第十三話:元・異世界勇者と依頼


 順調。

 実に順調。


「あー、田中だー」


「本当だ、田中だー」


「田中ー、遊ぼうぜー」


「田中としても非常に残念だが、今は仕事中なのでまた今度」



「「「えー」」」


 最近の田中の日常は実に充実している。

 そう常々に思うのだ。


「ちぇー、今度、お母さんにまた田中を呼んでもらおうっと」


「私もー」


「僕もー」


「それは嬉しいが、あまり親御さんを困らせてはいけないぞー。……田中が言うのもなんだが」


「「「はーい」」」


 夜勤のコンビニバイトしていた日々とまるで違う充実感。

 代行業という仕事も良かったのかもしれない。

 依頼ごとに色々な人と出会えるというのは、ルーチン化していた時期とは全く別で刺激に富んだ日々だ。

 そういうのが苦手な人もいるだろうが、田中はこの仕事は自分でも向いていると思えた。


 確かに変な人、嫌な人などとも依頼主として会わなければならない時もあったりするが、別に世の中はそんな人ばかりではない。

 色々な人との縁が出来るというのは楽しい。


 今しがた公演を過った時に話しかけられた子供たちも、アフラフの仕事を始めた結果知り合った。

 仕事の都合上、親が急遽家を空ける必要になり、その際に代行として二日ほど面倒を見たのだ。

 彼らとはそれからの縁というやつで、街で偶々会ったりすると話しかけてくる。


 そんな何でもない事が田中にはとても嬉しい。


「岩田さん。お買い物の代行、終わりました」


「おや、早かったねぇ」


「田中は迅速、スピーディがモットー。これくらいは……」


「いやー、でも米袋十キロよ? それに他にも細々と野菜とかも頼んだのに」


「その程度、田中には余裕。田中だからな。それにしても岩田さん、結構食べるのだな、十キロとは……」


「おほほ、私ひとりじゃそんなに食べないわよ。実は息子夫婦がこっちにね。だから、急いで用意しようと思ったんだけど、こういう時に限って朝起きた時から腰の調子がねぇ……」


「無理はしない方がいいと田中は注意。米袋もそうだが、他のも結構な量だったし、岩田さん一人でやろうとしたら何回かに分けないといけないから大変」


「ええ、だから困ってたんだけど……田中くんのお陰で助かっちゃったわー。若い子って凄い力持ちなのねぇ」


 おほほっと育ちの良さがわかるような笑い声をあげつつ、岩田という名の年配の女性は田中に対して報酬を渡した。


「むっ、岩田さん。報酬が多い、これは受け取れない」


「でも、助かっちゃったしねぇ。私だけでやったらタクシー代とかもかかって居たでしょうし……ね?」


「いーや、ダメ。コンプライアンス……? のにも抵触する。報酬は最初に決めた通りにもらわなければならない。一円もまけないし、一円も多く貰わない。……佐藤に怒られる」


「あらあら、それじゃあこうしましょう。さっき見た時、公園の子供たちと楽しそうに話をしていたし、彼らにそれでお菓子でも買ってあげたらどう? そして、残ったものをお駄賃……いえ、お菓子を渡す代行の報酬ということで」


「むぅ……手強い」


「だてに歳を取ってないからねぇ」


「そこまで言われたら仕方ない。依頼ならば田中としても否は無い。受けるとしよう」


 ここまで言われれば折れるしかない。

 次の依頼までは時間もあるし、好意に甘えないのも失礼かと田中は思い直した。


「では、次の依頼の時にはサービスをするということで」


「あら、まあ。田中君も手強いわねぇ。じゃあ、そういうことにしておきましょうか」


                  ◆


「あの、大丈夫ですか……?」


 落ち着いたジャズの音楽が流れる小洒落たの喫茶店。

 その店内の奥の窓際の席でそんな少女の声が響いた。


「問題ない、少しばかり子供たちと遊び過ぎただけで……危うく待ち合わせの時間に遅れるところだった。田中反省、そして謝罪」


 田中はその声の主に頭を下げていた。


「いえいえ、いいんですよ。約束の時間、ギリギリちょうどだったわけですから破ってはいないわけですし……ね?」


「だとしても、遊びにうつつを抜かし危うく遅れそうになるなんて……携帯ゲームの進化、侮り難し」


 岩田に頼まれた依頼通りに菓子を買って子供たちに差し入れをしたのはいいものの、あっという間に田中は捕まりそして携帯ゲームをやる羽目になったのだ。

 最初は次の予定もあり断わろうとはしたのだが断わり切れず、なら一度だけという条件で手に取り――



 そして、今に至る。

 青春時代を異世界で過ごし、田中の娯楽耐性が無い弊害が出てしまった形だ。



「最近のゲームって面白いですからねー。まあ、ともかく何時までもこれじゃあ話は進まないですから」


「それもそう、忝い」


 まるで気にしていないように「あははっ」と笑い声をあげたポニーテールの依頼人に対して、田中は改めて一度頭を下げてから顔を上げて話を切り出すことにした。


「それで確認なのだが、貴方が依頼人ということで間違いないのか?」


「ええ、間違いありません。そちらこそ、アフラフの……田中さんなのは間違いありませんね」


 何やら確信したかのように頷く目の前の彼女に対し、田中は少し疑問を感じたので尋ねることにする。


……とは?」


「もしかしたら知らないかもですけど、ここらじゃSNSでもわりと田中さんって有名で……」


「ああ、見た目が……」


 自身の今の容姿がこっちの世界ではかなりに奇異に見られている自覚は田中にもあった。


「いえ、それもあるんですけど。田中さんは何というか言動が……」


「田中の言動がどうかしたか?」


「その……「田中アピールが凄い田中」だと有名で」


「まあ、田中は田中だからな」


「いやー、流石に冗談かとも思っていたんですけど、まさかその通りだったとは……」


 何やら感心したかのように頷く少女。

 ただ、そこに馬鹿にしたような感じは不思議となかった。

 


「ふふっ、面白い人なんですねー。田中さんって」



 依頼人の少女は愛らしい雰囲気を纏った女学生だ。

 時間帯的に学校を終わってから直接この喫茶店に来たのだろう、彼女は制服姿のままだった。


 そして、田中はその制服に見覚えがあった。



「改めて自己紹介をさせて頂きます。私は佐々木、佐々木ささきあきら! 月代高等学園二年生のピチピチJKです!」


「言い方が色々と古い……!?」



 あと瑠璃之丞が内心で静かにキレそうなワードセンスだな、などと思ってしまうもそこでふと


「それにしても……ああ、確か」


 ――佐藤がもしかしたら後輩が依頼にくるかもとか言っていたな。確か名前もそんな感じだった……かな?


 何分、言われたのは一週間ほど前なのでしっかりと覚えていない。

 単に同じ高校の生徒というだけかもしれない。


「えっ、どうかしましたか?」


「いや、何でもない。田中の知り合いもその高校の関係者が居たから、その制服姿にどうりでと思っただけだ。依頼の話に移ろう」


 確認を取ればすぐにわかることだが、確か依頼が来るかもという話と一緒に釘を刺されていたのも思い出した田中は誤魔化すようにして話を進めた。


 ――下手に関係性がバレると何処から佐藤の年齢についての話に繋がるかわからないからな……。


 二浪がバレて女子高生をやっているのがバレるのはそりゃ嫌だろう。

 しかも可愛がってる後輩相手とか……少なくとも田中なら死んだ方がマシだ。


 ――佐藤の方に連絡して、改めて彼女が佐藤の後輩かを確認することは出来るけど……?


 まあ、そこまでする必要はないだろう。

 瑠璃之丞としても「依頼が来たらよろしくしておいてくれ」以上のものではなかったし、非常にプライベートな依頼内容かもしれない。



 田中としては誰だからと特別にするわけではなく、誠実に対応するだけだ。




「それで依頼の内容は?」


「実は私……ストーカーの被害にあっているんです」



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