「お前のせいで……玲ちゃんは……っ!」


 言いがかりにもほどがある難癖に田中としては眉をしかめ、口を開こうとした瞬間――



「お前が……悪いんだからな! 罰を与えてやる!」



 ストーカー男が叫び、



「っ、えっ、ええっ!? ほ、炎が……た、田中さん!?」


「ちっ、外れたか! だが、まあいい。僕と玲ちゃんの入ってきた罪深さ、嫌と言うほどに教えてやる!」



 叫んだ瞬間、感じたに飛びのいた田中は、避けそびれた片腕を抑えながらストーカー男を睨みつけた。



「その力……」


「僕は選ばれたのさ! 選ばれし人間! この力こそがその証明! この力で以って玲ちゃん……キミを惑わせた悪い虫は綺麗に燃やしてあげる。だから、一緒になろう?」


「えっ、何で炎が……手品? 超能力?」


「いや、違う。あれは――」




 ――だ。


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