第十二話:元・魔法少女と学園生活


 都心にほど近い高校の一つの月代高等学園はそれなりに格式の高い進学校として有名だ。

 歴史もあり、偏差値も高め、難度の高い大学への合格率も高い。

 そんな高校を瑠璃之丞があえて選んだのは、浪人というバッドステータスを少しでも払拭しようとした結果である。

 ほどほどの高校を選べばあれほど血の滲む勉強の日々を過ごさなくても良かったのだろうが、彼女としてはどうせ浪人したという事実は変えられないのならせめて上を……と。

 あとは制服が可愛かったので着てみたかったという少女らしい一面も原動力の一つではあった。


 まあ、もう今は二十歳になってしまってコスプレしているような気持になって居たたまれないのだが……それはともかくとして。


 佐藤瑠璃之丞は月代高等学園三年B組の生徒として在籍していた。


「むっ、むむっ……」


 昼休みの時間帯、学食の席で携帯端末の画面を見ながら瑠璃之丞は形の良い眉をしかめていた。

 この月代高等学園では携帯端末の持ち込みは許可されている。

 授業中に使ってしまうと没収されてしまうが、今の時代持てないのは不便であろうとのことで少し前に校則も改訂された。

 それ故、昼休みの時間に携帯端末とにらめっこをしている瑠璃之丞の姿を見咎める者は居ない。


 というよりも同世代から年上に見られているのと、その怜悧な美貌も相まって遠巻きに距離を取られがちな彼女に話しかける生徒というのは少なかったりする。


「佐藤先輩!」


 その数少ない中の内の一人の声に瑠璃之丞は端末の画面から顔を上げた。


あきらか」


「お昼一緒に食べましょー! 何を見ているんですか?」


 瑠璃之丞の返事も待たずに対面の席に付いたのは赤毛のポニーテールが特徴の愛らしい小柄な少女。

 とある出来事から懐かれるようになった二年生の佐々木ささきあきらだ。


「ああ、ちょっとな」


「へー、これってアフラフのサイトじゃないですか? 先輩も知ってるんですか?」


「あっ、こら……勝手に覗くんじゃ――って知ってるの?」


「ええっ、結構評判いいですからね。二年の女子の間でも結構、噂になってましたよ。三年でもそんな感じなんですか?」


「えーっと……。まあ……そうかな?」


 言葉を濁しつつ同意した瑠璃之丞に対し、不審に思ったのか首を傾げる佐々木。


 ――言えない、クラス内ではわりと浮いてて話すクラスメイトも特に居ないとか……なんか妙に私に憧れを抱いているこの子には言えない!


 割とストレスしかない学園生活の中、素直に懐いてくる後輩セラピーを元気の供給源にしている瑠璃之丞からすると触れて欲しくない話題である。

 だからこそ、深く聞かれる前にこちらから聞くという先手防衛を行うことにする。


「それで二年ではどんな風に話題なの?」


 瑠璃之丞は雑談を聞いている風を装いつつ、自身の設立した事務所の評判を伺うことにした。

 客観的な意見というのは貴重なのだ。


「結構腕のいい代行屋さんで、割と何でも受けてくれて、とんでもなく早いって有名で……」


「ふむふむ」


 佐々木の評価を脳内でメモしつつ、どうにもその仕事っぷりは上々の評判を生んでいるようだと瑠璃之丞は分析した。


 ――まあ、田中の身体能力じゃなぁ……。


 感想としてはこれに尽きる。

 ハッキリ言って、「超人」と言っていいほどには一般人とは隔絶したスタミナと運動能力を持つ田中。

 肉体労働などは何でもござれで、何だったら三日三晩働き続けても平気な体力、あと精神的にも徹夜仕事など経験で慣れているのか、瑠璃之丞の方からセーブをかけないと二十四時間労働して依頼を熟そうとするので目が離せない。

 同時に複数の依頼を受注して全て熟すのもしばしばで、実労働員が田中一人であるにも関わらず異様なペースで依頼仕事を終わらせてしまうのだ。


 それが今のアフラフのを生み出す大きな要因の一つとなってしまったのだろう。


 ――どう見ても順調に行き過ぎなんだよなー。


 今の瑠璃之丞の悩みと言えばこれに尽きた。

 上手くいっている分にはいいではないかと思われるかもしれないが、そもそもが手探りで事務所として一つずつ実績を積み上げていく予定だった。

 それが例えるなら初めて自転車を乗る練習をして、コケるという失敗もなく上手く乗れてしまった感じ。


 ――どうにも不安がなぁ。


 魔法少女をやっていた経験からすれば、最初から順調に上手くいくパターンは大抵、後でひっくり返るのが定番だ。

 瑠璃之丞はとても詳しいのだ。


 ――……いや、上手くいっているからって不安になるとかダメだよな。流石に毒され過ぎだぞ、私。


 これも一種の職業病とでも言うべきものなのか。

 心の中で瑠璃之丞は反省した。


「あと結構奇抜な姿をしているけど温厚で礼儀正しくて、結構顔も良いい男性の方だって評判ですね!」


 ――性格は……まあ、ともかく。


 田中は言動にさえ目を瞑れば、性格は良い方だ。

 それは瑠璃之丞とて認めている。


 ――容姿については現代的な価値観で言えば奇抜ではあるが整ってはいる……方か。


 白銀の髪に褐色というおよそ日本人離れした容姿こそしているものの、意外に素質が良いことも瑠璃之丞は知っていた。

 どうやら、そこら辺も評判として広まってのこの注目度であるらしい。

 勿論、田中の田中アピール言動も流れているのだろうが……。


 ――それを含めてバズったってことなのかな? まあ、ある意味で個性の塊だからな田中は……。


 瑠璃之丞は「何がバズるかなんてわからないものだな」などと心底思いつつ、一先ずはそう結論を出すことにした。

 地元とはいえ女学生にまで噂が届いているのは、事業としては良いことではあるのだろう。


「それにしても何故、先輩もアフラフのサイトを? 噂の代行業者に何か依頼でもしようと?」


「ん-、まあ、ちょっと興味が出て見てただけだから」


 流石に普通の女子高生で通している以上、その代行業事務所の立ち上げ人とは……言えない。


「そっかー、んー……先輩も依頼しようとしていたならちょうどいいかなって思ったんですけど」


「うん? なに、玲ってもしかして何か依頼をする気だったの?」


「ま、まぁ、実は……噂に聞いて、ちょっと」


「何か困ったことでも? 手を貸しましょうか?」


「い、いえ! 先輩のお手を煩わせるようなことでは……。それに個人的なことですし」


 ゴニョゴニョと小声で呟く佐々木に気にはなったものの、瑠璃之丞は「ふーん、そう」とだけ答えた。

 何やら事情がありそうなのは見え見えではあったが、言いたくないことの一つや二つはあるだろう。



「それじゃあ、依頼の仕方は教えてあげるわ。玲のことだから、それを聞きたかったんでしょう? どうせ一人で依頼してみようと何度も試したけど踏ん切りがつかなかった……って感じで」


「うぇっ!? な、何で分かったんですか!?」


「駅前に新しい喫茶店が出来て入ってみたいけど、「一人じゃ心細いから一緒にー」って言ったの誰だっけ?」


「いやー、ははは。で、でも、あれからは一人でも入れるようになりましたし!」


「最初の一歩の踏ん切りが付くまでが長いのよねぇ」


「うぅううぅぅ、先輩の意地悪ぅ~! だって初めてするのって不安じゃないですか。これで間違ってないのかとか、変なミスとかしてないかとかー!」


「はいはい、全く。ほら、ちゃんと教えてあげるから。端末出して」


「はーい。でも、先輩も依頼方法ちゃんと知ってるってことはやっぱり一回ぐらいはしたことがあったり?」


「んー、内緒」


「えー、ズルい」


「玲だって内緒なんでしょう?」


「それはそうですけどー」


 むくれた顔をしながら自身の端末を取り出す可愛い後輩を眺めながら、瑠璃之丞は田中の奴に良くするようにと釘を刺しておこうと思いながら、その日の昼休みを過ごした。


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